第20話 VS盗賊戦と粛清者

 名倉の《アイテムボックス》から、奴の装備が降り注ぎ一瞬で全身に装着された。


 先程までの薄汚れた浮浪者のような衣類は消失し、革製レザーの胸当と肩当てが装置され、両足にロングブーツが履かれている。

 無造作だったぼさぼさ髪もバンダナで纏められ、腰元には短剣ダガーを装備されていた。

 これが『名倉 大介』という、レベル34の盗賊シーフ、“帰還者”の姿。

如何にも身軽さ動きやすさを意識した軽装だ。


「この悪党め! そっちがやる気なら、俺だってやってやる――着装ッ!」


 俺も同じように《アイテムボックス》を出現させ、瞬時に冒険者の姿となった。

 だが名倉は「プッ」と嘲笑い吹き出している。


「……お前、盾役タンクの癖に随分としょぼい装備だなぁ?」


「やかましい! 昨日ようやく『奈落アビスダンジョン』でデビューしたばかりの駆け出しだ! しょうがないだろ!」


「まぁ、装備に関してはいいわ……んで、肝心の盾や剣がねぇじゃん?」


「あっ!?」


 し、しまったーっ!

 盾と剣も昨日のミノタウロス戦で粉砕しちまったままだ!

 おまけにすぐ帰ったもんだから換金すらしていない!


「幸城 真乙。装備のメンテナンスを怠るなんてよぉ。冒険者として失格だぜ?」


「や、やかましいわ! 銀行強盗しようと目論む犯罪者なんかに言われたくねぇってのッ!」


 クソッ、こいつ痛いところついてくるわ!

 俺も迂闊だったのは認めるけど……。


 その名倉は腰を落とし低い姿勢で構える。

 俺との距離を詰めようと、じりじりと近づいてきた。

 武装してないからって、一気に仕留めるつもりなのか?


 だが浅はかだな!

 俺には攻撃する手段はある!


【出でよ炎ッ! 敵を燃やし焼き尽くせぇ、《火炎球ファイアボール》!!!】


 掌から火炎弾を発射させ、魔法攻撃を浴びせてやる。

 名倉は「ぶっ!」と声を上げ、瞬く間に爆炎に包まれた。

 魔法レベル上がり、以前より威力を増している。


「見くびったな、ざまぁ!」


 俺は勝利を確信した。

 だけどオーバーキルしてしまったのか不安が過ってしまう。


 が、


「――お前のステータスは把握済みだ。どんな攻撃技で仕掛けてくるのか予想つくぜぇ」


 背後から聞こえた、名倉の声。

 正面側に奴の姿はなかった。

 焼け焦げた地面と虚しく巻き上がる黒煙のみ。


「後ろか!?」


「おせーよ」


 既に名倉は短剣ダガー抜き、俺の首筋に向けて鋭い刃を振り下ろしていた。



 ガキィィィン!



 しかし刃は俺の首筋に届くことなかった。

 寸前のところで攻撃は止まり、同時に硬質な何かで弾く音が響き渡る。

 俺の背後を護る形で、幾何学模様の魔法陣で構成された透明色の『盾』が浮かび上がっていた。


「なんだと!?」


「俺のユニークスキル、《無双の盾イージス》だ。ステータスを覗いて知ってんだろ?」


 俺は魔法攻撃を放った瞬間と同時にスキルを発動させ、万一に備えて背後に展開させていたのだ。

 魔法とスキルの併用は可能だからな。


 それに盗賊シーフ暗殺者アサシンほどの戦闘力はないにせよ、同じ隠密に特化した職種。

 正面の攻撃を躱したら、直ぐに背後を取るとか定番テンプレ展開だと思った。


 まぁ別に攻撃を受けるくらいなら怖くないけど、刃に耐性以上の猛毒とか痺れ薬なんか塗られているってパターンもあるし、その辺りも盗賊シーフの怖いところだろう。


「クソッタレがぁ! 自在にシールドを張る能力か!?」


 名倉はやたらと狼狽している。

 たった一度の攻撃を防がれた程度なのに?

 それに奴の口振り……。


「まさか、あんた……ステータスは見ることができても、ユニークスキルの詳細まで見ることはできないのか?」


 ひょっとして《隠蔽Lv.2》の効果が働き、能力値アビリティと名称くらいしか閲覧できないのかもしれない。


 ユニークスキルは個人に備わった唯一無二の固有スキル。

 魔法や技能スキルと違い、能力はまるで異なる。


 つまり名倉は――俺の《無双の盾イージス》を理解していない!


「うるせぇ、ガキが! だからなんだ!? いくら防御力が高かろうと、他は俺の方が能力値アビリティが高けぇんだ! 動き回って四方八方から串刺しにしてやんよぉぉぉ!!!」


 名倉は素早く飛び跳ね、瞬時に俺から離れた。

 地面に着地した途端、俺の周囲をぐるぐると走り回る。

 その速さは残像となり、俺の動体視力では捉えられそうにない。

 ここでもレベルの高さと差が垣間見えてしまう。


 しかしだ。


「もう関係ないんだなぁ、これが――《無双の盾イージス》ッ!」


 俺は腕を翳しスキルを発動させた。

 さらに攻撃魔法 《火炎球ファイアボール》を足下へと放ち、地面に着弾した爆風と日頃から鍛え上げた脚力を活かし、上空へと飛翔する。


「名倉ァ、覚悟しろッ!」


 すかさず掌の上で《無双の盾イージス》を巨大化させた。

 空き地という戦闘領域フィールド全体を埋め尽くすサイズで――。


「な、なんだとぉぉぉぉ!!!?」


「――《シールドアタック》!!!」


 地表に叩きつける形で《無双の盾イージス》を放った。

 急降下した魔法陣の盾に、空き地内の全ての物が押し潰されていく。

 激しい轟音と地響きが発生し、置かれていた土管や木材が次々と粉砕された。


「ぶぉほぉぉぉ」


 その広範囲ぶりに、名倉も逃げ切れず巻き込まれていく。

 頭上から「巨大盾」に潰されながら、地面に伏して倒れた。


 俺はスキルを解除して着地した。


 何も残らない塵と砂埃が舞う、すっかり殺風景となってしまった空き地。

 ただ一人、名倉だけが、ぽつんとうつ伏せで倒れていた。


 俺は警戒しながら、奴に近づいてみる。


「ぐっ、ぐはっ……」


 微かに呻き声を上げ、体を何度も痙攣させている。

 圧迫により全身の骨が砕かれ折れてしまったのだろうか?

 まるで身動きが取れない様子だ。


「辛うじてだけど生きているか……良かったと言うべきかな?」


 流石に人間をキルするのは抵抗がある。

 いくら犯罪願望の糞野郎とはいえ、斃しても無限に沸いてくるモンスターとは違うからな……。

 それに、こいつは法で裁けないらしい。

 再起不能が丁度いいだろう。


 そう思った瞬間――。


 突如、視界が真っ暗になった。

 いや正確には、俺以外の周囲・ ・だけだ。

 現に自分の掌や足などは鮮明に見えている。


「なっ、なんだ……何が起こっている? まさか他に仲間がいたのか?」


 そう呟きながら、俺は身構えた。


『――安心したまえ、幸城 真乙君。キミの素性は調べさせてもらった』


 暗闇から聞こえた男の声。

 声質が若い感じで、知的さと妙な落ち着きがある。

 男がどの方向で話しているのかわからない。

 まるで脳に直接語りかけてきた感じだ。


「だ、誰だ!?」


『今は知る必要はない。いずれ知ることになるかもしれない。だがその時は、キミが「粛清者」でないことを祈ろう……』


「粛清だと? ま、まさか……名倉が話していた、対帰還者用に組織『特殊公安警察』か!?」


『なるほど……既にそこまで理解していたとはな。ある意味で都合はいいか』


「都合がいい? 俺をどうするつもりです?」


『どうもしないさ。真乙君は善良な市民だからね……我々が粛清するのは、法を犯す“帰還者”のみだ。キミも知っての通り、奴らはテロリスト以上の脅威だからね。我々は常に網を張って日頃から“帰還者”達を見張っている。名倉のように現実世界で悪さをする“帰還者”を影で裁いている人間だ。たとえ未遂だろうと企てた時点で粛清の対象となる……キミも気を付けたまえ』


「そ、それって俺も“帰還者”だから?」


 だったらヤバくね?

 名倉の話は乗らなかったけど、井上達との件がある。

 現に平手打ちして何人か病院送りにしているし……。


『真乙君が“帰還者”じゃないことは知っているよ。昨日、ギルド登録もしているしね。それに子供の喧嘩にいちいち我々が動くことはないさ……善良な国民に迷惑を掛けなければ自衛や人助けは自由だ。これまで通りでいいよ』


 どうやら、今までの素行に問題はないらしい。

 良かった……。


「どうして貴方は、俺にそこまで教えてくれるんです? 名倉をどうするつもりですか?」


がここまで関わっているのは、キミが名倉の逮捕に協力してくれたお礼だよ。当然、名倉は粛清する。二度と日本、いやこの世界に現れることは永久にないだろう』


 つまり始末されるってことか……やばいぞ、特殊公安警察。


『では、真乙君、また機会があれば関わるかもしれない――キミのお姉さん、勇者ミオによろしく伝えてくれたまえ』


 美桜のことを知っている?

 まぁ有名人らしいからな……当然か。


「わ、わかりました……あのぅ、貴方は?」


『――ゼファー。そう言えばわかるよ、彼女ならね』


 そう名乗ると男の声が消え、周囲は元の風景に戻った。

 ただ一つ、名倉の姿だけはどこにも見当たらない。

 

「きっと、ゼファーって人に連れ去られ粛清されたのか……怖っ!」


 高レベルの“帰還者”を相手に勝利したのにまるで余韻に浸れない。


 俺は身を震わせながら家に帰った。

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