第51話 氷帝の魔女

「これが悪魔の『魔核石コア』? 色違い以外は、モンスターと変わりなさそうだけど……」


 俺は魔石を回収し、後方で戦っている仲間達に視界を向けた。


 ヤッスはガンさんに支えられた状態で、魔杖を掲げ《火炎球ファイアボール》を連続して放っている。

 ほぼ無詠唱なので、とにかく速い。まるでマシンガン並みの連射攻撃だ。

 しかも知力INTが高いため、同じ魔法でも俺を凌駕する威力を持っている。


 悪魔デーモンスライムの体はみるみると削られて蒸発し、1匹は完全に消滅した。


 敵の弱点を突いているとはいえ、まるでレベル差を感じさせない。

 変態紳士の癖にとんでもない片鱗を見せている。

 本当にレベル5の魔法士ソーサラーなのかよって感じだ。

 

 しかし、まだ1匹が残っている。

 魔法攻撃により体は削られ相当縮小しているが、粘着音を立てながら何か動きを見せていた。


 不意にヤッスは攻撃を止めてしまうと、魔杖を下し項垂れてしまった。


魔力MP切れだ! 駄目だ、これ以上ヤッスは戦えない! ユッキ、早く来てくれ!」


 ガンさんが叫んでいる。どうやら気を失ってしまったようだ。

 無理もないか……初級魔法とはいえ、あれだけの連続攻撃だ。

 逆によく1匹斃したと褒めてやりたい。


 俺は既に駆け出しており、同時に魔法の詠唱を終えていた。


【――《火炎球ファイアボール》!】


 翳した掌から、火炎球が発射される。

 速攻で悪魔デーモンスライムに直撃すると見越した。


 だが直後、ゼリー状の体から二つの突起物が生えてくる。

 それらは広がり、まるで翼の形を模して形成された。

 ぶわっと上下に羽ばたかせ、悪魔デーモンスライムは宙に浮き飛び立つ。

 迫り来る《火炎球ファイアボール》を躱し切った。


「マジかよ!?」


 そういや、奴らは《飛翔Lv.6》っていうスキルを持っている。

 かなり萎んだとはいえ、あの巨体で飛べるとは思わなかった。


 俺達が呆気にとられる間、悪魔デビルスライムは翼を広げてさらに上空へと飛翔する。


「逃げる気か!? クソォ、あの距離じゃ《無双の盾イージス》の射程外だ!」


 ムカつくが仕方ない。

 逆にレベル35の悪魔デーモンを俺達だけで3匹も仕留めたんだ。

 寧ろ、よくやったと評価するべきか。


 などと追撃を諦めかけた、その時だ。


 上空から、パキッンと甲高い音が響いた。

 直後、飛んで去った筈の悪魔デーモンスライムが急降下してくる。

 いや、あれは落下しているのだ。


 目を凝らすと、全体が氷で覆われている。


「うおっ、やべぇ! 《無双の盾イージス》!」


 俺は頭上に魔法陣の盾を展開し、ヤッスとガンさんごと防御する。

 急降下する悪魔デーモンスライムは《無双の盾イージス》に衝突し、氷漬けになった体は粉砕され飛び散った。


 結果、斃すことに繋がったが何が起こったんだ?


「――ご無事で何よりでしたわ。無粋な真似をいたしましたでしょうか、マオたん?」


 背後から聞こえた少女の声。

 育ちのよさそうな言葉遣いに綺麗な美声だ。


 俺が振り返ると、一人の学生風の少女が立っていた。

 純白のセーラー服、確かエリート校で有名な『白雪学園』の制服である。

 にしても随分と美しく可憐な少女だ。

 光沢のある亜麻色の艶髪をサイドテールに結び、透きとおるような乳白色の肌。

超一流の彫刻師に造形されたような容貌は、実に人形のような繊細な美しさを宿している。

 華奢でモデルのようにスタイルが良く、特に綺麗な美脚は素晴らしい。

 

 ん? あの足……どこか見覚えがあるぞ。

 それに俺のこと「マオたん」って呼んでいたな?


「……キミは誰だ? あのスライムを氷漬けにしたのは、キミの仕業なのか?」


「その通りですわ。わたくしは『不和ふわ 由莉亜ゆりあ』と申します。以後、お見知りおきを」


 由莉亜と名乗った美少女は丁寧にお辞儀をして見せる。

 さもどこかのお嬢様という雰囲気だ。


「ってことは、キミは“帰還者”だね? 何故、俺達を助けてくれたんだ?」


「別に助けたつもりはありませんわ。戦局は貴方様達が優勢でありましたし……ただ、わたくしも調べる上でサンプルが必要でしたので――メル、悪魔デビルスライムの『魔核石コア』と欠片の一部を採取しなさい」


「はいなのです!」


 由莉亜の声に、どこからか別の少女が答える。

 少女はフッと俺達の前に姿を見せた。


 可愛らしい顔立ちをした小学生くらいの少女だ。

 しかし随分と日本人離れをしており、まるでコスプレのような恰好をしていた。

 毛先が跳ね上がった黄緑色の髪を後ろに束ね、小さな鼻梁と水色のつぶらな瞳、さらに若干両耳が尖っている。

 腰元まである水色の外套マントを靡かせ、動きやすい青色のワンピースの上には金属の胸当て施されていた。


「……小人妖精族リトルフか。久しぶりに見た」


 異世界の転生者であるガンさんが呟いている。

 小人妖精族リトルフというのは、エルフ族と同様に妖精に属する種族だ。

 一見、子供に見えて実は結構な大人だったりするらしい。


「その者はわたくしの眷属の一人で、メルと申します。優秀な盗賊シーフでありサポーターとして傍に置いておりますの」


「初めまして、マオたん様! どうかよろしくお願いなのです!」


「マオたん? そういや由莉亜さんも俺のことそう呼んでいたよね? 眷属がいるってことは勇者なのか? まさかムカつく掲示板『キカンシャ・フォーラム』の会員、いや待てよ……」


 不和 由莉亜って響きからしてアレっぽいよな?

 続けて早口で言うと――フレイア。


「貴方様が思ってらっしゃる通り、わたくしが『フレイア』ですわ。マオた……いえ真乙様」


「フレイア!? この女子がサッちゃんの言っていた『三大極悪勇者』にして『氷帝の魔女』!? 嘗て幾つもの国を滅ぼした災厄級の魔女……ひぃぃぃ!」


 ガンさんはヤッスを抱えたまま、地面に尻餅をつくほど怯えた。

 普段からびびりだけど厳つく筋肉隆々な分、由莉亜の悪評ぶりが伝わる。

 

 俺が香帆から聞いた話だと、美桜と同じ災厄周期シーズンの勇者で共に邪神メネーラと戦った英雄の一人だ。

 そして今は“帰還者”用の掲示板サイト『キカンシャ・フォーラム』の管理人だとか。


 さっきの上空に飛んでいる悪魔デーモンスライムを氷漬けにした攻撃といい、あれが『氷帝の魔女』と呼ばれる彼女の力に違いない。

 ということは『凍氷属性魔法』か?

 確か水属性魔法を進化させた最上級魔法だと聞いている。


「……ガンさん、びびりすぎだ。悪魔デーモンスライムを斃すのに協力してくれたんだから、まずは感謝だぞ」


「す、すまん……ユッキ、そうだな。すみません、フレイアさん」


「そのような風評が流れているのは事実です。仕方ないですわ、別災厄周期シーズン蛮族戦士バーバリアンさん。それにしても流石は真乙様、偏見で物事を判断されない聡明かつ寛大な心意気、わたくし感動いたしまさいたわぁ!」


「え? そ、そう……ありがと」


 余程感動してくれたのか、瞳を潤ませながら桜色に頬を染めている、由莉亜。

 その綺麗すぎる純粋な姿に、ついドキっと胸が高鳴ってしまう。

 杏奈がいるってのに、俺って男は……。


「フレイア様、回収終わりましたのです! この素材があれば、メルのユニークスキル《導きの探索者ダウジングシーカー》で追跡が可能なのです!」


 メルは小さな体で背筋を伸ばし、由莉亜に向けて敬礼した。

 まるで軍隊の兵士並みに忠誠心のある姿勢であり、これが本来の勇者に対する眷属の姿なのだろうか。

 

「ご苦労様です。これでようやく犯人・ ・の尻尾を掴むことができましょう」


「由莉亜さん、犯人って……悪魔デビルスライムを俺達に差し向けた調教師テイマーのことか?」


「はい、真乙様、その通りですわ。と言いましても犯人は既にわかっておりますの」


「え!? だ、誰?」


「――闇の勇者レイヤですわ」


 由利亜が発した言葉に、俺は顔を顰める。

 一瞬、「誰だそれ?」と思ってしまう。

 しかし聞き覚えのある名前でもあった。


「レイヤ? ひょっとして、俺と同じクラス……黄昏高の『渡瀬 玲矢』のことか?」


「ええ、こちらの世界ではそういう名前でしたね。彼はわたくし達とは別災厄周期シーズンで活躍した勇者であり、闇堕ちし成り果てた『悪魔調教師デーモンテイマー』ですわ」


 ま、マジかよ……渡瀬が闇堕ちした勇者だと!?

 あの悪魔デーモンスライムで俺達を襲わせたのも、渡瀬の仕業だってのか!?

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