第36話 冒険者スイッチ

「マオッチの言う通りかもしれないねぇ。理由は不明だけど……ウチらに対しての嫌がらせか、あるいは場を盛り上げようと仕組んだとかぁ?」


「場を盛り上げる? 何のために?」


 香帆の話に、俺は眉を顰める。


「う~ん。あくまであたしの憶測だけど、マオッチやヤッスの成長を促すとかかなぁ? 現にグレートゴブリンの攻撃力ATKを持っても、マオッチの防御力VITの前では通じないからねぇ。あえて《貫通》スキルのないモンスターを配置した意図も感じるわ~」


「けど『下界層』にいても可笑しくないゴブリンだよね? そんな奴を生け捕りにして、別のダンジョンに置くとかって……複数だとしても、相当レベルの高い“帰還者”だよね……勇者クラスの」


 あれ? ふと姉ちゃんの顔が浮かんだぞ。

 いくらなんでもそれはないか……俺はともかく、ヤッスのレベルを考えたら危険すぎる。

 

 不安が過る俺の問いに、香帆は「キャハハハ」と笑う。


「ないない。美桜に限ってそれはないよ~ん。ほら、見てごらん、マオッチ!」


 香帆は自分のスマホ画面を俺に見せてくる。

 なんでも早朝に美桜から送られたメール内容だそうだ。



>香帆へ

 今日の中ダンジョン気を付けてね

 あと真乙のことよろしく

 ついでにヤッスくんもね

 くれぐれも無茶なことさせないこと

 特に真乙は緊張するとお腹を壊すところがあるから、胃腸薬を持参させておくから飲ませてあげてね。

 PS:今度、泊りにおいで



 た、確かに美桜ではないようだ。

 つーか、地味に恥ずかしい内容じゃね?

 そういや、姉ちゃんが出かける前に「胃腸薬持っていきなさい」と言われ、《アイテムボックス》に入れたってけ。

 

「マスター、密かに僕のことも気に掛けて頂き光栄であります!」


 姉に服従するヤッスが感動に浸っている。

 てか、お前はついで扱いだけどな。


「姉ちゃんじゃなきゃ誰だ? そんな高レベルの“帰還者”に知り合いはいないんだけど……岩堀さんは引き籠りだし、ひょっとしてアゼイリア先生? 誰かに装備を高額に売りつけて恨みを買っていたとか?」


「マオトくんってば失礼ね……まぁ確かに変なのが寄り付かないよう、わざと高額に請求することはあるけど、恨みを買われるほどじゃないわ。それに鍛冶師スミスが中ダンジョンに入るなんて滅多にないことだしね。素材集めなら『奈落アビス』の方が効率いいでしょ?」


「それもそうですね……先生ごめんなさい」


「いいのよ、マオトくんは素直で可愛いから」


「うむ。実に羨ましいぞ、ユッキ。いつの間にかクィーンの好感度を上げ、伝説のバインバイン連峰に登頂しようとするとは……片方のいただきに着いた際は、どうかこの僕も導いてほしいものだ。何せパイオツは二つあるんだからな」


 ヤッスよ。羨ましがるのは勝手だけど、俺の好感度をおっぱいで例えるのやめてくれる?

 見ろ、女性陣がドン引きしてるぞ。


「……ガチ、ヤッスっていい奴だけど引くわ~。それはそうと、マオッチも密かに隠れファンがいるみたいだから、あたしも探り入れとくねぇ」


「俺の隠れファン? 前に話していた、フレイアって子のこと? 『キカンシャ・フォーラム』だかの管理人だっけ?」


「嘘ッ、マオトくんってば『氷帝の魔女』なんかと仲がいいの!?」


 アゼイリアが何故か驚愕し引いている。

 さっきまで優しい眼差しだったのに、如何にも生理的に嫌悪している目つきだ。


「先生、その子とは一度も会ったことがないから別に仲がいいわけじゃないよ。けど、その彼女が運営する掲示板に俺の個人情報が書き込まれたりして、一時大変な目に遭ったんだ」


「そうなの……マオトくん、ご愁傷様ね。いい? あの子だけは関わっちゃ駄目だからね! 凄く綺麗な子だけど、同時に危険でもあるんだから!」


 酷い言いようだ。

 普段、生徒達に慕われる美人で良心的な「紗月先生」とは思えない。

 そんなに危険な女子なのか?

 てか出会ってもいないのに、どうやって気を付ければいいんだ?


「大丈夫だよ~、マオッチ。あたしが目を光らせているし、美桜も知っている子だから妙な真似はさせないからねぇ」


「香帆さんにそう言ってもらうと安心するよ、ありがとう」


 俺も一応は用心するべきかな。

 何にって感じだけど……。


 こちら側が、そうこうしている間に。


「ウガァァァァァァァァァ――!!!」


「ブギャァァァァァァ!!!?」


 岩堀が咆哮を上げ巨剣を振り下ろし、グレートゴブリンを頭頂部から股間に掛けて真っ二つに斬り裂いた。

 重装盾を翳し完璧に防御したにもかかわらず、その盾ごと紙切れの如く両断されている。


 やばい……会話に夢中で、まったく戦闘を観てなかったぞ。

 せっかくの活躍を見逃してしまった。


 巨剣の勢いは止まらず、刃が地面に叩きつけられ激しく割れて陥没する。


 グレートゴブリンは紫色の血飛沫を上げ、その肉体が粒子状となり散っていく。

 見たことのない、大きな『魔核石コア』だけを残して消滅した。

 

「ガァァァァァ!」


 岩堀の勢いは止まらず、生き残った他のゴブリンを容赦なく斬撃を振るう。

 たとえ戦意が喪失し怯えようとも関係ない。

 鬼神の如く無慈悲な蹂躙に見えた。


 結局、残りのゴブリン達は岩堀が一人で殲滅した。


「……なぁ、ユッキ。この後ってやばくないか?」


 俺の背後でヤッスがフラグを立ててきた。


 全てのモンスターを撃退した岩堀は動きを止め、きょろきょろと辺りを伺っている。

 こちら側に視線を向けると、双眸を不気味に赤く光らせた。


 なんか「グルルルゥ」とか唸り声を上げて近づいてくるんだけど……。


「これヤバイね……マオッチ、シールドを展開した方がいいよ」


 香帆が囁いたと同時に、岩堀は巨剣を掲げて襲い掛かってくる。

 

「ウォォォガァァァァァァ!」


「――《無双の盾イージス》!」


 俺は腕を翳し、ユニークスキルを発動する。

 瞬時に展開された魔法陣の盾は、岩堀の斬撃を受け止めた。


 が――。



 ズシン!



 何かの衝撃が盾を貫いて、俺の体に押し寄せた。

 まるで全身が引き裂かれるような耐え難い感覚が走る。


「こ、これは痛み? まさか岩堀さん……《貫通》スキルを持っているのか!?」


 如何なる物理的攻撃や魔法攻撃を防ぐ《無双の盾イージス》にとって、唯一の弱点とも言える技能スキルだ。


「違うわ《穿通》よ! 《貫通》の進化スキル! 今はブランクでレベルが半分以下になっているけど、全盛期はカンストしていた筈よ!」


 アゼイリアが教えてくる。美桜も習得している強力なスキルだ。

 てことはピーク時なら、今の一撃で斃されていたかもしれないってのか?


 あの髑髏仮面こと《異能狂化の仮面ベルセルクマスク》というユニークスキル。

 ただ理性を失わせ、レベルを増幅強化ブーストさせるだけでなく習得したスキルや魔法との併用も可能にするらしい。

 それで、グレートゴブリンの重装盾と鎧をいとも容易く両断したのだろう。


「グガァアァァァァァ!」


「ぐっ! やめろ岩堀さん、俺達は敵じゃない! 味方だぞ!」


 狂戦士バーサーカーと化している岩堀は奇声を発し、尚も斬撃を浴びせてくる。

 物理的攻撃は防げても、《穿通》スキルによりダメージは与えられてしまう。


「マオトくん! 一度、離れるのよ! このまま攻撃を受け続けると、キミの体力値HPがゼロになってしまうわ!」


 それ即ち「死」を意味する。


「このまま逃げてダンジョンを抜け出すのも一つかもねぇ! 目標を見失えばスキルが解けるかもしれないよ!」


「香帆様の言う通りだ! ユッキ、ここは後退して逃げよう!」


 仲間達全員が、この場から逃げろと助言してくる。

 確かみんなの言う通りだ。

 こんな戦い、体を張って付き合う必要はない。


 けど、


 フッ。


 自然と口角が上がり笑みを零してしまう。

 この高揚感……『奈落アビス』で戦った「ミノタウロス戦」以来だ。


「……いいねぇ、岩堀さん! 久しぶりに感じる痛みだ! これこそ戦闘の醍醐味ってやつっすよぉぉぉ!」


 いかん……俺まで妙なスイッチが入ってしまった。


 戦闘狂もとい――『冒険者スィッチ』だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る