第49話 守るための共同
タイムリープ前、嘗て俺が過ごしていた時代。
杏奈を虐めて失踪に追い込んだ黒幕が、彼女の幼馴染である『渡瀬 玲矢』であると判明した。
クリスマス・イブの日に杏奈が行方不明になったのも、明らかに渡瀬の仕業だろう。
だから間もなくして奴も姿を消したのだ。
そう考えれば全ての辻褄が合う。
しかし渡瀬は何を意図してそんな真似をしたのか、奴の目的がわからない。
ただ一つはっきりしていることは、『渡瀬 玲矢』という男は普通じゃない。
相当イカレたサイコ野郎だ。
「秋月、話は理解した。しかし大野と工藤もそんな奴の指示なんて断れば済む話じゃないか? あの二人なら周囲からの人望もあるし、相談に乗ってくれる奴は沢山いる筈だ。前科者の渡瀬よりも、部活の先輩や教師達だって信じてくれるだろ?」
まぁ反面、カーストトップの陽キャと周知されているだけに相談しづらい内容ではあるけどな。
「幸城の言う通りね。確かに二人はプライドが高くカッコつけのところはあるけど、渡瀬に関してはガチでびびって恐れているわ……私もそう。なんて言うか……あいつ普通じゃないんだよね」
「普通じゃない? 例の凶暴性とかか?」
「それだけじゃないわ……上手く言えないけど、ただの暴力的な男じゃなく何か『異能の力』を持っているというか……人を思い通りに操る力があるというか。渡瀬がその気になれば、自分達どころか家族にまで被害が及びそうな……そんな強迫観念に駆られてしまうの。馬鹿馬鹿しく聞こえるけど、まるで呪術か魔法のようにね」
「……魔法だと?」
秋月の話を聞き、真っ先に異世界の“帰還者”が頭に過ってしまう。
やはり『渡瀬 玲矢』は“帰還者”なのか?
だとしたら、中学三年の二学期から気性が豹変した理由も納得できる。
いや豹変ではない。
異世界での出来事が原因で、理性という
それで鳴りを潜めていた本性が表立つようになったとか?
「きっと多分近いうちに、幸城に何かするよう再び催促してくると思う……そうしなければ、私があいつに何をされるのかわからないわ。佑馬と傑のように見知らぬ恐怖に怯えながら、決して表沙汰になることもない操り人形のようにね」
「操り人形か……」
渡瀬が異世界の“帰還者”であれば不可能じゃない。
魔法とスキルを駆使すれば、人知れず隠蔽することもできるだろう。
秋月が言うように表沙汰にさえならなければ、“帰還者”を粛清する『特殊公安警察』に気づかれることはないだろうし……。
「そうよ。だからその前に、幸城に聞きたかったのよ。杏奈への気持ち……あんたが本気なら私も協力するし、渡瀬の命令なんて絶対に聞かないわ。たとえ妙な力でボロボロにさせられてもね。私も杏奈の父親のことや家庭の事情は知っているし、親友としてあの子には幸せになってほしいから」
「秋月……お前」
俺に向けてくるその眼差しは親友のための覚悟と決意を秘めていた。
秋月 音羽は本気で杏奈のことを大切に思っている。
たとえ自分に危険が及ぼうと彼女を守るつもりだ。
とても俺の知る前周での秋月とは思えない――いや、あの姿も渡瀬によって支配された影響だったかもしれない。
大野と工藤を含む虐めに加担した連中も同様だったんじゃないか?
しかし、これほどの強い意志を持つ子の精神を捻じ曲げるなんて……渡瀬の奴、“帰還者”としてどんな力を秘めているんだ?
どちらにせよ、俺の返答は決まっている。
「――正直に言うぞ。俺は杏奈のことが好きだ。大好きだ。つーか、めちゃくちゃ愛している。叶うことなら今すぐ結婚したい、そう思っている」
「いや、そこまで聞いてないんだけど……まぁ、幸城がガチなのはわかったわ」
「ああ、それに安心しろ。杏奈も含めて、秋月達にも手出しさせない」
「え?」
「俺が渡瀬からみんなを守ってやる。こう見ても最強の『盾』を目指しているんだ」
「……幸城。よくわからないけど、あんたって凄いね。話せて良かったわ」
「俺もだよ。それに今まで、秋月のこと誤解していた。本当ごめん……」
「え? 誤解? なんの?」
「あっ、いや……なんでもない。今のは忘れてくれ。これからは俺達が一丸となって、杏奈のことを守ろうぜ!」
俺は誤魔化しつつ手を差し出し握手を求めた。
「うん、もちろん! 幸城、よろしくね!」
秋月は手を握り、どこか安心したような柔らかい笑みを浮かべる。
これまで彼女なりに見えない恐怖と葛藤していたようだ。
俺にはそう見える。
こうして杏奈を守るため、秋月と共同を組むことになった。
あとはどう渡瀬を遠ざけるかだ。それには杏奈が真実を知る必要がある。
奴が“帰還者”であることはまだ憶測の範囲で話せる内容じゃないが、実際に被害を受けている大野と工藤の二人が説明すれば信憑性も高いだろうし、杏奈ならわかってくれるだろう。
いざとなったら、秋月に送られた「虐めを指示する」メールが証拠となる。
万一渡瀬が暴力で何か仕掛けてくるのなら、俺が『盾』となってみんなを守り、奴をブッ倒す。
俺は秋月と別れ、教室で待機しているヤッスとガンさんと合流する。
今後が仲間達の協力が不可欠だと思い、二人に秋月とのことを説明した。
「……そうか、それなら余計に渡瀬くんが“帰還者”である可能性が高いな」
「だろ、ガンさん? 具体的な暴力はないようだけど、他人を恐怖で支配することができるっぽいんだ。魔法とか呪術の類かなって思うんだけど?」
「う~ん、どうだろうな。大野くんと工藤くんだっけ? あと秋月さんか……彼女達を見ている限り、魅了系の洗脳とは異なるようだな。俺が見る限りでも、みんな自然体すぎる。だからこそ余計に表立つことはない。案外ユニークスキルかもしれないな」
「ユニークスキルか……あれって職種に反映されないのか?」
「される場合とされない場合がある。一説には、本人の内面に隠された部分が特異能力として現出された『個性』だと言われているからだ」
「個性か……なるほどね。お前はどう思う?」
ずっと机で突っ伏して寝るヤッスに訊ねてみた。
「……あ、『秋月 音羽』か。バスト80のCカップ。まぁ小学校から知っている女子ではあるが、中学時代の貧乳ぶりからよく巻き返して、今もなお成長を続けている努力は認めよう。しかし彼女、昔っから僕に対し事あるごとに因縁を吹っ掛けてくるんだ……いつもエセ陽キャのリア充どもつるんでいるし、気に入らないたらありゃしない」
《
やはりヤッスは以前から秋月達のことを嫌っているようだ。
「それで、ユッキはこれからどう動くつもりなんだ?」
やさぐれたヤッスに唖然とする中、ガンさんが訊いてきた。
「秋月がセッテングして明日、杏奈に全てを話すことにしているよ。大野と工藤にも、以前から渡瀬に指示を受けていることを説明するよう頼んだ。何せ渡瀬にとって杏奈が一番の標的だからな……その時は俺も立ち合うことになっている」
「このままじゃ野咲さんが渡瀬くんの思惑通りに虐められてしまうからか? だけどユッキも標的にされているんだろ?」
「まぁね、けど俺は超打たれ強いから大丈夫だよ。どの道、今時点でこちらから先手を打つことは難しい。尋問しても素直に認めるとは思えないし、下手に揉めたら渡瀬の思うツボになるだろうぜ……俺としては実際に奴が動きを見せる時を待つしかない」
一番の解決策は、渡瀬が“帰還者”であることを突き止めることだ。
そうすれば、美桜を通じて『零課』のゼファーに報告すればいい。
彼ならこれまでの素行や悪行など調べて何かしら動いてくれる筈だ。
何せ自己防衛じゃなく、自分の欲望のために異世界の力で一般人に危害を与えているんだからな。
たとえ未成年だろうと法律が適用されない“帰還者”に対して厳しい処分が下されるに違いない。
ともあれ、俺がこうして動いたことで歴史が大きく変わった。
不安こそあるが、いい感じで流れを作っていると思う。
このまま上手く進めば、少なくてもクリスマス・イブの日に杏奈が消えることはない。
――俺が杏奈を守る。そのための『
間もなくして、ガンさんにヤッスを背負ってもらい学校を出る。
俺の家に帰宅しようとした。
が、
「……ユッキ」
「ああ、ガンさん。わかっている」
夕暮れ時、他の通行人がいない住宅街の帰宅路で俺達は足を止める。
不意に《索敵》スキルが反応したからだ。
「ブランクのおかげで《索敵Lv.4》まで低下してしまったが……この感じ、人の気配じゃないぞ」
「うん、俺もそう思う……でもここはダンジョンじゃない、もろ住宅街だ。まさかモンスターが現れたとは思えないけど」
俺がそう言った瞬間、前方の下水溝が「こぽっ」と音が鳴った。
そこから紫色したゼリー状の物体が勢いよく溢れ出され、四つの固まりとなり膨張していく。
人間の身長を超えてしまうほど盛り上がり、ドロドロして粘着性のある姿となった。
「――気を付けろ、こいつらは
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