第40話 天使との初デート

 ホームルームが終わり、一限目までまだ5分ほど時間があることを確認する。


(そういや色々ありすぎて、杏奈に挨拶するのを忘れていたな……せっかく友達になれたんだ)


 俺はそう思い席から立ち上がり、彼女に近づいた。

 少しコミュ症のところがある杏奈は、誰とも話さず自分の席でぽつっんと座っている。


「おはよう、杏奈さん」


「うん。真乙くん、おはよう」


 にこりっと俺に向けて優しく微笑んでくれる。

 やばい……もう幸せなんだけど。


 友達になってから、事あるごとに声を掛けるようにしている。

 少しずつでもいいから、俺のことを知ってもらうために。

 時折、渡瀬やクラスの連中(特に女子達)から妙な視線を感じるが関係ない。

 杏奈にさえ迷惑を掛けなければ、俺は我が道を行くつもりだ。

 先日ようやくメルアドを交換できる仲まで進展したことだしな。


「今度の連休終わったら、中間テストだけど調子はどう?」


「うん、ぼちぼちかな。真乙くんは?」


「俺、色々あって少し準備不足かな。良かったら今度の土曜にでも一緒に勉強しない?」


「え? うん……わたしなんかで良ければいいよ」


 一瞬戸惑った表情を見せたので「唐突すぎたかな?」と思ったが、予想外の誘いに驚いただけのようだ。

 天使のような笑顔で即答のイエスだったし大丈夫だろう。

 控え目な返答は杏奈らしくてかわいい。


 実は俺も三流大学に行けるくらいの学力はあるので、本当なら焦って勉強する必要はないんだけど、何かと理由をつけて彼女と二人っきりで過ごしたいと目論む。


 事実上のデートだ……うふ。


「それじゃ後でメールするよ。それじゃ」


「うん、またね」


 よし! 第一フェイズクリア!


 本当なら昼休みにさりげなく誘いたかったけど、杏奈はリア充グループの秋月達と一緒にいることが多い。

 特に『秋月 音羽』とは今でこそ仲が良い友人関係だが、前周では一学期の終わり頃からギクシャクして、次第に虐めへと発展することになる筈だ。

 現時点では何も問題が起きてないので、このまま静観するしかない。


 そんな俺もリア充グループの陽キャ達に度々声を掛けられるが、親友のヤッスは連中のことを毛嫌いしているので適当に断り距離を置くようにしている。

 新しく友達になったガンさんもクラスで浮いてしまっているので余計だ。

 まぁ前周でも、俺は連中と接点がなくモブ以下の空気扱いだったからな。

今更ってところもある。


 ふと去り際に渡瀬と目が合った

 最近、幼馴染の杏奈に対し何かと親し気に話し掛ける俺に対して、不思議そうな眼差しで見つめている。

 渡瀬には怨みはないが、「最悪な結末」を回避するためにも譲る気は一切ない。

 悪いがガチで奪わせてもらう。


 ――俺が杏奈を守るんだ。




 土曜日の午前。

 いよいよ杏奈との二人きりのデート、いや勉強会をする日となった。


 メールで指定した駅前で待ち合わせをする。

 気合を入れまくって二時間も前に来てしまった。

 考えてみれば生まれてこの方、こうして女子と待ち合わせなんてしたことはない。


 ましてや、ずっと憧れていた片思いの杏奈となんて……。

 クソッ。精神年齢は30歳でも心臓が飛び出てしまうくらい緊張してしまう。

 しっかりしろ、俺ッ!


「――おまたせ、真乙くん。待った?」


 杏奈が来た。

 制服姿とは違う、フェミニン系のワンピース姿により神秘的な清楚感を漂わせている。

 普段は下している長髪は編み込まれ、綺麗なお団子にまとめられていた。


 やばい……本物の天使だ。

 一目でそう思った。


 俺も姉ちゃんにコーデしてもらった、デニムジャケットに白色のVネックシャツにスリムパンツとカジュアルな服装である。髪型もワックスでキメまくっているぞ。

 本当は初デートなので気合入れて、親父のタキシードと蝶ネクタイを借りようと思ったけど、美桜から「お姉ちゃんは真乙のそういう恰好は嫌いじゃないけど、普通の子なら引くわよ。お姉ちゃんがコーデしてあげる」と言われ断念した経過がある。

 今思えば、姉ちゃんに委ねて正解だったと確信した。


「いや、今来たところさ」


 爽やかに言う俺、だが嘘である。

 昨夜は興奮してほとんど眠れず、家にいても落ち着かないので二時間前に来てしまった経緯があった。

 杏奈が来るまで、既に缶コーヒーを五本も飲んでいる。


「それじゃ行こっか。図書館でいい?」


「うん、いいよ。真乙くんとこうして歩くの初めて……緊張しちゃう」


「え? うん……俺も。けど嬉しいかな」


 俺の言葉に、杏奈は「え?」と驚いた様子で大きな瞳を見開かせる。

 次第に乳白色の頬をほんのりと色づかせた。


「わ、わたしも嬉しいよ。行こ」


 くすっと照れたような柔らかい微笑を浮かべる、杏奈。


 つい口を滑らしたけど、いい方向に流れているような気がする。

 なんかイケるんじゃね? ひょっとしていい感じで進展あるんじゃね?


 お互い歩調を合わせながら、ゆっくりと図書館へと向かう。

 徒歩にして10分くらいの距離。

 俺にとっては大切なひと時に思えた。



 何気ない会話を楽しみながら、図書館前に辿り着く。

 

 しかしその時――俺の直感が何かを疼かせた。


「ん? 《索敵》スキルが反応したぞ……何だ?」


「えっ、なぁに真乙くん?」


 俺が呟いた言葉に、杏奈は不思議そうな表情で見つめてくる。

 不味いと本能的に自分の唇を掌で塞いだ。


 ちなみに前回、中ダンジョンでの「ゴブリン戦」と「ガンさんバーサーカー戦」でレベル21に上がり、同時に《索敵Lv.3》となった。おかげで、より精度と感度が上昇している。


 まさか図書館にモンスター?

 んなわけないか……けど、とても嫌な予感する。

 もう少し技能レベルが上がれば何を意味しているのかわかるんだが……。


 しかし、ここは自分のスキルを信じるべきだ。


「――杏奈さん。俺、少し喉が渇いたかな。図書館に入る前に、少しあのカフェで過ごさない?」


「うん、わたしはいいよ。なんだかデートみたい……」


「え?」


「な、なんでもない。行こっ!」


 スキルに気を取られ、最後の言葉だけ聞こえなかった。

 杏奈は顔中を赤く染めて、何か焦った口調でせかしてくる。


 普段大人しく滅多に自分の感情を表に出さない彼女の新鮮な姿に、俺は胸をときめかせてカフェへと向かった。



 店内に入り杏奈を窓際の席へと誘導する。

 俺は彼女と向き合いながら密かに窓の外側を覗き込む。

 丁度、遠くから図書館の入口が見える位置だ。


 すると入口の扉から、しれっと一人の男が出てきた。


 ――『渡瀬 玲矢』だ。

 どうやら俺の《索敵》スキルは、モンスターじゃなく恋敵に対しての反応だったというわけか?

 しかし危ねぇ……あのまま入っていたら、間違いなく館内で奴と鉢合わせしていたかもしれない。

 そうなったら二人だけの幸せな雰囲気が確実にブチ壊されていたところだ。


 にしても、渡瀬の奴。

 一人で図書館に来たのか? 勉強しに?

 まぁ奴も学生だから居ても不思議じゃない。

 だが何か行動が可笑しい……わざわざ館内を出て、やたら周囲をきょろきょろと見渡している。

 まるで俺達が来るのを見越して探しているように見えた。


 ひょっとして俺と杏奈が図書館に行くことを知っていたのか?

 それで邪魔してやろうと、ああして探しているのか?

 杏奈を取られまいと、俺の行動を阻止するために……マジかよ。


 だとしたらどこで知ったんだ?

 まさか杏奈が幼馴染の奴に口を滑らしたんだろうか?


「……ねぇ、杏奈さん」


「なぁに?」


「そのぅ、今日のこと誰かに話したりした?」


「……うん、実は玲矢くんにね。真乙くんが誘ってくれた後に、彼にも誘われたの……だけど真乙くんが先だったし、断る理由として話してしまったんだけど……いけなかった?」


「いや、別にいいよ。彼とは幼馴染だって聞くし」


「うん、いつもお兄ちゃんのように傍にいてくれる人……だけど」


「だけど?」


「ううん、なんでもないよ。わたしにとって大切な人だけど、あくまで幼馴染だから……周りが思っているような関係じゃないから」


 ひょっとして、付き合っているわけじゃないと言いたいのかな?

 まぁ仮にそうだとして、渡瀬の誘いを断ってまで俺とこうして二人でいる筈もない。


 杏奈にとって、渡瀬はただの幼馴染。

 そうとわかれば、俺のテンションも上がってくる。


「わかったよ。俺は風評なんかより、杏奈の言葉を信じる」


「ありがとう……真乙くん。そう言ってくれた人、生まれて初めて……嬉しい」


 よほど嬉しかったのか。

 杏奈は瞳を潤ませ、慈愛を込めた微笑を浮かべる。


 日頃から今時の女子高生と違い、大人しくどこか「影」のある美少女。

 俺もそんな彼女に惹かれ好きになった。

 こうして交流を持つことで、俺はもっと杏奈のことが知りたくなる。


 それからコーヒー(計六杯目)を注文し、彼女と和気藹々と話し込んだ。

 楽しい反面、どこか不安を覚えてしまう。

 

 ――特に渡瀬についてだ。

 あの野郎……爽やかな優男に見えて、案外性格が悪いかもしれない。


 俺は杏奈と明らかに異なる闇の部分を『渡瀬 玲矢』という男に感じていた。

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