第46話 聖刻の盾

 美桜の隣で先頭を歩いていた、香帆が振り向き俺の方を見つめてきた。


「マオッチは気にしなくていーよ。所詮、イケてない連中のやっかみだからぁ、にしし」


 そう悪戯っ子のように白い歯を見せ意味ありげに笑っている。


「……まったく、フレイアにも困ったものね。目の付け所は流石だけど……どの道、あの痴魔女に真乙は渡さないわ」


 深い溜息を吐きながら、美桜は独り言を呟いた。


 フレイアって……確か姉ちゃんと同じ『七大聖勇者』で『氷帝の魔女』と呼ばれる“帰還者”か?

 なんでもギルド公式の掲示板サイト『キカンシャ・フォーラム』の管理人をしていると聞く。

 

 あれから美桜に教えてもらったURLで何度かググってみたけど、特に俺のことが書き込まれたスレッドはカテゴリーにヒットしなかった。


 香帆が何故かやたらと詳しく、彼女の話によると『キカンシャ・フォーラム』にはさらに裏サイトが存在するらしい。

 なんでも予めフレイアが許可した会員しか、スレに参加ができないとか。

 また「フレイア様信者」と呼ばれる“帰還者”達が存在するらしく、彼らは裏サイトに入り閲覧のみ認められているという。

 

 どうやら先程、俺のことを「マオたん」と呼んでいた連中は、その「フレイア様信者」であるようだ。

 あれからかなり厳重化されているみたいだけど、いちいち俺のことをスレ立てしないでほしい。

 名倉の件以来、実害はないようだから今はいいけど……。



 そうこうして歩いているうちに『アゼイリア工房』に着いた。

 建物の中に入ると、スタイル抜群の赤毛美女ことアゼイリアが受付のカウンターで立っている。


「いらっしゃい、みんな。王聡くん、昨日はマオトくんのお家に泊まったんですって? すっかり学生生活をエンジョイして、私もようやく肩の荷が下りたわ」


「ああ、サッちゃん……ずっと心配かけさせてすまない。見ての通り、みんな良くしてくれているよ」


 時折、気を遣うけどね。

 ガンさん、見た目の割には繊細で傷つきやすいから。


「じゃあ、みんな集まったことだし、早速今後について決めていきましょうか?」


「そうね。美桜ちゃん、二階はフリースペースとなっているから、お茶しながら話しましょう」


 俺達は首肯し、アゼイリアの案内で二階へと上がった。

 広々とした日当たりのよい空間に、円卓テーブルと椅子が並んでいる。

 ちょっとした会議室のような部屋だ。

 

 俺達は椅子に座り、用意された紅茶を嗜む。

 一息入れたところで、美桜が口を開いた。


「――では話を進めましょう。こうしてメンバー全員がいることだし、まずはパーティのリーダーを決めましょう」


「美桜でいんじゃない? 勇者だし、その方がギルドからクエスト依頼もくるしょ?」


「ギルドからクエスト?」


「そっ。ダンジョン探索以外にも、ギルドから直接クエストを依頼される場合もあるんだよぉ。例えば緊急の『モンスター行軍』の討伐とかねぇ。報酬金もかなり高額だし、活躍すればギルドから信頼され要請が多くなるってわけ。勇者がいれば尚更だねぇ」


 俺の問いに、香帆が説明してくれる。


 なるほどクエストを達成すれば、それだけ名が売れて上位ランカーの冒険者として認められるってことか。


「それに香帆ちゃんとマオトくん、ヤッスくんの三人は美桜ちゃんの眷属でしょ? 時代が異なる災厄周期シーズンの私と王聡くんは、別にリーダーになるつもりはないわ。そうよね、王聡くん?」


「まったくもってその通りだ。俺がリーダーになったら緊張して寿命が縮んでしまう。考えただけでも嘔吐しそうだ……ううう」


 アゼイリアは良識的な見解だとして、ガンさんは誰もリーダーに指名してないにもかかわらず口を押えながら怯えている。相変わらず豆腐メンタルだ。


「……わかったわ。私がリーダーってことで承知するわ。けどみんなと一緒に『奈落アビス』に探索することはないわよ。それでもいい?」


「どうしてだよ、姉ちゃん? 実は何かトラウマでもあるのか?」


 昨夜、ガンさんが言っていた言葉を思い出し訊いてみた。

 弟の俺だからこそ直に問うことができる内容だ。


「真乙、別にトラウマって程じゃないけど……気が乗らないのは確かね。お姉ちゃんにとって異世界の前半は黒歴史でしかないわ……香帆と出会ってから逆転劇が始まったようなものよ」


「美桜のガチを目の当たりにしたら、味方で良かったと思うよん。あたしは、どんな美桜でも超ラブだけどね~」


 異世界に転移する前から執念深い性格だからな。

 受けた仕打ちは数倍にして返すタイプだ。


「それに、実は『零課』のゼファーから制限されているのよ……パーティと『奈落アビス』を探索するなら、71階層の『深淵層』からだってね。理由は私が頻繁に潜るとダンジョンの均衡を崩し兼ねないからだと言われたわ」


「つまり俺達が『深淵層』に行けるほどのレベルじゃないと、姉ちゃんはパーティに参加できないってことなのか?」


「そうなるわね……ゼファー直々のクエスト依頼なら、その限りじゃないけど」


 確かにミノタウロスの「モンスター行軍」時は、美桜はゼファーの指示で出向き殲滅している。

 要は強すぎるあまり、未知であるダンジョンに悪影響を及ぼしかねないっていう理由なのか?

 あの特殊公安警察の『零課』が危険視するほどの存在って……まるでチート扱いじゃね?

 だから余計、美桜は俺とタイムリープしてきたことを伏せるようにしているみたいだ。


「なるほど……美桜ちゃんがそういう立場なら、パーティが『深淵層』に行けるレベルまで高めなければいけないわね。どちらにせよ指示するサブリーダーが必要になるわ……香帆ちゃんって実はレベル60を余裕で越えてそうだから、実力的にサブリーダーに向いているんじゃない? 美桜ちゃんのバディだし」


「先生、あたしはやーよ。リーダーなんて器じゃないし……マオッチでいいんじゃない?」


「お、俺ぇ!?」


「そっだよ~。元々、マオッチを中心に集まった面子でしょ? みんなもそれでいいんじゃん、ね?」


「香帆様の仰る通り、我に異論なし!」


「俺もユッキが適任だと思う」


「うん、マオトくんなら相応しいわ」


 ヤッス、ガンさん、アゼイリアは、俺がサブリーダーでいいと言ってくれる。


「満場一致なら決まりね。ではパーティのサブリーダーは真乙ってことでいい?」


「わかったよ、姉ちゃん……みんなも、こんな俺でよければこれからもよろしくお願いします」


 俺は椅子から立ち上がり、仲間達に向けて頭を下げて見せた。

 みんなから温かい拍手が送られる。

 あまり慣れていないだけに、つい照れてしまう。


「あと、パーティ名はどうする?」


 不意にヤッスが言ってきた。


「パーティ名だと?」


「そうだ、ユッキ。チームの結束として、これから必要だと思うのだが?」


「結束ね……まぁ言いたいことはわかるけど、姉ちゃん普通どうなの?」


「う~ん、なくはないわ。上位ランカーほど共通集団クランとしてメンバーが固定され出入りが少ないからね。名を売るのに注目を浴びやすくなるのは確かよ。まぁ大抵の“帰還者”は自由さを求めるから、その都度目的に合った一時的なパーティが多いけど」


「俺達は固定型パーティだから、今後上位を目指すためにも必要って感じ?」


「そういう考えもあるわ……ここは、みんなの案を聞いてみようかしら?」


 美桜の問いに、個々に思いついたパーティ名を言ってきた。


「ここは【パイ乙&カリビアン】が無難ですかな」


 無難じゃねーよ、ヤッス!

 カリビアンって何よ!? お前はいい加減、乳離れしろ!


「めんどいから【美桜と愉快な仲間達】でよくね?」


 香帆さん、頼むからどうでも良さそうに言わないでくれよ。

 気持ちはわかるけどボキャブラリー無さすぎだわ。


「俺としては【優しき友の会】でいいと思う。除け者にされると傷ついてしまうからな……」


 もろガンさんの願望だろ?

 そんな迫力に欠けるパーティ名で上位を目指したくないんだけど。


「よくぼったくり鍛冶師スミスって言われるから【分割リボ払い】よ!」


 アゼイリア先生、それまったく関係ないじゃん!

 教師の貴女が一番、私利私欲じゃないっすか!?


「……みんな思いの外ポンコツ案ね。真乙は何かない?」


「うん。姉ちゃんがリーダーで俺がサブだから【聖刻の盾】なんてどう?」


 聖刻ってのは「聖なる時」って意味で付けてみた。

 『刻の勇者タイムブレイヴ』と呼ばれる、美桜に引っかけた感じ。

 盾の方は言わずとしれた、俺の職種だ。


「ふ~ん、カッコ良くていいんじゃない? みんなはどう思う?」


 美桜が尋ねると、香帆とガンさんとアゼイリアは「それでいいと思う」と素直に応じてくれた。


 ヤッスも一応は同意こそしてくれるが……。


「流石はユッキ、実に素晴らしいネーミング・センスだ。お前のオタクぶりには僕でさえも脱帽だよ」


 褒めてくれているのか、小バカにしているのかわからない。

 言っとくけど、俺のオタクぶりはお前の厨二病も影響しているんだからな!

 あと『おっぱいソムリエ』だけには言われたくねぇ!


 こうしてパーティ名は【聖刻の盾】で決まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る