第48話 首謀者と話してみた

 秋月 音羽とわ


 俺はこの女が心底大っ嫌いだ。

 前周で杏奈を虐め貫いた糞女……。


 当時の秋月は、杏奈の上履きを隠し教科書を切り刻むわ、女子トイレ内で上からバケツの水をぶっかけるなど散々な所業を繰り返していた。

 時には机の中に動物の死骸を入れるなどシャレにならないことまで、仲間のリア充どもと結託して実行している。


 俺が知る限りでも最低な女だ。

 

 けどあの頃の俺は何もできず、ただ傍観していた。

 中学三年のトラウマもあってか巻き込まれたくない一心で逃げたんだ。

 そんな俺自身が今でも許せない。


 だからこそ美桜に誘われた時、タイムリープを強く望んだ。

 二度と同じ過ちを繰り返さない。

 そのために異世界の力で必死に鍛えまくってきた。


 これから秋月が杏奈に何か仕掛けようとするのなら、俺はこの女を徹底的にぶっ潰す。

 

 ――今の俺ならそれができる。



「……ごめんね、幸城。急に呼び出しちゃって」


「別に構わないよ。けど驚いたよ、まさか秋月さんからショートメールが届くなんて……」


「杏奈に無理頼んで番号を教えてもらったの。どうしても幸城にお願いしたいことがあると言ってね。だけど安心して、こうして屋上で会うことは誰にも言ってないから」


「そう。わかったよ、秋月さ……いや秋月と呼ばせてもらっていい?」


「うん、いいよぉ。こうして、幸城と二人っきりで話す機会がなかったから、なんか緊張するね、えへへへ」


 秋月はチャームポイントであるポニーテルを風で靡かせながら、頬を染め恥ずかしそうに微笑んで見せる。

 子猫のような無垢で可愛いらしい容姿なのに、当時を思い出すと怒りが込み上げ湧いてしまう。


 落ち着け……俺から仕掛けるのは禁止タブーだ。


 今の秋月は、まだ何もしていない。

 寧ろ杏奈にとって仲の良い親友ポジだ。

 迂闊に手を出すわけにはいかない。


 俺が動く時は、秋月が心変わりして杏奈に何かしら仕掛けた時に限られる。


 確かこの女……以前から『渡瀬』に好意を持っていて、その嫉妬心から虐めるようになったんだ。

 別に二人は付き合っているわけじゃないのに……同じ養護施設で育った幼馴染というだけの間柄だ。

 言わば兄妹のような関係で、杏奈本人もそう言っている。

 勘違いにも甚だしいってやつだ。


「それで俺に何の用? 悪いけど教室で友達を待たせているんだけど」


「そっかぁ。じゃあ手っ取り早く聞くね――幸城って、杏奈のこと好きなの?」


「へ?」


「だって最近、仲いいじゃん。雰囲気もそれっぽいし」


「な、何をいきなり……」


 ド直球の質問につい狼狽してしまった、俺。

 その通りだけど、そんなこと敵視するこの女に言えるわけがない。

 まさか、それをネタに俺を脅すつもりなのか!?


 秋月は拳をぐっと握りしめ、真剣な眼差しで俺を見つめてくる。


「もし、幸城が杏奈のこと本気で好きなら、私が全面に協力するよ!」


「なんだって!? まさか秋月、渡瀬くんのことを……」


 俺に杏奈を押し付けて、自分が渡瀬と付き合うという算段なのか?


 ――いいじゃん、願ってもないことだ。


 しかし、秋月も杏奈達と同じ中学だよな?

 なら渡瀬が荒れていた時期を知っている筈だ……それでも好きと思えるとは、所謂イケメンだからか?

 物好きな女め、好きにしろ。


 しかし、秋月は瞳を大きく見開き首を傾げる。


「は? 冗談でしょ? なんで私が、あんなサイコパス・ ・ ・ ・ ・を好きにならなきゃいけないの……あんなのと付き合うくらいなら、おっぱいばっかり言っている変人の安永と付き合った方が遥かにマシよ!」


「おい、その通りだけど俺の親友を悪く言うなよ――って、サイコパスだって!?」


 俺の問いに、秋月は真剣な面持ちで頷く。


「幸城は別中学だけど、安永と友達なら聞いているよね? 渡瀬の気性というか、本性を……」


「あ、ああ……中三の二学期から荒れ始めたって話だろ? 今は落ち着いたと聞いているぞ」


「嘘よ。そんなわけないじゃない……今も続いているわ。おかげで今でも佑馬と傑が召使いのように、渡瀬の機嫌を損ねないよう陰ながら手回ししているんだから。私なんて、あいつが怖くてまともに近づけやしない」


 大野と工藤の二人が?

 そういや、もろに巻き込まれ酷い目に遭っていたという話はヤッスから聞いている。

 今のクラスでも常に一緒ではないけど、渡瀬とは孤立させず事あるごとに気に掛け合っている、丁度良い距離間を保った友人同士だと思っていた。


「……いや、しかし俺にはお前達グループが、そこまでぎくしゃくした関係には見えなかった。杏奈を交えて、みんな仲良さそうにしていたじゃないか?」


「渡瀬以外とはね……あいつはイカレる前から、はっきりしない何を考えているのかわからない奴だったわ。杏奈の幼馴染みだったし、それまでは無害だったから一緒にはいたけどね。三学期頃かな……落ち着いたように見えたけど、本質は何も変わってない。ただ自分の本性を隠し目立たないようにしているだけ。現に杏奈の前でも時々ボロを出しているみたいよ」


 そういえば杏奈も渡瀬の話をする時は、決まって浮かない表情を浮かべていたよな?

 秋月の話が本当なら、杏奈も何かしら巻き込まれているってのか?


「……どうして秋月が俺に協力してくれるんだ?」


「決まっているわ。渡瀬から杏奈を引き離すためよ……幸城なら杏奈を任せられると思ったから。私の親友をイカレ野郎から守ってほしいの」


「渡瀬から杏奈を引き離す……どうしてそこまで? 二人は幼馴染だ……悔しいが誰にも入り込めない絆があると思う。俺としては強引に引き離すような真似はしたくない……言っとくが渡瀬のためじゃないぞ。杏奈が悲しむからだ」


「……幸城、あんたガチだね? 優しくて杏奈のこと一番に考えられる男だってわかったわぁ。だから、あの強情な安永もあんたに心を開いて友達になったのね?」


「強情な安永?」


 俺が聞き返すと、秋月は突然耳元まで顔中を真っ赤にしてそっぽを向いた。


「いえ、なんでもない! 今のは忘れて! ね!?」


「わ、わかったよ……けど秋月って、杏奈のこと凄く大切に思っているんだな。変なこと聞くけど、お前は彼女に危害を加えたりしないよな? もし何か考えているなら、俺は秋月を……お前のグループごと潰すつもりで、杏奈を守ることになるぞ」


「幸城……あんた、まさか」


 俺の脅迫めいた言葉に、秋月は瞳を丸くし唖然としている。


 確かにまだ何もしていない彼女に対して強く言い過ぎてしまった。

 ――あくまでこれは警告だ。

 秋月も事情が変われば、あっさりと敵になることだってあり得る。

 

 特にタイムリープする前、俺が過ごした時代の秋月は容赦なく笑みを浮かべながら杏奈を虐めていたんだ。

 今でこそ親友面しているけど、これから何かがきっかけで変貌するかもしれない。

 そうなれば天秤にかけるまでもなく、俺は杏奈を悲しませる存在を徹底的に排除する。


 だが秋月は表情を強張らせ、異常なまでに全身を震わせている。


「――ど、どうしてわかったの? 私達が杏奈を虐めるよう、渡瀬に強要されているって……」


「なんだって!?」


 渡瀬が杏奈を虐めるよう強要しているだと!?

 ちょ、ちょっと待て!


 てことはだ――。


 未来の秋月とリア充達は、渡瀬に無理矢理焚きつけられ、杏奈を虐めていたというのか?

 それで奴は彼女を支える振りをして、最終的に失踪まで追い込んでしまった。


 けどわからない。

 いったい何が目的でそんな酷い真似を……。


「渡瀬は佑馬と傑を通して、私に指示してきたわ。勿論、そんな馬鹿げたことなんて断固拒否してやったけどね……そしたら今日あいつからメールが来て、幸城……あんたも虐めの標的ターゲットにしろと言ってきたのよ」


 秋月は震える指先でポケットからスマホを取り出し、メール画面を俺に見せてくる。

 そこには彼女が言った内容がそのまま書き込まれていた。


 ガ、ガチかよ……渡瀬。

 それにしても、


「杏奈だけじゃなく、俺も標的になったのか?」


「そうよ。きっと最近、幸城が杏奈と仲良くしていることが勘に触ったんでしょうね。特に今日なんて、もろ二人の世界だったもん。私ですら、あんたに嫉妬したくらいよ! 安永との仲もそう!」


「ん? なんでそこでヤッスが出てくるんだ? それに俺とヤッスの仲に秋月が嫉妬とか可笑しくね?」


「あっ、違う! 今のも忘れて! ねっ!?」


 いちいち挙動の可笑しい女子だ。

 けど秋月の印象がかなり変わったな……なんて言うか本気で、杏奈の身を案じる優しさを感じる。


 そして俺を密かに呼び出したのも、杏奈を守るだけじゃなく良心の呵責で助けを求めてきたのかもしれない。


 これまで散々糞女扱いしていただけに、今更だが申し訳なく思えてきた。

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