第45話 恋敵の疑惑

 中学三年の頃、ヤッスは『渡瀬 玲矢』と同じクラスだったそうだ。

 ちなみにリア充グループの大野と工藤も一緒でその時から仲が良かったとか。


 当時、渡瀬は既に祖父の下に引き取られており、クラスの誰も奴が杏奈と同じ養護施設に預けられていたことは気づいていない。

 なので他所から見れば、今時風の爽やかイケメン男子であり、性格も穏和で明朗に見えていたと言う。

 また別クラスの杏奈も施設出身であることは伏せられており、いつも二人が親し気に話していることから、昔から仲の良い幼馴染=付き合っているという風評が流れたようだ。


 中学時代は比較的に順風満帆だった、渡瀬。

 しかし杏奈が話してくれたように、中学三年の二学期始めに性格が豹変したらしい。

 

 突如として粗暴で偏執的な気性となり、自分の思い通りにならなければ激昂し手を上げるようになったとか。

 しかも細身の割には身体能力が異常に高くなり、自分に難癖をつけてくる格闘経験者の同級生や柔道の有段者である教師ですら一蹴し病院送りにすることもあった。


 そんな渡瀬の様子にクラス内で浮く存在となるが、誰も逆らうことはできず仲が良かった大野と工藤も、奴を怒らせまいと気を遣い舎弟のように振る舞っていたようだ。


 だが杏奈だけは普段と変わらず接しており、時に厳しい口調で暴走する渡瀬に注意を促すなど毅然とした姿勢で幼馴染と向き合っていた。

 彼女の純粋な思いが通じたのか、三学期頃には渡瀬は落ち着きを見せて今の状態まで改善したと言う。



「――これは補足だが、妹君である清花殿は80のBカップながら、我がマスターやお母様からしてまだまだ成長する可能性は十分にあるぞ。だから安心しろ、ユッキ!」


「最後どうでもいい補足じゃねーか! 渡瀬の話からどこへ脱線してんだ、コラァ!」


 妹の胸の成長に何を安心すりゃいんだ!? アホか、こいつ!?


 しかしよくわからん話だ。

 そもそも何がきっかけで、渡瀬は荒れるようになったんだ?

 別に施設出身をバカにされたとか、虐められたとか、トリガーとなるきっかけがないように思える。


「感情が抑えられないという点では、俺のユニークスキル《異能狂化の仮面ベルセルクマスク》に似ている。精神と本能の制御リミッターを解除し、自身の潜在能力以上の強化を施すスキルだからな」


 そして弱点は、敵味方の分別が付かず殲滅するまで暴走すること。

 俺も危なく死にかけた、やばすぎるガンさんのスキルだ。


「ってことは、渡瀬も“帰還者”だってのか? だとしても、あまり粗相が頻繁だと特殊公安警察の『零課』が動くんじゃない?」


 現に同級生から教師に至るまで病院送りにしているらしいからな。


「俺はずっと引き籠っていたから、その辺の事情はわからないが……サッちゃんの話だと、自己防衛のためならある程度は黙認されると聞いたぞ」


「まぁ、確かにそういう事実はある……実際に俺も身に覚えがあるからな。けど一番は杏奈が親身になって根気よくブレーキを掛けていたことで、渡瀬も改心したのかもしれない」


「あくまで、渡瀬くんが“帰還者”だと仮定した話だが、異世界から帰還した直後は冒険者としての記憶や能力値アビリティだけじゃなく、生き様や気性なんかも持ち帰ってしまう場合が多い。俺なんかもろにそのタイプだし、美桜さんもその系があるようだ」


「姉ちゃんも?」


 言われてみれば『零課』の指示意外で冒険者として活動することはほとんどない。

 自分から『奈落アビス』ダンジョンの探索を避けている節も見られる。

 美桜も異世界で迫害を受け、色々と辛い目に遭ったと聞く(倍返し以上の復讐を果たしたみたいだけど)。


 異世界の出来事が影響する所謂、心的外傷後ストレス障害PTSDってところか?

 けど美桜は何度もタイムリープして人生をやり直しているからな。

 また別の理由で力をセーブしているのかもしれない。


「とにかく、ユッキ。僕から言えることは、『渡瀬 玲矢』には気を付けろということだ。お前は事実上、彼が大事とする幼馴染である野咲さんをNTRしようと画策しているんだからな。なんだかエロゲーっぽく、ぞくぞくしてくるじゃないか、ええ?」


「ヤッスの癖に酷い言いようだ……けど否定はできない。しかし俺は本気だ。杏奈は俺が守る。渡瀬には絶対に任せられない。任せちゃいけないんだ」


「ふむ。まるで渡瀬に任せては野咲さんが不幸になるのがわかっているような口振りだ……が、僕は親友としてユッキを信じ支えようじゃないか」


「ヤッス……」


「俺も及ばずながら協力するよ。野咲さんのような良い子を不幸にしてはいけない。ヤッスの話を聞く限り、ユッキが守ってあげるべきだ」


「ガンさん……」


 二人の心意気に思わず涙ぐんでしまう、俺。

 口に出しては気恥ずかしいので心の中で、「二人ともありがとう……」と強く思った。

 なんか男同士の友情が深まった気がする。



 翌日の朝、玄関前にて。


「――真乙くん。凄く楽しかったよ、ありがとう。また明日ね」


「俺も楽しかったよ、杏奈。また学校で……送らなくていいの?」


「うん、大丈夫。明るいし、叔母さんと待ち合わせしているから……心配してくれてありがと」


 なんでも今日は面倒を見てくれる、叔母さんが泊りに来るらしい。

 彼女も複雑な事情を抱えているだけに、俺はその意向を組むことにする。

 何かあったら迷わず俺に連絡するよう告げた。


 こうして杏奈は自分の家に帰って行く。


 心の中にぽかんと穴が開いたように寂しいが、昨日の素敵な思い出と明日会える楽しみを抱えて耐え忍ぶことにする。



「――それじゃ、ここからが本番ね」


 俺と一緒に見送っていた、美桜が言い出した。


「本番って何?」


「冒険者として今後の打ち合わせよ。ある程度パーティメンバーも揃ったことだしね」


「わかったよ。紗月先生以外は全員いるからな……家の中でやるのか?」


「家じゃお母さんと清花がいるから。そうね……『アゼイリア工房』なんてどう? 先生にも会えるし一石二鳥よ」


「俺はいいけど……レベル30のガンさんはギルド登録すればいいとして、ヤッスはレベル4だろ? まだ炭鉱、いや『エリュシオン』の中には入れないんじゃない?」


「ギルド登録は無理でも、私達がいれば『エリュシオン』には入れるわ。ヤッスくんは勿論、ガンさんも行ったことがないわけだし、いい経験になると思うわ」


「そうだな。そうしょう」


 俺は二人の声を掛けて、美桜はまだ寝ている香帆を起こし、『奈落アビス』ダンジョンとギルドがある閉鎖された炭鉱こと『エリュシオン』へと向かった。



 開門用のアプリを起動させ、出現した魔法陣を潜り抜けて中へと入る。

 視界が一気に別世界へと繋がった。


「おおぅ……ここがエリュシオン! ダンジョンやギルドのある街並みか!? なんて素晴らしいんだ……まさに僕が望んでいた通りの世界だぞ、ユッキ!」


「懐かしい空気だ。あのトロッコに乗れば、『奈落アビス』というメインダンジョンに行けるのか?」


「そうだよ、ガンさん。ヤッスも早くレベルをあげてくれよ。ギルドに登録できるのはレベル10からだからな」


「わかった。夏休み前には必ず達成させてみせる。僕を信じてくれ」


 まぁ、ヤッスは変態だけど『魔法士ソーサラー』としての才能は本物だからな。

 前回のように中ダンジョンで何度か実戦を重ねればいけそうな気もするが。


「このまま『アゼイリア工房』に行くわ。先生には連絡済みだから、あとのことはそれから決めましょう」


 美桜の提案に全員が了承した。

 そのまま彼女を先頭に工房へと足を運ばせる。


「ひょっとして彼女達は『刻の勇者タイムブレイヴ』に相棒の『疾風の死神ゲイルリーパー』か? 相変わらず圧が半端ない……」


「でも二人とも、とても綺麗……憧れちゃう」


 途中、他の冒険者達から囁かれる声が聞こえる。

 やっぱり美桜と香帆の『魔王戦争』災厄周期シーズンコンビは目立つようだ。


 だが今は彼女達だけじゃない。


「おい、後ろの奴……確か弟の『鋼鉄の無盾持ちフルメタル・ノー・エスクワイア』だぞ。まだレベル20台だが、今注目株の冒険者だぜ」


「なんでも『盾役タンク』なのに何故か盾を持たないと聞く。けど防御力VITはギルドでもトップクラスだとか……一体どんな戦い方をするんだ?」


 俺も冒険者となり、もうじき1年くらいになる。

 美桜の弟だってこともあるからか、それなりに名が知れ渡っているようだ。


 けど一方で――。


「あいつか、マオたん!? クソォッ!」


あの方・ ・ ・の寵愛を独り占めしやがって! マオたん、オラァ!」


「なんて羨ましんだ、マオたん! チクショウめ!」


 何故だろう……一部の野郎冒険者達から嫉妬めいた罵声が聞こえる。


 あの方って誰よ? マオたんって俺のこと?

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