第42話 デート後の誘い
同級生と出会う可能性は大いにあると認識していたが、まさかこの男と遭遇するとは思わなかった。
「ヤッスじゃないか? お前、どうしてここに……今、下着コーナーから出てこなかったか?」
「ああ、その通りだ」
何故か胸を張って隠すことなくドヤ顔で暴露した。
「な、なんでだよ? 女性モノしかないのに可笑しくね?」
「これも『おっぱいソムリエ』として己の目を養うためだ。最近、色々なブラジャーが存在するからな。バストを綺麗に見せるパットブラはまだ許せるとして、盛るタイプのヌーブラなんかはつい騙され誤認してしまう……ムカつくとは思わんかね?」
「思わねーよ。いいじゃないか、人それぞれだ。それより男一人でそんなところ、うろついていたら不審者だと思われるぞ」
「安心しろ。ついさっき警備員に連行されかけたが『母のブラを買いに来た』と告げて回避したところだ」
何が安心しろだ。早速、通報されてんじゃねーか。
てか、そんな言い訳でよく回避できたものだ。妙に堂々とした未成年だから上手く誤魔化せた感じなのか?
どちらにせよ迷惑な不審者野郎に変わりない。
親友として一つも安心できないわ。
「おや? そこにいるのは野咲さんかい?」
「こ、こんにちは……安永くん」
杏奈は動揺を隠せず、明らかな愛想笑いを浮かべていた。
ガチの変態同級生を前にしてドン引いている。
「ほう今回、レベリングの誘いがないと思ったらそういうことか……うん、いいんじゃないか?」
「いいって何がだよ、ヤッス?」
「お似合いって意味だよ。野咲さんもお目が高いと思ってね……あのインチキ爽やかの『渡瀬 玲矢』より、我が親友のユッキの方が信頼に値する男だ。こんな僕やガンさんにも分け隔てなく接してくれるのが何よりの証だと言えよう」
「うん。真乙くんに関しては本当にその通りだけど……玲矢くんも大切な幼馴染だから悪く言わないでね」
やさぐれたヤッスの言い方に対する最な指摘だけど、杏奈の幼馴染を庇ういじらしい姿勢に少し胸が絞られてしまう。
幼い頃から潜在的に蓄積された、見えない壁ってやつだろうか?
「すまない失言だったようだ。では僕は
ヤッスは親指を立て、颯爽とした足取りで立ち去った。
ところで今あいつ、「
どういう意味だ?
「なんかごめん……ヤッスは変態だけど根はいい奴なんだ」
「わたしは大丈夫だよ……けど安永くんも同じ中学だったから、玲矢くんのことあまり良く思ってないみたいだね」
「え? どういうこと……渡瀬くんって何か問題とか起こしていたっけ?」
そういや渡瀬って特に親しい友達とかいなさそうだよな?
まなじ容貌はいいから女子には比較的にモテてるし、何気にリア充グループと一緒にいることが多い。
だけど仲が良いって雰囲気じゃなく、辛うじて輪に入りつつ隅っこにいるって感じだ。
何故かクラスの陽キャである大野と工藤は、渡瀬に気を遣う場面も目にしている。
後は、杏奈とばかり話していた記憶があった。
その杏奈も最近じゃ何かと俺が奪いに行くもんだから、渡瀬は一人でいることが多くなっている。
「うん……中学三年の頃、ちょっとだけ荒れていた時があってね。受験前くらいから落ち着いたんだけど……」
「中学三年? 最初に夏休みの終わりで会った時は、そんな感じに見えなかったけど?」
「真乙くんと会ったその後だよ。二学期の初めくらいかな……理由はわからないけど、急に人が変わったみたいに……それでも今は普段通りに戻った方なんだよ。でも……」
「でも?」
「……なんでもない。ごめんね、変な話をして」
「いや、いいよ。俺も渡瀬くんのこと、あまり良く知らないから」
だとしたら今日の渡瀬のサイコパス的な行動にも納得できる。
きっと杏奈と急接近する俺のことを警戒していたに違いない。
おいおい待てよ……。
前周のクリスマス・イブの日に杏奈が失踪した原因って……。
やはり渡瀬が犯人なのか?
確か三学期も何度かしれっと登校していたけど、結局それから奴も姿を消している。
だがあの当時、渡瀬は杏奈を自由にすることができた。
これから彼女に降りかかる虐めにだって対抗できた筈だ。
けど渡瀬は何もせず、ただ傍観していた。
てっきり自分に降りかかるのを恐れて距離を置いたとばかり思っていたけど……。
俺にはわからない……『渡瀬 玲矢』という男のことが――。
とにかくだ。
今は悶々と考えても仕方ない。
杏奈とのデートを楽しむべきだ。
俺は気を取り直して、杏奈と一通り周ってから家に帰宅する。
初めて彼女を自宅に連れて行くので、またもや緊張して胸が高鳴ってしまう。
「おじゃまします」
「うん、杏奈さん遠慮なく上がって――あっ!?」
玄関に見知らぬ男物の靴が二足もある。
しかも一足はかなり大きい靴だ。
俺は居間を覗くと、案の定あいつらが居た。
「――ヤッスにガンさん、どうして家に?」
「やぁ、ユッキまた会ったな。答えよう、我らはマスターに呼ばれたのだよ」
「マスターだと? 姉ちゃんか? どうして……」
「女子ばかりじゃ真乙が可哀想だと思って、お姉ちゃんが呼んだのよ」
夕食作りの手伝いをしていた美桜が台所から顔を出してくる。
可哀想って……親父は主張中だし仕方ないだろ?
「ヤッスから話は聞いてるよ……迷惑だったかい、ユッキ?」
ガンさんは申し訳なさそうに訊いてくる。
俺より相当マッチョの大男で10歳も年上だけど、豆腐よりメンタルが崩れやすいので冗談でも「そうだ」とは言えない。
「そんなことないよ、ガンさん……てか、俺ん家に来たの初めてだよね?」
「……ああ、というより同級生の男友達の家にお邪魔したこと自体が始めなんだ。見てくれ、さっきから手がこんな震えてしまっている」
ガンさんは言いながら、ごっつい手を見せてくる。
手どころか膝までもが激しく震わせていた。
「岩堀さん、こんばんは。お邪魔しています」
「やぁ野咲さんだっけ? 俺の方こそ邪魔してすまない」
杏奈はガンさんの人柄の良さに気づき、ヤッスほど警戒心なく挨拶を交わしている。
「――おっ、お兄ちゃんの彼女!?」
二階から降りてきた妹の清花が、杏奈を見た途端騒ぎ始めた。
嬉しい誤解だが、本人の前で言われると気まずい。
特に杏奈から否定されると精神的に辛くなってしまう。
「こ、こら、清花! 挨拶もしないで失礼だろ!」
「ごめんなさい……妹の清花です(お兄ちゃんがカッコ良くなったら、早速悪い虫が来たわ、これ)」
「野咲 杏奈です。よろしくお願いします(とても可愛いらしい子……お姉ちゃんも凄く綺麗だし、真乙くんの家って凄いなぁ)」
なんか妹から俺に見えない圧を感じるが、まぁ優しい子だから問題ないだろう。
「――おい野郎共ッ! 飯ができたぞ~!」
今度は香帆が台所から顔を出して冗談っぽく言ってくる。
どんなネタか知らないけど海賊風のノリだ。
「香帆さんも夕食作ったの?」
「ん? まさかぁ~、あたしはおばさんと美桜の応援監督だよ~ん!」
傍迷惑な応援監督だな。
ただ適当にチャチャ入れてそうだ。
「まぁエルフ流の料理とかは得意だったけどねぇ。天然草団子とかぁ、ユニコーンの馬糞ライスとかねぇ」
ネーミング自体で既に美味しい気が微塵もしない。
特に馬糞ライスって、エルフ族の食生活を疑ってしまう。
同じ異世界の転生者であるガンさんは「ユッキ、エルフ族の料理だけは決して食べるもんじゃないぞ……」と酷い脂汗をかきながら語っている。
その様子からして全て物語っていると悟った。
一方で何もわからない杏奈と清花だけは、きょとんと瞳を丸くして聞いている。
きっとみんなヤッス同様に厨二病だと思われているだろう。
面倒だから、いちいちフォロー入れないでおくことにした。
こうして夕食ができたので、みんな食堂で囲む形で召し上がることにする。
母さんもかなりの人数にかかわらず、腕を振るってご馳走を作ってくれたようだ。
何故か俺だけ赤飯なのが気になった。
「お家だと一人だから、賑やかでなんだか楽しい」
杏奈は嬉しそうに微笑んでいる。
彼女の笑顔を眺めていると、俺もなんだか嬉しくなる。
「杏奈さんのご両親って、ウチの父さんみたいに出張か何か?」
「え? そういうわけじゃないけど……時折、親戚の叔母さんが様子を見に来てくれるくらいかな」
そ、そうなの? なんかワケありの家庭環境っぽいぞ。
このまま言及してしまうと地雷を踏むパターンだ。
まだ深く聞けるほど親交を深めているわけじゃない。
精神年齢が30歳の俺は空気を読み、「ふ~ん、そっかぁ」と軽く受け流した。
「――杏奈ちゃん。家帰っても独りなら、今日はウチに泊まっていく?」
「え?」
美桜からの唐突な誘いに、杏奈は口をポカーンと開き唖然とした。
姉よ。あんたいきなりなんっつー大胆なことを!
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