第41話 カラ勉デート

 カフェで杏奈と会話を楽しむと同時に、渡瀬の行動を観察している。

 周囲を見渡した後、奴は腕時計を見て再び図書館の中へと入った。

 如何にも露骨で怪しい行動に見える……ガチで俺達を探しているようだ。


 あのまま図書館に行くのは嫌だな。

 確実に渡瀬に見つかり邪魔されるのがオチだ。

 だったら場所を変えるしかない。


「――あのさ、杏奈さん……せっかくここまで来たけど、図書館に行くのをやめて別の場所で勉強しない?」


「いいけど何処にするの?」


「う~ん……カラオケで『カラ勉』とかどう? 個室だし気兼ねなく集中できるかも……飲み物や食べ物も頼めるし、かな?」


「カラ勉ね……音羽から聞いたことがあるよ。うん、面白そう!」


 思いの外、乗り気になってくれる、杏奈。

 つい「杏奈と二人きり」という考えだけの勢いで言ってみたけど、彼女も抵抗なく受け入れてくれた。

 きっと俺のことを「助けてもらった恩人」だと信頼してくれた上だろう。

 その信頼は裏切れないし、裏切るつもりもない。


 フフフ……とにかく、これで渡瀬の包囲網から逃れられたぞ。

 見たか幼馴染よ、これが『冒険者』として鍛えた上げた俺の力だ。



 それからカフェ店を出て、近くのカラオケ店へと向かう。

 午前中ということもあり、他の客も少なく簡単に個室を借りることができた。

 基本、お金を払って部屋を借りるので、何をしても大丈夫だそうだ。

 最低限のマナーさえ守れば、パーティーや宿泊代わりの利用が可能らしい。


 個室に入った俺達は、適当に飲み物を頼み勉強を始めた。

 お互い普通に声を出して会話ができるので、お金はかかるが図書館より気軽でいいかもしれない。

 勿論、費用は俺が持つことにしている。

 杏奈は「そんなの悪いよ」と申し訳なさそうにしていたが、誘ったのは俺の方だし『冒険者』として、そこそこ稼いでいるからカラオケ代くらい問題ないので頑なに断った。


「思った以上に集中できるね。なんか秘密基地っぽくて楽しい」


 杏奈は初めての『カラ勉』に満足そうだ。


「そうだね。俺達以外は誰もいないから、勉強も凄くはかどるよ」


 嘘である。

 本当は杏奈と二人きりの状況でドキドキしまくっており、一向にペンが進んでいない。

 先程から集中する彼女の顔が綺麗でかわいいと、チラ見しながら満足してしまっている。


 個室やばい……カラ勉、最高ッ!


 そうこうしている内に、あっという間に午後となった。

 ただ杏奈を眺めているだけなのに、やたら時間が経つのが早く感じてしまう。


「そろそろ切り上げて、街中とか少し散歩したりしない? ショッピングモールを周るとか、俺、結構好きだけど」


「……男子の方からそう言うのって珍しいね。あっ、ごめんなさい……変な意味じゃないから」


 杏奈は申し訳なさそうに畏まり上目遣いとなる。

 男子の方からって……渡瀬と比べられているのか?

 まぁ仲の良い幼馴染同士だからな。買い物くらい一緒に行くだろう……別にいいけど。


「いいよ。俺も姉ちゃんや妹に買い物を付き合たりで慣れていることもあると思うし……」


 主に荷物持ちだけどな。

 まぁ憂鬱な日々を送っていた前周じゃ、良い気分転換になってたわ。


 結局、ショッピングモールに行こうという話になり夢のような個室から退出した。

 そのまま受付で会計を済ませようとする。


 が、


「――あら、真乙じゃない?」


「マオッチ、ちゃお~っ!」


 なんと美桜と香帆の二人に遭遇してしまった。


「ね、姉ちゃん……それに香帆さん。どうして二人がここに?」


「二人でカラオケに来たに決まっているじゃない。もう帰るところだけどね」


「今日は美桜ん家でお泊り会だよぉ。オールナイト、よろ~!」


 香帆が家に泊まるだと?

 そういや中ダンジョンで、そんなメールのやり取りをしていたっけ。

 異世界でバディ組んでいたとはいえ、どんだけ仲がいいんだ?


「真乙こそ、どうしてカラオケ店にいるのよ? 今日は図書館に行くって言ってたわよね?」


「いや、予定を変更して『カラ勉』していたんだ。俺達も今終わったところ」


「ふ~ん……その子ね?」


 美桜は言いながら、キラっと光らせる眼鏡越しで杏奈の姿を捉えた。

 

「……マオッチ、その女子が『例の子』だねぇ。あたし水越 香帆だよ。ねぇキミ、名前なんつーの?」


「は、はい……野咲 杏奈です。よろしくお願いいたします」


 どこか圧が込められた問いに、杏奈は怯えながらも素直に答えてペコリと頭を下げて見せた。

 ちなみにこの二人は一年の間で超有名であり何度も教室に訪れているので、彼女も当然ながら知っている。


「美桜よ。よろしく、杏奈ちゃん」


「……いい子だねぇ。腹パンしなくて済みそうだわ~」


「腹パン?」


「なんでもないよ~ん。よろしくね、アンナッチ!」


 香帆から圧が消え、人懐っこい金髪ギャルとなった。

 そういや以前、「俺に相応しい子じゃなければ、腹パンしてシメる」って断言していたっけな。

 あれガチだったのかよ……危ねぇ。


「真乙達はこれからどうするの? デートの続き?」


「デートって……まぁ息抜きに二人で、ショッピングモールを見て周ろうかって話になっているけどね」


 ぶっちゃけデートだと思っているけど、ストレートに問われてしまうと、つい誤魔化してしまう。

 あくまで「信頼できる友達」って関係だからな。


「そぉ。杏奈ちゃん、今日の夕食はお家でお母さんが用意してくれているの?」


 美桜が不意に訊いてくる。

 どういう意図かはわからない。


「いえ……わたし一人暮らしなので特に考えていませんけど」


 杏奈は戸惑いながら答える。

 一人暮らし? そうなの? 初めて聞いたぞ。


「なら誘ってもいいわね。良かったら夕食はウチで食べていかない?」


「え?」


 思わぬ美桜の誘いに、杏奈は驚き瞳を丸くする。

 チラッと俺の方を見つめてきた。


「お、俺はいいよ……そのぅ、杏奈さんさえ良ければ……うん」


「……真乙くんが迷惑でなければ、お言葉に甘えさせて頂きます」


「じゃあ決まりね。デート楽しんだら、そのまま家に来なさい。準備しておくから」


 美桜はあっさりとした口調で言いながら俺達の分の会計も支払い、香帆と共に去っていった。


 俺は杏奈と共に姉達の後ろ姿を見送りながら、さりげなく「姉ちゃん、ナイスパス!」と心の声で叫んだ。


「じゃあ、杏奈さん。行こっか?」


「うん……真乙くん。優しいお姉さんだね?」


「まぁ、ああいう感じだから、いつも頭が上がらないけどね」


 つーか恩がありすぎて、これからどう返していいのかわからないくらいだ。

 現にこうして憧れの彼女と二人でいられるのも、間違いなく姉ちゃんのおかげだしな。



 それから予定通り大型ショッピングモールに行った。

 数えきれないほどの飲食店や服飾店を始め、雑貨やアミューズメント施設が併設されている。

 とても一日では全て周れないので、行きたいところだけを絞ることにした。


 予め決めた店舗内を並んで歩く、俺と杏奈。

 これが本当のデートって感じで、これまでにないほど緊張してしまう。


 それにしても、杏奈はやはりかわいい。

 普段の彼女は清楚な美しさと儚さがあり、どこか触れてはいけない雰囲気を醸し出していた。繊細すぎる美貌だけに余計そう思える。


 けど今の杏奈は何か違う。

 屈託のない純粋な笑顔。心から楽しみ喜びに満ちた表情はとても愛らしく、つい庇護欲を掻き立てられる。

 俺の知らなかった杏奈の一面、本来の素顔だと思った。


 それに随分と人目を惹くようだ。

 男女共に視線がこちらに注がれている。

 杏奈の美少女ぶりを思い知らされてしまう。


「ねぇ、あのカップルやばくない?」


「うん、美男美女だね……」


「なんか絵になるわ~」


 服飾店を眺めていると、どっかのギャル達の声が聞こえてきた。


 ん? 美男美女だと?

 美女はわかるとして、美男って……。


 俺は店内に設置してある、全身鏡で自分の姿を見つめる。


(もろ親父似じゃん……別に芸能人って感じでもないんだけど)


 純朴そのモノだ。

 目を吊り上がらせれば凛々しく見えるが……美男って言われる程か?

 きっと魅力値CHAの影響か? 

 あれから特に数値を上げないんだけどな……《隠密Lv.4》に上がっているし。


 まぁ鍛えまくって痩せマッチョなのには変わりないし、真正の美少女である杏奈が傍にいるから、雰囲気でそれっぽく見られているのかもしれない。


 もう太っていた頃の俺とは違う……違うんだ。


 ――けど、もしあの頃の俺と杏奈が一緒に歩いていたらどう思われるんだろうな?

 まさしく美女と野獣ってところかな?

 ははは。


 ……杏奈はどう思うんだろう?

 今でこそ親し気に一緒に歩いてくれているけど……当時の「豚」と呼ばれていた俺とだったら……。


 クソッ! つい変な思考が過ってしまう!

 そう後悔しないために一年間、死に物狂いで頑張ってきたってのに……。

 なまじ前周のトラウマがあるから……。


「どうしたの、真乙くん? こういうところ嫌い?」


「え? いや、そんなことないよ……ちょっと知っているっぽい奴がいてね。どうやら人違いだったみたいだ、ははは」


 必死で誤魔化しまくる、俺。

 杏奈は首を傾げ「ならいいけど……」と不安そうな表情を浮かべる。


 いかんな……せっかくのデートだってのに。


 その時だ。


「おや、ユッキではないか?」


 横から声を掛けられて固まる。


 恐る恐る視線を向けると、すらりとした細身に前髪の長い、知的で涼しそうな顔立ちの青年が立っていた。


 俺の親友『安永 司』こと――ヤッス。


 けどこいつ、どうして女性物の下着コーナーから出てきたんだ?

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