第47話 魔法士の試練

「ということでパーティ名にリーダーとサブリーダーが決まり、あとは目指すべきことに向けて、各々が実行に移していく必要があるわ」


「目指すべきことか……とりあえず、パーティの名を売って『深淵層』を目指すでいいんじゃない?」


 っと、俺は軽い口調で美桜に言うが、そう容易いことではないことも知っている。

 何せ『奈落アビス』ダンジョンの「深淵層」と呼ばれる71階層から下層は未開拓領域であり、これまでどの冒険者達も到達したことがないからだ。

 おまけに上位ランカー揃いの大規模パーティですら、46階から70階の「下界層」を完全攻略することができず何十年もの間、難航していると聞く。


 俺達、【聖刻の盾】のメンバーは現在6人。

 今の状態なら「深淵層」どころか、「下界層」に行くことすら難しい。


 美桜は両腕を組み首肯した。


「真乙の言う通りだけど漠然すぎるわ。そこに辿り着くまでのプロセスと具体的な計画が必要よ。まず、ヤッスくんはレベルを上げること――連休まで、ウチに泊まりなさい。《強制試練ギアスアンロー》でレベリングと能力値アビリティの底上げをするわ」


「わかりました、マスター。仰せのままに」


 ヤッスは敬愛する主に向け、深々と頭を下げて見せる。

 潔いのは結構だが、こいつは《強制試練ギアスアンロー》の恐ろしさを知らない。

 効果抜群なのは保証するけどね。


「王聡くんはどうするの? これからギルドの登録に行く?」


「サッちゃ……いや、アゼイリア。俺は当面の間ヤッスを支える側に回るよ。どうせなら一緒に登録したいし、《強制試練ギアスアンロー》の壮絶さは俺もよく知っている。きっと、ユッキだけではフォローも大変になるだろう」


「壮絶? え? え? おいおい、そんなにハードな修行なのか?」


 ようやくヤッスは危機感を覚え始める。


「はっきり言って死ぬぜ。俺でさえ、まともに動けるようになるまで一週間はかかったからな」


「いや、ユッキ……死んだら意味ないだろ? 生きる前提で行うのが修行であり試練ってもんだろ? 万一僕が死んだら誰かが生き返らせてくれるのか? そんな漫画やラノベばりに都合の良いボールとか魔法石が存在するのか? だったら医者なんて不要じゃないか? 一生懸命勉強して研修医になったからって、合コンではモテないんじゃないか? ゲーム好きの女優とだって付き合えないだろ?」


 いつも妄想めいたことばかり言う変態紳士が、やたら現実的めいたことを言い出してきた。

 けど後半部分から、まったく関係のない主張を訴えている。

 ヤッスの中で医師と研修医をなんだと思っているんだろう?


 美桜が俺達の間に入り、「まぁまぁ」と窘めてきた。


「大丈夫よ、ヤッスくん。真乙の場合、嘘みたいな防御力VITと習得していたスキルに合わせてキツめに実行したけど、キミには『魔法士ソーサラー』に合わせた《強制試練ギアスアンロー》を施すわ。だから死ぬことはないけど、しばらく辛いのは確かね……だから、みんなで支えるって話よ」


「お言葉ですが、マスターも僕を支えてくださるのですか?」


「ええ、勿論。真乙の友達だし、私にとっても大切な仲間の一人だからね」


「――やります。どうか、この僕に試練をお与えください!」


 ヤッスは美桜から「飴」を与えられたことで、あっさり「鞭」を受け入れた。



 こうして決めるべき話を終えて、俺達は家に戻った。

 ヤッスは一度自分の家に戻り、両親にしばらく俺の家に泊まることを告げる。

 前周でも俺はヤッスの両親から信頼されていたので、今回もあっさり了承してくれた。


「――ではヤッスくん、覚悟はいい? 《強制試練ギアスアンロー》を施すわよ」


「もちのロンロンです。マスター、いつでもどうぞ」


 俺の部屋で中世の騎士風に跪くヤッスの頭上に、美桜は腕を翳して呪文語を詠唱した。


 

 10分後。


「あ、頭痛ぇ……超割れるぅ……吐き気がするぅ、いっそ吐いちゃおうかな……し、死ぬぅ、いやガチで……」


 ヤッスは酷い頭痛に苛まれ、俺のベッドで悶えている。

 体も重く思い通りに動かせないようだ。


「おい、ヤッス! 辛いのはわかるけど、俺のベッドの上で吐くなよ! それだけは勘弁な!」


「そ、その声はユッキか……ここは誰? 僕は何処? あっ、お花畑の向こうに死んだ筈の祖母が……今行からね、お婆ちゃん!」


 駄目だ、こいつ。完全に錯乱して何を言っているのかわからない。

 奴のお婆ちゃんが迎えに来ているのだけは把握できた。


魔法士ソーサラーの場合だと、知力INTを中心に大きな負荷がかかるようになっているわ。だから激しい頭痛に加え一時的にアホ……じゃなかった思考が錯乱しているのよ」


 姉ちゃん、今「アホになる」って言おうとしたな?

 にしても、俺の時も酷かったけど、これはこれで最悪な状況だ。

 果たしてヤッスは無事に生き延びることができるのだろうか?


「おいヤッス、聞いているか!? レベルが上がったら、SBPを知力INTに極振りしろ! そうすれば頭痛は軽減されるぞ!」


「……おっぱいが二つ、おっぱいが四つ、おっぱいが六つ……安心しろ、ユッキ。こうして煩悩に浸ることで、辛うじて自我を失ってはいない。『おっぱいソムリエ』としての矜持に懸けてね……ぐぅ」


 そ、そう?

 なんかよくわからないけど、煩悩で激痛に耐えているようだ。

 『おっぱいソムリエ』半端ない……けど少しも憧憬しょうけいを抱けない。



 三時間後。

 ヤッスはレベル5に上がった。

 《強制試練ギアスアンロー》の魔法効果もあり、SBP:45と通常より多く獲得されている。



【安永 司】

職業:なし

レベル5

HP(体力):23/23

MP(魔力):75/75


ATK(攻撃力):5

VIT(防御力):4

AGI(敏捷力):7

DEX(命中力):10

INT(知力):80

CHA(魅力):10


スキル

《速唱Lv.5》《看破Lv.4》《鑑定眼Lv.2》《棍棒術Lv.1》《不屈の精神Lv.1》


魔法習得

《初級炎属性魔法Lv.2》

《初級水属性魔法Lv.2》

《初級風属性魔法Lv.2》

《初級土属性魔法Lv.2》


称号:おっぱい審判者バスト・ジャッジメント



 ほぼ知力INTに注いでいるだけに、レベル5とは思えないほど能力値アビリティが高い。

 おまけに《速唱Lv.5》で+50の補正が付与されるので実質上は三桁と考えても良いだろう。

 つまりそれだけ素早く魔法を発動させ、より強力な効力を与えられるということだ。


 ん? いつの間にか、技能スキルが増えている。

 《棍棒術Lv.1》って格闘系スキルじゃないか? いつ覚えたんだ? 

 そういや学校で掃除当番の時、厨二的発言しながら長柄のホウキを振り回していたっけ……嘘ッ、まさかそれ?


 魔法も初級とはいえ、四大元素系を習得しているのは流石だ。

 スキルと同じようにレベルが上がれば威力に反映する。

 高い知力INT値に加え、初級魔法でも中級以上の威力を発揮する筈だ。


 しかし『おっぱい審判者バスト・ジャッジメント』って、また最低の称号がついたものだ。

 補正がないから変わる度に上書きされるけど。


「ユッキ……大分頭痛が治まったよ。まだ体は重くて自由に動けないが……」


「そいつは良かったけど、自力でまともに動けるようになるまで二日は掛かるぞ。トイレ行く時は遠慮なく言ってくれ。学校はしばらくの間、ガンさんが背負って連れて行ってくれるから安心しろ」


 苦痛が取れたら近所のダンジョンに潜ってレベリングを重ねる。

 戦闘こそ最も効率よくレベルアップしていく近道となるからだ。



 次の日、学校で杏奈に声を掛けた。

 すっかり親交を深めたこともあり、俺に対して彼女は明るい笑顔を見せてくれる。


「おはよう、真乙くん。安永くん、どうしたの?」


 心優しい彼女は、まともに体を動かせず机の上で突っ伏して寝ているヤッスを心配してくれている。


「ああ、昨日見境なく無茶してね。しばらくは筋肉痛で動けないから、俺とガンさんで何かとフォローしているんだ。意識はあるから大丈夫だよ。それより杏奈、昨日叔母さんは家に泊まったの?」


「うん、それで真乙くんのことを話したら一度会ってみたいって」


「ま、マジで? 俺で良ければ是非に挨拶させてもらうよ!」


 なんか親に紹介される彼氏になった気分だ。

 超緊張してしまう……けど精神年齢30歳で前周は社畜サラリーマンであった、俺。

 一般的な社交性には自信がある。


「そんなに喜んでくれると思わなかったよ。叔母さんに伝えておくね、フフフ」


 杏奈は俺だけに天使の笑顔を向けてくれる。

 すっかり打ち解け合い会話を弾ませている中、少し離れた席に座る『渡瀬』の視線を感じていた。

 少し前まで不思議そうに首を傾げて見入るだけだったが、俺達の雰囲気を察したのか何かが違っていた。


 じっと睨むように俺を凝視する眼差し――。

 気のせいかもしれないが、渡瀬の本性を知ってしまっただけにそう思えてしまう。


 だが俺に注目していたのは、渡瀬だけじゃなかった。



 放課後、俺は屋上で密かにある女子に呼び出される。

 そいつは連休明け辺りから、杏奈を虐める運命にある首謀者。


 ――秋月 音羽だ。

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