第35話 勇者殺しの狂戦士

 岩堀が狂戦士バーサーカーとなり、勇者を殺しただと!?

 それで称号『勇者殺しの狂戦士ブレイヴキラー・バーサーカー』を得たってのか!?

 てっきり比喩とばかり思っていたけど、まさかガチだったとは……。


 いつの間にか岩堀の手には何かが握られている。

 歪な髑髏を模した不気味な仮面だ。


「――《異能狂化の仮面ベルセルクマスク》」


 岩堀はそう呟くと、自分の顔に仮面を被せた。

 刹那、奴の肉体が膨張する。

 より筋骨隆々となり、全身から異様な闘気を漂わせた。


 先程、俺の背後で震えていた大男とはまるで異なる殺意に満ちた破壊衝動。

 とても同一人物とは思えない豹変ぶりだった。


 岩堀は背負っている身の丈以上の巨剣を軽々と抜き、ゴブリン達の下へ向かう。

 今度はしっかりと踏み込む足取りだった。


 アゼイリアとヤッスの攻撃で、ゴブリン達は残り30匹となっている。

 乱された陣形を整え、迫ってくる巨漢の戦士に向けて臨戦態勢を取っていた。


「オフォォォォォク!」


 奥側にいるボス格と思われるゴブリンが叫ぶ。

 それは攻撃の指示であり、他のゴブリン達も連動し一斉に吠えた。

 各々の武器を掲げ、岩堀に向かって襲い掛かる。

 

「ウィィィガァァァァァァァァァ――!!!」


 岩堀が咆哮を上げた。

 長い髪が逆立つほどの激昂であり、モンスター以上の獰猛な雄叫びと言える。

 迫り来るゴブリン達に向けて突撃し、果敢に巨剣を薙いだ。


 暴風の如き一閃。


 香帆と同様にゴブリン10匹の頭部から胴体を一瞬で両断させていく。

 巨剣の切れ味もさることながら、あの剛腕から繰り出される超重量級の斬撃は、最早虐殺レベルだ。

 

 しかも岩堀の奴。

 ゴブリンの亡骸を踏みつけて潰していくなど、容赦なく徹底したエグイ戦いを披露している。

 その凶猛ぶりは、さっきまでイキっていたゴブリン達の戦意を喪失させるほどであり、何匹かが後退りして逃げ出した。


「ガァァァァァ!!!」


 岩堀は吠えながら巨剣を縦横無尽に振るい、他のゴブリンを一掃しながら逃げた連中を追いかけ暗闇の中へと消える。

 

 奥側から「ブギャァァァ!」という絶叫が聞こえた。

 ゴブリン達の悲鳴なのは間違いない。



「い、一体どうなっているんだ?」


 俺はまだ状況が飲み込めずに狼狽する。

 すると背後に身を隠す、アゼイリアが説明してきた。


「――あれが王聡くんのユニークスキル、《異能狂化の仮面ベルセルクマスク》よ」


「ユニークスキルだって!?」


「そう。彼があの髑髏仮面を被ると、その名の通り『狂戦士バーサーカー』となるスキルなの。攻撃力ATKを中心に能力数値アビリティが大幅に向上し、事実上レベル30くらいはプラスされる筈よ」


 今の岩堀はレベル30だから、あの状態だとレベル60状態だと!?

 てことはピーク時だと、レベル97!?

 ほぼカンスト状態じゃないか!?


 なんて強力なスキルなんだ……。

 そ、そりゃ確かに、たった一人で魔王軍を一人で殲滅できるわ……。


「……だけど先生、岩堀さんが異世界で勇者をキルしたって話、ガチなの?」


 俺の問いに、アゼイリアは無言で頷いた。


「本当よ。あれは最終決戦の時よ。王聡くん……いえ、転生者『ガルジェルド』と呼ばれた彼は、魔王の罠により私達パーティと分断され『勇者リューン』と二人きりで魔王城に誘われたわ。だけど当時の魔王の力は圧倒的で、二人は窮地に追い詰められたの……そこでリューンは打開するため、ずっとガルジェルドが封じていた《異能狂化の面ベルセルクマスク》を発動させるよう命じたのよ」


「そのスキルで、岩堀さんが魔王や他の幹部達をたった一人で斃した……勇者リューンを含めて?」


「ええ……狂戦士化バーサークすると鬼神のように強くなる半面、理性を失って敵味方の区別が付かなくなるという欠点があるわ。リューンはそれを覚悟した上で、彼にスキルを使わせるよう仕向けたのよ」


 全ては魔王を討つための覚悟か……凄まじいな。


 またアゼイリアの話だと、視界に入る敵を殲滅するまで《異能狂化の仮面ベルセルクマスク》は解除されないらしい。

 さらにスキル解除後、賢者タイムのようにしばらくの間、茫然自失状態になってしまうとか。


「けど今の岩ッチ……先生が言うほどレベル上昇はないみたいだねぇ。せいぜいレベル50くらいかな。きっと9年間のブランクで、ユニークスキルも退化したんじゃないのぅ?」


「香帆ちゃんの言う通りね。だから彼が暴走しても、マオトくんの防御力VITならなんとかなるんじゃないかっていう見込みあるんだけどね……」


 それでも俺より高レベルには違いないけどな。

 だが岩堀の口振りだと、俺なら防げると見越した上でパーティに加わったみたいだ。


「ユッキ、僕達はどうしたらいい? このまま岩堀さんが沈静化するまで待っていて良いのだろうか?」


「ヤッスの言う通り、ここで待機しても仕方ないか……岩堀さんも強化された状態とはいえブランクがある以上、何が起こるかわからない。仲間として放っておくわけにはいかないだろう」


 俺の言葉に、三人は快く頷いてくれる。

 岩堀を追う形で奥の方へと移動した。

 

 光の精霊リグフトの効果が切れて暗闇と化した洞窟内。

 地面にはゴブリン亡骸が幾つも転がっている。

 

「ようやく魔法を覚えたので、僕が松明を作ろう」


 ヤッスはゴブリンが持っていた棍棒を拾い、炎の魔法で先端を燃やした。

 魔法効果も相俟って、ちょっとした松明代わりとなり、先頭を歩く俺に渡してくる。


「ありがと、ヤッス。しかし初陣にしては随分と適応力が高くね?」


「まぁファンタジー系は大好物だからね。それ相応の知識はあるつもりだよ。僕が『おっぱいソムリエ』でなければ今頃は女神により異世界へと召喚され、伝説の魔法士ソーサラーとして名を馳せていただろう」


 変態なため女神アイリスに選ばれなかった男、ヤッス。

 自覚しているなら控えればいいのに、そうしないのは実にこの男らしい。


 少し視界が良くなったので前方を照らしていると、金属同士が激しくぶつかり合う音と獣のような咆哮が次第に大きくなる。


 ――岩堀だ。

 まだ狂戦士化バーサークされているようで、巨剣を振るい何かと戦っている。

 

 そいつは岩堀と同等に見える巨漢のゴブリンだ。

 隆々とした筋肉を持つ腕、鬼のような下あごから二本の鋭い牙が生えた面構え。

 全身に上質な鎧を纏い、片手にはバスタードソードが握られ、重盾を構える完璧な騎士の装い。

 明らかに他のゴブリンとは異なる強者の風格を漂わせている。


 見たことがないタイプなので、《鑑定眼》を発動させ調べた。



【グレートゴブリン】

レベル45

HP(体力):450/525

MP(魔力):70/105


ATK(攻撃力):370

VIT(防御力):285

AGI(敏捷力):130

DEX(命中力):100

INT(知力):60


スキル

《奪取Lv.7》《剣術Lv.10》《盾術Lv.9》《統率Lv.10》


魔法習得

加熱強化ヒートアップLv.10》


装備

・両手剣(ATK+30補正)

・重装盾(VIT+30補正)

・重装鎧(VIT+20・AGI-10補正)



 ……強い。

 スキルや魔法を身に着けているモンスターなんて初めて見たぞ。

 とても中ダンジョンのモンスターとは思えない。


「最強クラスのゴブリンだねぇ……大物が潜んでいると踏んでいたけど予想以上だわ~。『奈落アビス』でも『下界層』に居ても可笑しくないねぇ」


 香帆が耳元で囁いてきた。

 なんか地味に近いなぁっと思えてしまう。


「そんなゴブリンがどうして、こんな中ダンジョンに?」


「案外、『奈落アビス』の隠しダンジョンとして、どこかの『下界層』と繋がっていたかもしれないよぉ。先生、この中ダンジョンって『零課』からチェック入ってんの?」


「ちゃんとギルドの公式アプリで下調べした場所だから大丈夫な筈よ」


「ふ~ん。じゃあ、意図的だねぇ。どっかの“帰還者”が、あの『グレートゴブリン』を生け捕りにして、中ダンジョンに放ったかもしれないわ。だとしたら、他の雑魚ゴブリンがお約束通りの低レベルなのも頷けるしょ?」


 香帆の言う通りかもしれない。

 仮にこの中ダンジョンが『下界層』と繋がっているなら、グレートゴブリンと他のゴブリンとのレベル差がありすぎる。

 例えるなら、質の悪いクソゲー並みのゲームバランスと言えるだろう。

 

 しかし、だとしたらだ。


「――どこかの“帰還者”が、わざわざ俺達をハメるために、グレートゴブリンをこのダンジョンに送り込んだってのか!?」

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