第50話 悪魔の調教師

悪魔デーモンスライムだって?」


 俺はガンさんの言葉に眉を顰める。

 目の前を塞ぐ、紫色した四つ物体に対しそう呼んだからだ。


 あのが気色悪いのが、スライムだってのか?


 ダンジョンで見るスライムって違って、巨大だしまったくプルンとしてない。

 全体がドロッとして溶け始めたアイスクリームのようだ。

 よく見ると中心辺りに、単眼のような深紅色の球体を宿している。


「ああ、そうだ! 間違いない! 分類上ではモンスターと異なる存在、その名の通り『魔界』にいる悪魔だ! したがってダンジョンに出現することあり得ない! ましてや現実世界のこんな場所でなんて……」


 美桜から聞いたことがある。

 異世界は幾つか別次元の世界と繋がって構成されているらしい。

 代表的なのは『精霊界』や『天界』、そして『魔界』と挙げられている。


 主に召喚士サモナー精霊使いエレメンタラーは別次元からリンクし、召喚魔法でそれらを呼び出して一時的に力を行使することができると言う。


「ってことは、こいつら悪魔デーモンスライムは何者かが『魔界』から呼び出した存在だってのか!?」


「それにしては強すぎるぞ……確かに通常のスライムより強力だが不自然すぎるほど。まるで『調教師テイマー』に飼いならされ育成されたようだ」


 ガンさんは《鑑定眼》を発動し、4匹の悪魔デーモンスライムを見つめ驚愕している。

 なら《魔界》から呼び出したのではなく、テイマーにより飼い慣らテイムされ強化された悪魔デーモンだというのか?


 俺も《鑑定眼》で連中のステータスを見てみる。



【悪魔スライム】

レベル35

HP(体力):335/335

MP(魔力):150/150


ATK(攻撃力):350

VIT(防御力):350

AGI(敏捷力):125

DEX(命中力):150

INT(知力):15


スキル

《吸収Lv.8》《硬質化Lv.10》《侵入Lv.10》《体当たりLv.7》《飛翔Lv.6》



 つ、強ぇ……通常スライムの比じゃない。

 防御力VIT知力INT以外は俺を圧倒する能力値アビリティじゃないか?

 そんなのが4匹も……ガンさんが酷く狼狽する理由がわかった。

 

 悪魔デーモンスライム達は全体をうねりながら通路を塞ぐ形で近づいてくる。

 前方に2匹が横に並び、その後ろに2匹が列をなしていた。

どいつも俺達に対し明らかに敵意があると確信する。


「……ぶっちゃけ勝てる気がしない。ガンさん、俺が《無双の盾イージス》で連中を押さえているうちに、ヤッスを抱えたまま後ろから逃げてくれ。俺もタイミングを見て撤退する。《点火加速イグナイトアクセルLv.5》なら逃げ切れる筈だ」


「その方が無難か……逃げ切った後、ギルドに報告しよう。きっと住民に危害が及ぶ前に『零課』が対処してくれる筈だ」


 ガンさんは賛同し、動けないヤッスを背負って一歩後退する。


「んじゃ作戦実行だ――着装ッ!」


 俺は《アイテムボックス》を出現させた。

 瞬時に『黒鋼ブラックメタルセット』を装着し、冒険者の姿となる。

 可能な限り防御力VITを上げ、奴らの進行を防ごうと考えた。


 だが迫ってくる敵の様子が可笑しいことに気づく。


「ん? あれ、いつの間にか後方にいる2匹の姿がないぞ!」


 すると背後から「こぼっ」と音が聞こえた。

 俺達は振り向くと、後ろの下水溝から紫色でゼリー状の液体が溢れ出し、先程と同様に大きく膨らんでいる。

 二つに分離され、悪魔デーモンスライムと化した。


「水路を伝って移動したのか!? 俺達を挟み撃ちにするつもりだ!」


「知能が低い筈のスライムにしては連携の取れた動き……間違いなく『調教師テイマー』が成せる技だ! 低級とはいえ悪魔デーモンをテイムできるなんて信じられない!」


 ガンさんの話によると、闇属性の召喚士サモナーなど契約に基づき悪魔デーモンを召喚し力を行使することは可能だが、飼いならし自分の意のままに育成することは不可能だと言う。


「それが可能なのは幹部クラスの魔族か魔王だけだ! 俺が転移した災厄周期シーズンで人間や他種族では存在しない……まさか魔王クラスの魔族だった“帰還者”がいるっていうのか!?」


「ガンさん! 以前、香帆さんから聞いた話だと、嘗て『零課』のゼファーが魔王の右腕ポジだって聞いたぞ! 勿論、ゼファーの仕業だとは思えない! きっと別の奴だ……クソォ、どこにいる!?」


「近くにはいる……けど、この状況じゃ探しようがない。ユッキ、お前にヤッスを預けるから、俺が戦う! 俺が狂戦士バーサーカーとなれば、こいつらを斃すことができる!」


「え? ガンさん、あの激ヤバい《異能狂化の仮面ベルセルクマスク》を使うの……香帆さんと紗月先生がいないから、今暴走されても止める自信がないよ。諸刃の剣なんだから勘弁して……俺にとって『まーさーかー』って感じ」


「何もこんな時にダジャレを入れてディスらなくても……傷つくなぁ」


 敵に囲まれているってのに、ガンさんは蹲りいじけ始める。

 繊細なメンタルだけに、面倒くさい兄さんだと思った。


「――ユッキ、ガンさん……僕に考えがある」


 ヤッスが初めて口を開いた。


「どうしたヤッス? あの悪魔デーモンスライム達が通常のスライムと違って、おっぱいみたいにプルンプルンしてないからムカついているのか?」


「確かにそれもある」


 あるのかよ!?


「だが勝算もある……僕の『魔眼鏡』によると、奴らは水属性の悪魔デーモンであり弱点は炎系の魔法だ」


 気が付くとヤッスは装備品である片眼鏡を左目に掛けていた。

 まだ《アイテムボックス》を習得できないので、いつもポケットや鞄に入れて持ち歩いている。


「炎系か……よし! 俺の得意分野の魔法だ!」


 つーか、何故か炎系の魔法しか習得してないけどね。


「その通りだ、ユッキ。レベル差があろうと、お前ならユニークスキルを駆使すれば、少なくても前方の敵は斃せるだろう……後方の2匹は僕が相手をする。預けてある、『魔杖』を出してくれ」


「いいけど、その抑制された体で戦うつもりか?」


「……大丈夫だ。《強制試練ギアスアンロー》で思うように動かせなくても、魔法は撃てる。ガンさんが支えてくれればね」


「わかった、ヤッス! 俺に任せてくれ!」


 ガンさんは気を取り直して了承する。

 俺は再び《アイテムボックス》を出現させ、以前から預かっていた『三日月型の魔杖ムーン・スタッフ』を取り出してヤッスに手渡した。


 悪魔デーモンスライムはこちらの出方を窺っているのか、それとも調教師テイマーによって待機するよう命じられているのか、俺達を囲んだまま襲って来ない。


 やるなら今だ。


【――紅蓮の炎よ! 烈火の如く燃え盛り灼熱たる障壁と化せ、《火炎壁ファイアウォール》!】


 呪文語を詠唱し、俺は魔法を発動させた。

 予め指定した位置に炎の壁が巻き上がり、前方側の通路を塞いだ。

 悪魔デーモンスライムの2匹は近づくことが出来ずに後退し始めている。


 その狼狽した様子に、俺はニヤッと口角を上げた。


「ユニークスキル発動ッ、《無双の盾イージス》! そのまま《シールドアタック》!」


 右腕を前方に翳して掌から魔法陣で構成された盾が現出させ、路地ギリギリまで拡大させる。

 同時に技能スキルを発動し、吹き上がる炎の壁に向けて突進した。


 結果、《無双の盾イージス》は炎を纏う形となり、防御と攻撃を兼ね備えた盾となる。

 標的である、悪魔デーモンスライム達に襲撃した。


 即興で考えた、魔法×ユニークスキル×技能スキルを駆使したコンボ技だ。


 業火の如く迫り来る攻撃が炸裂し、2匹の悪魔デーモンスライムは絶叫のような異音を発した。

 スキル効果の勢いでアスファルトに叩きつける。

 地面が砕かれ陥没しようと容赦なく押し潰した。

 次第にゼリー状の体が激しい蒸気を発し萎んでいくのがわかる。


 ヤッスが言った通り、悪魔デーモンスライムの弱点は炎だ。

 通常のスライムと同様、液体で構成されていることもあって蒸発しているに違いない。


 悪魔デーモンスライムの体が消失したと同時に、《無双の盾イージス》を解除する。

 陥没したアスファルトには敵の姿がなく、黒曜石に似た『魔核石コア』が二つ転がっていた。

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