第43話 杏奈の秘密

「真乙くんの家でお泊り……わたしなんかがいいんですか?」


 杏奈の問いに、美桜は優しく微笑み頷いた。


「勿論よ。必要なモノは私のモノを貸してあげるわ。着替えとか必要なら、真乙と一緒に取りに行けばいいんじゃない? こう見ても弟は護衛にぴったりよ」


 確かに『盾役タンク』として、俺ほどの適任者はいないだろう。

 それに杏奈と二人きりになれるし、何より彼女が住んでいる家を知ることができる。

 俺的には美味しい展開でしかない(《狡猾Lv.5》スキル発動中)。

 

「はい、是非に。真乙くん、荷物を取りに家に帰りたいんだけど……一緒にいい?」


「ああ、勿論いいよ」


 よし! 凄くいい流れになったぞ!

 杏奈は泊まってくれるし、彼女の家も拝める!

 やばいよ、姉ちゃん……ガチで感謝!


「じゃあ決まりね。ヤッスくんもレベリングの件があるから今日は泊まって行きなさい。岩堀さ……いえガンさんだっけ? 貴方も親睦深めるためにどう?」


「もちのロンロンです。我がマスターよ、光栄であります」


「お、お言葉に甘えます、美桜さん……(サッちゃんから色々聞いていたけど、この子は本気でやばいぞ……同じ勇者のリューンを遥かに凌ぐ実力者だ。かなりの圧を感じる……はっきり言って超怖いんですけど!)」


 美桜からの誘いにヤッスは丁寧にお辞儀し、ガンさんは顔を強張らせながら了承している。特にガンさんは姉ちゃんにびびっているように見えた。


 まぁ男が俺だけっていうのもアレだしな。

 別に変なことするつもりなんて毛頭ないし、二人がいてくれると気が楽かもしれない。



 それから夕食後、俺は杏奈について行く形で彼女の自宅へと向うことになった。


「ごめんね、真乙くん。つき合わせちゃって……」


「いや俺の方こそ。まさかこういう流れになるとは思ってもみなかったけど」


「そうだね。けど楽しい……こんな気持ち初めて」


「そ、そう?」


「うん。ありがとう、真乙くん」


 俺の隣で天使のように微笑む、杏奈。

 前周では、目の当たりにすることがなかっただけに何度見ても胸がきゅんと疼く。

 しかも今は俺だけに向けてくれる笑顔だ。


「お、俺の方こそ……誘って良かったよ」


 最初はただ図書館で勉強するだけの話だった。

 それが『カラ勉』となり初デートみたいな形となって、お泊り会へと発展している。

 些か急展開ばかりだけど、今日一日だけで俺と杏奈の距離がかなり縮まったと思う。


「……ねぇ、真乙くん」


「なんだい、杏奈さん?」


「これからは、わたしのこと『さん』抜きで呼んで欲しいの……ダメ?」


 杏奈は頬を色づかせ、上目遣いで懇願してくる。

 なんだか、おねだりしているみたいでとても可愛い仕草だ。


「うん、いいよ。じゃこれからは、杏奈・ ・で……俺のことも呼び捨てでいいよ」


「嬉しい、ありがとう……けど、わたし『真乙くん』って呼ぶのが好きだから」


「そ、そぉ? ならいいけど……」


 好きって言われて凄くドキっとしてしまう。

 もう信頼度だけなら、渡瀬の奴を超えた気がする。

 たった一日で……いやこれまで頑張ってきた成果が実ったと思う。


 俺にとって大収穫だ。



 しばらく歩くと、杏奈が住むマンションに着いた。

 伊能市にしては中々立派な建物だ。

 エレベーターまで設置されているじゃん。


 杏奈が暗証番号を入力することで自動ドアが開き、一緒にエントランスに入ることができた。

 そのままエレベーターへと乗り込む。


「凄ぇ……ひょっとして、杏奈の家ってお金持ち?」


「え? どうなのかな……よくわからない。の方は多分そうなんだと思う」


 なんだろう……彼女にしては随分と奇妙な口振りだ。

 だけど誤魔化しているというより、本当にわかってない様子に思える。

 それに自分の父親を「父」と呼んでいる時点で違和感しかない。


 エレベーターから降りて、広々とした長い廊下を歩く。

 まるで高級ホテルのような雰囲気で完全に別世界だ。


 杏奈は扉の前に立ち、カードキーを取り出してドアを開けた。

 

「真乙くん、準備するからリビングで待っていてね」


「……うん、お邪魔いたします」


 女の子の一人暮らしの部屋へと入る、俺。

 なんだか超ドキドキしてきたぞ。

 

 杏奈に案内され、リビングに入る。

 やたら広々としたリビングと寝室に納戸もあることから、1SLDKの間取りのようだ。

 一人暮らしとは思えない、高校生にしては随分と贅沢な住まいだと言える。


 俺はぽっつんとソファーに座り周囲を窺う。

 真っ白な空間に、大きなテレビや最新型の冷蔵庫や家具類など近代的な趣きを感じる。

 特に飾り気がなく、もう少し華やかなピンク色をイメージしていたが、思いの外生活感がなく殺風景だと思った。


 束の間、杏奈が寝室から出てくる。

 彼女の手には着替えなどが入った大きめのバックが握られていた。


「お待たせ。あっ……ごめんね、お茶も出さずに」


「ううん、大丈夫。けど一人暮らしにしては随分と広いよね?」


「そうだよね。だから見ての通り持て余しちゃって……普通のアパートで良かったのに」


「お父さんの配慮かい?」


「うん……今更なんだけどね。だから時々叔母さんに泊まってもらったりするの」


「叔母さん?」


「お母さんの妹……お母さん、わたしが小さい時に亡くなったから」


「……そうなんだ、ごめん」


「いいの、別に。真乙くんが気にするところじゃないからね……お母さんが死んで、わたし、しばらく養護施設にいたんだぁ。その時に、玲矢くんと知り合ってね。それで仲良くなった感じかな?」


 え? 養護施設!?

 渡瀬もその施設で暮らしていたってのか!?

 それで幼馴染の関係になったと……マジかよ。


 にしても杏奈の家庭事情が思いの外に複雑すぎる……というより全貌が見えない。

 母親が亡くなったってのに、父親は何をしてたんだ?

 今だって娘とかなり距離を置いているような暮らし方じゃないか。

 凄く気になる……ここまで話してくれているなら、杏奈も答えてくれるだろう。


「杏奈のお父さんって、何をしてたの?」


「わからない……だって一度も顔を見たことがないから。中学一年の頃、父の弁護士って名乗る人からいきなりそう言われ、強引に施設から出されてここに暮らすように言われたの。父の名前すら知らないわ……」


 父親の顔どころか名前すら知らないってどんな事情なんだ?

 わからないなぁ……杏奈自身がわからないと言っている以上は言及のしようもないけど。


「渡瀬くんは? 彼もまだ施設にいるのかい?」


「ううん。わたしと同時期に、玲矢くんの祖父に引き取られたと聞くよ……彼、あまり自分のこと話したがらないから」


「そうか……仕方ないよね」


 なんだか想像の斜め上をいくほどの重い話を聞いてしまった。

 杏奈と渡瀬も俺の知らないところで、かなり苦労して過ごしてきたようだ。

 そこで互いに通じ合い、『幼馴染』としての関係に至ったのだと知った。


 俺も前周じゃろくな人生を送ってなかったけど、家庭環境だけは恵まれていたと思う。

 杏奈の事情に共感こそできるけど、抱えている部分まで入り込むことができるだろうか?

 同じ境遇を持つ渡瀬なら可能なのかもしれない……そう思うと、奴がただの幼馴染じゃなく難攻不落の強敵に見えてしまう。


 そうネガティブな思考が過る中、ふと杏奈は俺の隣に座った。

 これまでにない密着感とぬくもり。

 彼女は天使のような柔らかい微笑を浮かべた。


「わたしね。真乙くんとお友達になれて、心から良かったと思っているの」


「え? 本当?」


「うん。助けてくれた恩人ってこともあったけど、こうして一緒にいてくれることで毎日が楽しいというか……わたしの人生観が変わったというか……ごめんなさい、上手く説明できないけど、とにかく今は真乙くんが大切なの」


「……ありがとう。俺も杏奈といると毎日が楽しい……優しい気持ちになれる」


「ほ、本当?」


「うん、本当……だから困ったことや悩みごとがあったら遠慮なく頼ってほしい。俺、こう見ても『守る』の得意だから」


「ありがとう、真乙くん……うん、そうする」


 杏奈の優しい気持ちが、俺の不安を払拭してくれた。

 何より俺のこと「大切」って言ってくれたことが嬉しかった。

 まだ友達未満だけど、今はそれでいいと思える。


 焦らず確実な一歩を踏みしめていく……そうしていきたいと誓った。



 マンションを出て、俺の家へと向かう。

 途中、見回りをしていた『赤き天使の鐘レッドアンジェラス』の数名に遭遇した。

 その中に「タカシ」と「サトシ」がいる。

 中三の夏休み、杏奈をナンパし連れ出そうとした男達だ。


「うぃす! 真乙さん、お勤めご苦労様っす!」


「ああ、ご苦労さん。何か問題ないか?」


「うぃす! 時折、変質者がいやがるのでシメて警察に突き出しています!」


「そうか。その調子で頼むよ」


「うぃす! それじゃ失礼します! あとお嬢さん、以前はご迷惑お掛けしやしたぁ!」


 すっかり更生したタカシとサトシは、杏奈のことを覚えている様子であり、彼女に向けて丁寧に頭を下げ謝罪して去って行く。

 当然、杏奈は不思議そうな眼差しを俺に向けてきた。


「真乙くん……あの人達って?」


「ああ、実はあの後、奴らと色々あってね……今は和解して『赤き天使の鐘レッドアンジェラス』という自警団となり町の治安を守るため、ああして見回っているんだ」


「……そう。なんか、真乙くんて色々と凄いね。正義の味方みたい」


 杏奈は躊躇しながらも、俺と瞳を合わせてクスクスと笑ってくれた。


 うん、可愛い。


 一番は彼女の笑顔を守ることが目的なんだけどね。

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