第33話 チキンハートと疾風の死神

「じゃ、みんな準備ができたことだし、中ダンジョンに入りましょう!」


 アゼイリアは懐から『魔銃』を抜くと、いきなり床に向けてぶっ放した。



 ――ドォォォン!



 着弾したと同時に爆発音が鳴り響き、一帯は爆風と塵で吹き荒れる。


「せ、先生ッ! 何してんの!?」


「わざわざ入口を探すのも手間でしょ? ほら、この穴からダンジョンに入れるわ」


 俺の問いに、アゼイリアは平然と答えた。

 まともそうな先生でこの有様か……。

 どうやらこのパーティ、地味にとんでもないことになりそうだ。


 沈静後。


 アゼイリアが言うように床下に大きな穴が開き、そこから異質な空洞となっている。

 明らかにホテルの地下室ではなく、中ダンジョンに繋がっていることは間違いない。


 だが気がつけば、その場に居合わせる仲間全員が俺の背後に身を隠しているのは何故だろう?

 これも盾役タンク職の役割とはいえ、少し複雑な心境もあったりする。


「とはいえ、アゼイリア。このホテルは心霊スポットとして時折一般人も訪れるらしい。今はいいけど、探索が終わったら塞いだ方がいいんじゃないか?」


「わかっているわよ、王聡……いえ、その姿だと『ガルジェルド』と呼んだ方がいいのかな? ちゃんと帰る前に直しておくわよ。鍛冶師スミスとしてね」


「普段通り、『王聡きみとし』でいいよ……転生時の名前で呼ばれるのは好きじゃないんだ」


 あの後アゼイリアから聞いた話によると、二人は幼馴染としてだけではなく、同じ災厄周期シーズンで女神アイリスによって異世界に転生された間柄でもあるとか。

 なんでも二人は黄昏高校に入学してから間もなくして、下校中に高齢者が運転する暴走車に巻き込まれ、一緒に命を落としてしまったらしい。


 そして無事に災厄周期シーズンを終えて現実世界に帰還したものの、岩堀は元の生活に馴染めず塞ぎ込み、9年間も自宅で引き籠るようになったそうだ。

 以前、アゼイリアが話していた「ショック」なこととは異世界の出来事が原因なのは明白だが、詳細な理由までは教えてもらえなかった。


 

 間もなくして、俺達は開けられた穴から空洞の中へと飛び込んだ。


 地面に着地した途端、冷たい風が頬に当たる。

 周囲は暗く何も見えないが、地面の踏み心地から岩々に囲まれた大きな洞窟だと認識した。


「やっぱり『奈落アビス』と違って視界が悪いな……ダンジョンの魔力が低いからか?」


「そっだよ、マオッチ。けど中ダンジョンだけあり、モンスターは多いようだけどね……ヤッスゥ、こういう時は魔法士ソーサラーのキミが場を明るくするもんだよぉ」


「ほう、香帆様……この僕に一発ギャグをかませと? いいでしょう! ここは、とびっきりの『おっぱいダジャレ』を――


「安永くん、水越さんはそういうつもりで言ったんじゃないよ。キミの魔法で辺りを照らしてくれないかっていう意味じゃないかな?」


 ヤッスが暴走する前に、岩堀がフォローする。


「ま、魔法? いやぁ、すまないが僕は何一つ魔法を覚えていない……そもそも、どうすれば覚えられるんだ?」


「戦ってレベルを上げるしかないぞ。俺もそうだったからな。後はギルド付近の道具屋で魔導書を買うとかかな? アゼイリア先生は何か知っている?」


「大体はマオトくんの言う通りね。後はこういうモノもあるわよ」


 言いながらポケットから普通に『懐中電灯』を取り出し、周囲を照らした。

 なるほど思いつつ、何かロマンに欠けると思えてしまった。


「きゃははは、先生てば超ウケる~。あたしもエルフ族の端くれだから、『光の精霊』くらいは召喚できるけど、マオッチが言ったように魔力が低い場所だからそう長持ちしないねぇ……戦闘時だけ使うようにするよぉ」


「俺も『炎系』の魔法を持っているから、いざとなったらモンスターを松明代わりに燃やしまくるよ」


「幸城くん……キミは意外とエグイね。普段は優しそうな人なのに……」


 何故か強面の岩堀にドン引かれてしまう。


 いや、あんただって異世界では、たった一人で魔王軍を殲滅したって話じゃん。

 しかも『勇者殺しの狂戦士ブレイヴキラー・バーサーカー』の称号だって持っているし。

 ぶっちゃけ、そんな危険そうな奴にだけには言われたくない。



 しばらく前に進むと、岩堀と香帆が逸早く足を止める。

 少し遅れて俺のスキル《索敵Lv.2》が前方から何か近づいてくるのを察知した。


「モンスターだ。1匹や2匹じゃない……10匹以上はいる。相当な数だ」


「ゴブリンだねぇ。きっとウチらが来たから見張り番の前衛ってところかな? さらに奥の方に30……いや50匹はいるかな?」


「ご、50匹!? 香帆様……流石に多すぎじゃありませんか?」


「何言ってんの、ヤッスゥ? 全部で100匹近くはいるよぉ。ゴブリンは集団性だからねぇ。きっと大群を仕切っている『ボス格』もいる筈だよ~ん。レベル上げには丁度いいよねぇ、にしし」


 何故か楽しそうに笑う香帆だが、今日が初デビューであるヤッスの心境が穏やかでないのも理解できる。

 

 すると奥の暗闇からゴブリン達が姿を見せてきた。


 そいつは緑色の皮膚を持つ小人のような存在で、黄色の眼球に縦割れした瞳孔の鋭い目つきと鷲鼻、犬のような鋭利な牙が並んでいる。

 手には岩を削った棍棒やどこかの冒険者から奪い取ったと思われる剣が、それぞれ握られていた。


「ひぃぃぃい! 出たぁぁぁ!」


 真っ先に悲鳴を上げたのは初心者のヤッスではない。

 なんと岩堀だった。


 岩堀は真っ先に俺の背後に隠れ、巨体を縮ませながら震えている。

 おいおい、こいつ……嘘だろ?

 

「何隠れてんだ、岩堀さん! あんた歴戦の“帰還者”で冒険者だろ!?」


「ごめんよ、幸城くん……けど、ブランクが長くて怖いんだ」


「いやいや。レベル30もあるだろ? 俺より高けぇじゃん」


「……確かにそうだけど、でも俺はピーク時でレベル67はあったんだ。9年間、家に引き籠ったことですっかり体が鈍ってしまい、今じゃ当時の半分以下のレベルダウンさ。スキルの技量だって低下してしまっている。正直、現役のキミより戦えないと思うよ」


 つまり前衛で戦う自信がないと言いたいんだろう。

 アゼイリアこと紗月先生が「リハビリ目的」と言った意味がわかってきた。


 一方のヤッスは「この魔杖で、あのちんちくりん共を撲殺できるでしょうか?」と、香帆に相談して戦う意欲を見せている。

 こいつの方が余程勇敢だ。


「じゃここは盾役タンクらしく前衛で戦うよ! あんなゴブリン、俺の《シールドアタック》で即キルっすわ!」


「駄目だ、幸城くん! どうか俺から離れないでくれ! キミが傍にいてくれないと、俺は動くことすらできやしない!」


「いやいやいや。チキンハートにも程があるでしょ? あんな細身で魔法も覚えてないヤッスでさえ、戦う姿勢を見せているんだ。一緒に戦ってくれとまでは言わないけど、自分の身くらいは守ってくださいよぉ!」


「……正直に言おう、俺は腰が抜けて動けない。戦うのが怖いだけじゃない……あのゴブリン達の存在が怖くてしかたないんだよぉ!」


 駄目だ、こいつ。メンタル弱いどころじゃない。

 かなりの重傷だ。

 逆によく、俺とパーティを組む気になったよな。

 イラつくけど、そこだけは褒めてあげよう。


「しゃーないね。イワッチ、そんなに嫌なら戦わなくていーよ。あいつらは、あたしとヤッスで戦うからぁ」


「おお、麗しき香帆様からのご指名! ですが、魔法を覚えていない僕が上手く戦えるかどうか……こんなことなら体術でも学んでおけば良かったですなぁ」


「キミはあたしの後ろで立っているだけでいーよ。それだけで経験値は上がるからねぇ。パーティの役得ってやつぅ?」


 香帆は言いながら、ヤッスの腕を掴んで突撃した。

 彼女は美桜の背中を守れるほどの暗殺者アサシンだ。

 はっきり言って問題ないだろうと思った。

 心配なのは、ヤッスの方だけどな。


 まぁ、いざって時は俺の《無双の盾イージス》で二人を守ってやればいい。


 などと思っていたが、


「こいつらウザくて面倒だから、少しだけ本気ガチを見せてあげる――」


 香帆は片腕を翳し、頭上から《アイテムボックス》を出現させる。

 魔法陣から大きな槍のような武器が降り注ぎ、彼女の片手に握られた。

 否、それは槍とは明らかに異なる形状。


 ――死神大鎌デスサイズだ。


 香帆が纏うマントと同色の赤き刃を持つ大鎌。

 漆黒色の柄と所々の箇所に、呪文語が刻まれ赤く発光していた。

 相当の重量がありそうな武器だが、彼女は片手で軽々と持ち巧みに振り回している。


【我の命に応じよ――召喚、光の精霊リグフトッ!】


 同時にもう片方の腕を上に掲げ、掌から光の粒子が放出し、一帯を明るく照らし始めた。


「ギャワッ!?」


 既に近距離まで迫っていた10匹のゴブリン達は、眩しさに視界を覆われる。

その場で動きを止めた。



 斬ッ!



 その一撃はまさに疾風の如く。


 香帆は駆け出し、瞬く間に敵と距離を詰めて大鎌を振った。

 ゴブリン達の首を一斉に刎ね、胴体から離れた頭部が華麗に宙を舞った。


 自分の死を理解できず、驚愕の表情を浮かべたまま地面に転がっていく10匹のゴブリン達。


 俺達はその無惨な光景を戦慄しながら見入った。

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