第34話 ゴブリン戦と岩堀の正体

 胴体だけとなったゴブリン達の肉体は次々と光の粒子となり、切断された頭部ごと消滅した。

 そして菫青色アオハライトの輝きを放つ、小さな『魔核石コア』だけが地面に落ちている。


「す、凄い……」


 まさに瞬殺だった。


 これが香帆のもう一つの顔であるエルフ族の暗殺者アサシン、『ファロスリエン(狩人の乙女)』であり、『疾風の死神ゲイルリーパー』と呼ばれる所以か。


「……おっ!? 気がつけば、僕の経験値が得られている! なんとレベルが二つも上がり、いっきにレベル4となりましたぞ!」


 香帆の背後で、黙って見ていただけのヤッスのレベルが何故か上がっていた。


「やったね、ヤッスゥ! ねぇ、なんか魔法覚えた?」


「はい、香帆様。初級ながら火・風・水・土の攻撃魔法は会得しましたぞ」


「へ~え、一度に四大元素の属性とはね……知力INTが高いとはいえ、凄いよぉ。マオッチ並みの逸材かもしれないねぇ」


 知力INTが高ければ魔法を覚えるだけでなく、魔法の効果にも反映するからな。

 例えるなら同じ《火炎球ファイアボール》でも、魔法士ソーサラーのヤッスと俺では攻撃力に差が出てしまうということだ。

(今はまだ、俺の方が上だけどな)


「ヤッスくんでさえ頑張っているのに、王聡くんときたら……マオトくん、いざって時は彼を放置していいからね」


 アゼイリアは呆れた口調で言い放つ。

 まぁ、ヤッスも香帆の後ろにいるだけだから、ぶっちゃけ岩堀とやっていることは変わらないけどな。

 やる気があるか無いかの問題だろうか。


「相変わらずアゼイリアは鬼だな……獅子は我が子を千尋の谷に落とすって言うけど、実際にそんなことするわけがないんだ。仮にあったとしても何かしらの救済くらいある筈だろ? けど、彼女に俺を救済する気持ちなんてありゃしない……本当に突き落としたまま放置プレイさ。鞭ばかりで飴を与えないパワハラ教師だね。だけど、幸城くんは違うと信じている。だからどうか俺を見捨てないでくれ」


 俺の背後で、岩堀は身を隠しながら延々とネガティブなことを言っている。

 実年齢26歳のいい大人が、16歳の俺にすがり依存する絵面ってどーよ……。


 一応、俺も精神年齢は30歳の年上で色々トラウマを抱えているので、岩堀が不安がる気持ちもわからなくもない。

 けど、そんなに恵まれた体つきをしているんだから、少しは頑張れよと言ってやりたい。


「――ん? 前衛部隊がやられたのを知って、残りのゴブリンが突撃を開始したようだねぇ」


 香帆は長い両耳をピンと張り何かを察知する。

 しばらくすると、ドドドッという地響きが振動と共に鳴った。


「残りってことは90匹か? いくら低モンスター相手でも数が多すぎじゃね? しかもボス格もいるんだろ?」


「そっだねぇ。ある程度、作戦を立てなきゃ危ないかも。マオッチの出番だね~」


 相変わらず緊張感のない口振りだが、香帆の言う通りだ。

 ここは俺が前衛に立ち、盾役タンクとしてみんなを護る必要がある。

 

「よし! まず俺が奴らの足止めするから、香帆さんと岩堀さんで各個撃破してくれ! ヤッスとアゼイリア先生は後方から援護すること!」


「ま、待ってくれ、幸城くん! どうか俺を一人にしないでくれ!」


 岩堀が跪いて俺の足首を掴み、なんかぐずってきた。

 にしても握力が強いな、こいつ。

 俺でなきゃ、へし折れているかもしれない。


「岩堀さん、いい加減にしてください。これは戦いなんだ。一人の身勝手が全員の統率が乱れ、簡単に命が危ぶまれてしまう。怖い気持ちはわかるけど、あんただってそんな自分を変えたくて、俺とパーティを組む気になった筈だ。違いますか?」


「それはそうだけど……」


「あんたが異世界で何を抱えたかはわからないけど、病んでしまう気持ちはなんとなくわかります。だから戦えとまでは言わない。そこで見ていてください……」


 俺の言葉に、岩堀の握力が僅かに緩む。

 そのまま手を振り解き、速足で前進する。


 丁度、視界に突進してくるゴブリン達の姿が見えた。

 まるで雪崩れ込むような猛烈な勢い。洞窟を埋め尽くすような数だ。

 雑魚と部類される低級モンスターとはいえ、これほどの数に襲われたら通常なら一溜りもないだろう。


 だが俺は動じない。

 またその必要もない。


 俺は前方に片腕を掲げ、掌を翳した。


「――《無双の盾イージス》!」


 掌から魔法陣で構成された半透明の『盾』が出現する。

 瞬時に洞窟内を覆いつくすほど一気に拡大させた。


「グギャ!?」


 ゴブリン達は《無双の盾イージス》に激突し、その場に倒れた。

 中には飛び越えようとする奴もいたが、同じように「魔法陣の盾」に阻まれ、それ以上先に進むことはできない。


 俺は「フン!」と強気に鼻で笑う。


「どうせお前らが《貫通》スキルなんて持ってないだろ? 物理攻撃じゃ、そこから一歩も入ることは不可能だぜ!」


 さらに前方へと進み、《無双の盾イージス》でねじ伏せた。

 ゴブリン達は「ゴブゥ!?」と狼狽して、後方へと強引に押し戻されて行く。

 その様は、まるで塵帚ちりほうきで払う埃のようだ。


「――食らえ、《シールドアタック》!!!」


 技能スキルを発動し、《無双の盾イージス》を突き放つ。

 巨大化した「魔法陣の盾」による重機関車の如き猛撃により、大勢のゴブリン達を薙ぎ倒して消滅した。


「《無双の盾イージス》での《シールドアタック》は、俺から一定距離で離れてしまうと、威力は減少してしまうようだ……それでも半分は斃せたかな?」


 《索敵Lv.2》で暗闇の向こう側を凝視する。

 残り、40匹と1匹だ。

 その1匹だけ、他のゴブリンより相当高い魔力を宿している。


「流石ね、マオトくん! あとは私とヤッスくんで牽制するから一旦退いてぇ!」


「やるなぁ、ユッキ! 僕も覚えたての魔法を披露しよう! 食らうがいい――《火炎球ファイアボール》、《水衝撃ウォーターショック》!」


 アゼイリアが魔銃を撃ち、ヤッスは魔状を掲げて魔法攻撃を放った。

 奥の方に離れているゴブリン達の頭部が精密に撃ち抜かれ、肉体を燃やし水圧で吹き飛ばしていく。


 待てよ。ヤッスの奴、地味に『無詠唱』で魔法を繰り出しているぞ。

 確かあいつ、《速唱》という魔法詠唱を短縮できるスキルを習得していたっけ。

 姉ちゃんや香帆の言う通り、ヤッスは魔法士ソーサラーとしての才能があるようだ。


 それに、あの暗闇と遠距離で銃弾を浴びせる、アゼイリアの狙撃能力もやばい。

 きっと鍛冶師スミスとしてだけじゃなく、命中力DEX能力値アビリティが特化されていると思われる。


 正直、俺とてまだまだ戦える状態だ。『雷光剣』だって使ってないし。

 だけど今回はヤッスのレベル上げが目的だから、ここは引くことにした。


 それに、さっきから『岩堀』のことが気になっている。

 あれから奴は蹲ったまま移動せず、ひたすら巨漢を震わせていた。

 なんか「俺は……俺は……」と呟き思い詰めている。


 見た目の割には繊細すぎてネガティブの塊男だったが、俺に見放されたことでさらに追い打ちを掛けて、強迫観念に取り憑かれてしまったのか?

 香帆でさえ、「岩ッチ、大丈夫ぅ? いい大人なのにメンタル弱すぎで超ウケる~」と心配しているのか小バカにしているのか不明だが、一応は寄り添って気遣っている。


 そんな酷いこと言ったつもりはないんだけどな……ぶっちゃけ面倒だけど、一応は謝っておこうかな?

 などと溜息を吐きながら、俺は岩堀に近づいた。

 

「岩堀さん、大丈夫ですか? なんかすみません……」


「逃げちゃ駄目だ……逃げちゃ駄目だ……」

 

 俺の言葉が聞こえないのか、蹲りながら念仏のようにひたすら唱えている、岩堀。

 

「なんか岩ッチの様子が可笑しいよぉ……これって、もう笑えないレベルだわ~」


「おおっ! 香帆様、これこそが某アニメキャラの否定的な名台詞ですぞ! 言えば言うほど逃げたい気持ちに駆られてしまうという、まさしく負のスパイラルモードなのです、ハイ!」


 遠くの方でヤッスが《火炎球ファイヤーボール》を撃ちながら、どうでもいいオタクうんちくを力説している。

 どっちにしても俺達の手には負えなさそうだ。


 そう思った矢先、岩堀はふらりと立ち上がる。


「……俺は逃げない。そうだ、リューン……もう俺は逃げない」


 リューン? 誰のこと言ってんだ?

 岩堀は虚ろな表情を浮かべ、おぼつかない足取りで前へと進んで行く。


「……王聡くん? 不味いわ……久しぶりに、『あのスイッチ』が入ったみたい――ヤッスくん! すぐに引いて、マオトくんの背後に隠れるわよ! 香帆ちゃんも急いでぇ!」


 アゼイリアが焦燥した口調で叫ぶ。

 片手で魔銃を撃ちながら、ヤッスの外套マントを掴み後退する。

 そのまま岩堀を無視し、俺の香帆と三人で背後へと隠れ始めた。

 

「どうしたんですか、アゼイリア先生?」


「もうじき王聡くんが狂戦士バーサーク化するわ! そうなったら、敵味方の分別が付かなくなるのよ! それが原因で異世界では、パーティを組んでいた勇者をキルしてしまったんだから!」


 な、なんだってぇぇぇ!?

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