第26話 勇者ミオと魔王戦争
「マオッチ、こっちにおいで~」
香帆は両手を広げ催促してくる。
ピンと張っていた長い両耳が下がり、青色の瞳を潤ませた。
色白の頬がほんのりと染まり、とても艶っぽく見える。
これってやっぱりイチャつき展開!?
いや突然すぎじゃね!?
俺とそこに至るまでのロマンスなんてなかったじゃん!
ヤンキー故、恋愛に至る工程がスキップされるのか!?
そういやヤンキーってやたら早婚で少子化対策に貢献しているよな!?
あるいは「ちょっとつまみ食いしてみよっかなぁ」的なノリで誘惑されちゃう感じぃ!?
前周では30歳となっても童貞だった、俺。
浮いた話なんてちっともなかった。
ここに来てついに……。
いや待て待て待て。
俺はモテ道を極めたくて、タイムリープしたわけじゃない。
そもそも俺にはだ……。
「――香帆さん、ごめん……俺、好きな子がいるんだ」
黄昏高校で同じクラスになる『野咲 杏奈』さん。
俺は彼女の悲劇ルートを回避するためタイムリープしたんだ。
そして今度こそ想いを伝えるために――。
だから俺にとって、自分に自信をつけるためのレベリングだ。
「そぉ? 美桜からマオッチが《隠密》スキルを欲しがっていると聞いたから、今のうちに付与しようと思ったんだけどねぇ……」
そっちかよ!
いや俺、何を残念がっているの?
「な、なんだ……俺、勘違いしていたわ。香帆さんも両手なんて広げるから」
「だって互いのおでこ同士でこっつんこしないとスキルの付与できないでしょ? ギルドで《アイテムボックス》を付与された時、そうされなかった?」
ああ、言われてみれば……。
けど俺、受付嬢のインディさんに「目を瞑っていてね」と言われ、素直に応じていたから実際何をされたのかわかってないんだよなぁ。
「じゃあ、香帆さんお願するよ」
「いいよん、おいでぇ」
う~ん、やっぱり恥ずかしい。
香帆さんって綺麗で可愛いし、今は美少女エルフの姿だけに……。
俺は緊張しながら彼女と至近距離で対峙する。
【――この者に我が極めしスキルを分け与えたもう】
呪文語の詠唱と共に、仄かに額が温かくなる。
額を通して何かが注がれていると感じた。
だけど、これはこれで凄くやばい。
詠唱する度に、香帆の甘い吐息が軽く俺の唇に当たってしまう。
ちらっと目を開けると、柔らかそうで艶やかな桜色の唇が、すぐそこにあるじゃありませんか?
(自重、自重……)
俺は不謹慎だと思い両目を強く閉じた。
しかし詠唱が終わった途端。
――チュッ。
額に当たる、とても柔らかい感触。
「ん?」
俺は目を開けると、目の前に香帆さんの唇があった。
「マオッチ終わったよん。ステータス確認してみぃ」
「う、うん……香帆さん、今、最後の方で俺に何かした?」
「秘密ぅ、マオッチかわいいからついね……」
え? ま、まさか……額にチュウってしてくれた?
なんでぇ!? どうしてぇ、ええ!?
俺は戸惑い、顔中が真っ赤になり全身を火照ってしまう。
と、とにかくステータスを確認しなければ……。
スキル
《隠密Lv.1》を習得しました。
「よぉ、よぉうし! スキル、無事ゲット! これで残りの中学生活を乗り切ることができるぞぉぉぉ!」
もうわけがわからず妙なテンションではしゃいでしまう、俺。
元凶の香帆は「マオッチって面白いね~」と呑気に微笑んでいる。
誰のせいだよと言いたいが、恥ずかしいから言える筈もない。
それから小休憩をした。
石壁を背にして、二人で並ぶ形で座り込む。
「マオッチの好きな子って、どんな子ぉ? 同じ中学ぅ?」
「え? いやぁ、なんて言うか……違う中学だけど、黄昏高校で一緒というか」
美穂の仲間とはいえ、彼女にどこまで説明していいのかわからない。
基本、『タイムリープ』した件は
「……ふ~ん、まぁいっか。じゃあ高校に進学したら紹介してぇ。マオッチに相応しくなかったら、シメて腹パンすっから」
いや普通に駄目だよ! 腹パンって何!? どんな権限ッ!?
やっぱ香帆さんってヤンキーだ!
姉ちゃんより、短絡的思考で過激だわ!
片思いの子にそんな真似されたら嫌われるじゃ済ねぇ……。
「すみません……あくまで片思いなんで勘弁してください。香帆さん、どうして俺にそんなに親身になってくれるの?」
「マオッチが気に入ったからだよん。美桜の弟くんってこともあるけどね……あたし、こう見ても気に入った相手には超一途だからねぇ」
言われてみれば出会った当初より大分印象が異なる。
最初は気だるそうなトゲトゲしい感じだったけど、今は凄く話しやすい。
ある意味、もう一人の姉ちゃんみたいだ。
「そういえば俺、姉ちゃんが異世界に転移した時の話、あんまり聞いたことないんだよね……姉ちゃんも話したがらないっていうか。『黒歴史』だってよく口にしているけど……」
「黒歴史ね……美桜らしいわ」
「姉ちゃんらしい?」
「少しだけ話してあげよっか? あたしから聞いたってことは内緒ね」
俺は頷くと、香帆は語り始めた。
つい先日、“帰還者”となった香帆にとっては最近の話となる。
――美桜が異世界に転生された
異世界の秩序を司る女神アイリスと対立する、支配を司る暗黒側の女神メネーラという神がいた。
後に『邪神メネーラ』と畏怖される神は、アイリスに対抗するべく『負の念』に満ちた人間を好み、手あたり次第に異世界へと召喚させていたという。
メネーラによって召喚された人間は、
ある者は魔王に仕え、またある者は自ら魔王を名乗り軍団を用いて国々を滅ぼしていった。
時に魔王同士の戦いも勃発し、弱き者達が巻き添えになる渾沌とした時代である。
後に『魔王戦争』と呼ばれる時代の中――美桜は転移された。
当初、俺と間違えて召喚された美桜は、女神アイリスに「弟の代わりに私が戦う」と断言し、自分の姿を偽って見せる《
どういう考えかはわからないが、異世界にいる間は女を捨て男として『
また美桜が目覚め獲得したユニークスキルは「触れた相手を10秒ほど停止させる」という対人戦ならば、そこそこ使えそうな微妙なスキルだったとか。
それから女神アイリスを崇拝する神聖国に助力を得るため国王と謁見した。
だが既に、他に四人の勇者が転生あるいは転移されていたそうだ。
この勇者達は当初とにかく最悪のクズばかりで、男と思い込んだ美桜をだけを蔑ろにして除け者にして互いの足を引っ張り合うなど、同じ転移者として恥ずかしいほど無様であったとか。
国王も頭のネジを無くしたような人物であり悪評を鵜呑みにしては、美桜を外れスキルの無能者扱いし、結局は民の信用まで無くしてしまう羽目になってしまった。
したがって美桜はほぼ国の支援を失った状態となり、半ば単身で魔王達との戦いを余儀なくされた。
独りの限界を感じた美桜は別の仲間を探し、没落貴族のハイエルフであるファロスリエンこと転生者の「香帆」と出会う。
当初わだかまりこそあったが、共に冒険を重ねる度に絆が芽生え親交も深まったそうだ。
そうして戦いに勝利していくうちに、美桜は勇者として次第に頭角を現すようになる。
経験値を重ねていくうちにユニークスキルが進化し、凶悪な魔王を次々と打ち倒していく。
その活躍により民の信用を取り戻して『
一方で他の四勇者達は、そこそこの活躍こそ見せるも二番煎じ感は否めず、また勇者間で裏切り者が出たりと地味で散々だったそうだ。
「――4人の勇者はどうしょうもないバカ野郎だったけど、魔王を斃せる強力なスキルを持っていたわぁ。このまま連中に死なれてしまったら、
「それって男装していた姉ちゃんが『女』だってこと? それで何かが変わったの?」
「うん。バカ勇者達だけじゃなく、これまで軽んじていた連中の全員が美桜が超イケてる美女だと知った途端、スケベ心で掌を返して忠誠を尽くすようになり下僕となったってわけ。最後なんて『勇者ミオ親衛隊』も結成したのよ~、超ウケるっつーの」
な、なんじゃ、そりゃ?
だが香帆の話によると、ここからが執念深い美桜の陰湿ぶりの本領発揮だったらしい。
パシリと化したクズ勇者達を常に最前線に立たせ、囮役として敵の注意を惹きつけさせ、美桜と香帆が本命の魔王達を討ち斃すなど美味しいところは全て奪い取った。
これによって、美桜は勇者を従えるマスター『
また共犯者である国王も足元を見ては高額な装備品や物資、多数の人員を要求少した。
少しでも渋るようであれば、これまでの仕打ちを暴露して敵対国に亡命し、あるいは国内に潜む反乱分子に協力するとまで言い出した。
最終的にはこれまで犯してきた不正を弾劾され、国王の座から引きずり降ろされたようだ。
「結局は美桜の一人勝ちよ。傍で見ていて爽快だったわ~ん」
そう楽しそうに語る、香帆。
ね、姉ちゃん……身内ながらつくづく怖えーよ。
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