第19話 帰還者からの勧誘

 俺は景山に耳打ちした。


「……景山さん。これは、あくまで個人的なお願いだけど、俺は井上君にケジメをつけたいと思っている。今まで彼には色々と『借り』があってね……俺が手を下したら再起不能じゃ済まないだろ? 悪いけど、景山さん達の方でお願いできるかい?」


 どうせ井上が俺をリンチするために集められた連中だ。

 こうして取り込んだことだし、そっくりそのまま本人に返してやろうと企てる。


 新たなチーム、『赤き天使の鐘レッドアンジェラス』という自警団のリーダーとなった俺の要望に、景山はビシッと背筋を伸ばした。


「うぃす! 早速の粛清すね! テメェら、秀吾を連れて落とし前つけるぞぉ!」


「ちょっと待って、亮太君ッ! 話がちげーじゃねぇか!? なんでそーなるんだよぉぉぉ!?」


「うるせぇ、このボンクラが! テメェのような卑怯な糞ガキなんぞ、もう仲間でも弟分でもなんでもねぇ! 俺達『赤き天使の鐘レッドアンジェラス』が責任を持って、幸城さんが受けた仕打ちの倍以上をきっちり返してやるから覚悟しろぉ、やれぇ!」


 景山の指示に従い、仲間の一人が井上の腹部を殴る。

 井上は「ぐはっ!」と呻きその場で蹲った。


「痛ぇ……なんでぇ……なんでぇ、こうなるんだよぉぉぉ! 幸城ぉぉぉ!!!?」


「井上。お前も一度、孤立を味わってみるといい……理不尽に虐げられ矜持を踏みにじられる痛みと辛さを思い知った方がいいよ。その方が他人に優しくなれる……それで、これまでの仕打ちは全てチャラにしてやるよ」


 俺の言葉に、井上は悔しさと絶望から「うわぁぁぁぁぁぁん!」と叫び号泣した。

 そのまま襟首を掴まれ引きずられながら、景山達と共に空き地を離れて行く。


 馬鹿な男だ。

 変に絡まなければ、こんな事態にならなかったものを……。

 これぞまさに因果応報ってやつだ。

 俺の復讐も完遂した形で幕引きとなった。


 事が終わり、俺のステータスが変化していることに気づく。

 どうやら新しいスキルを習得したようだ。


 なになに……。



スキル

 《狡猾Lv.1》を習得しました。

 《統率力Lv.1》を習得しました。



 なんでも《狡猾Lv.1》は、舌戦や心理戦など悪賢く他人を欺くのに長けたスキルで、レベルが上がる度に知力値INT+10補正がされるらしい。

 そして《統率力Lv.1》は、パーティの統率及び士気力が向上するスキルで、レベルが上がるたびに魅力値CHA+10補正がされるのだとか。


 う~ん。

 強化されるのは一向に構わないけど、こんな形だと……なんか引いてしまう。


 束の間。


「――いやぁ、お兄さん、カッコいいねぇ! うん、凄い凄い!」


 突然、パチパチと拍手が鳴り、俺は音の方向を振り向いた。

 いつの間にか一人の男が立っており、ニヤつきながらわざとらしく手を叩いている。


 見た感じ、結構な年上の中年男。30代くらいだと思った。

 背丈が高く、細身ですらりとしている。

 鷲鼻の面長で無精髭が生えており、まるっきり手入れされていないボサボサの長髪。

 服装もだらしなく、所々がくすんでいて子汚い。

 なんだか浮浪者っぽい印象だ。


 てか、このおっさん……。


(――いつから空き地に入っていた?)


 侵入したことに、まるで気が付かなった。

 

「あんた、誰?」


「わざわざ名乗らなきゃ駄目か、幸城 真乙? 知りたきゃ《鑑定眼》使えよ」


 こいつ“帰還者”か?

 俺は言われるがまま《鑑定眼》を発動し、ステータスを閲覧する。



名倉なぐら 大介だいすけ

職業:盗賊シーフ

レベル:34

称号:悪徳の影ヴァイシャドウ



 がっつり制御されているのか、これ以上表示されることはない。

 だがやはり“帰還者”だ。

 レベル34の盗賊シーフか……中級冒険者と見ていいだろう。

 少なくても俺より格上だ。


「……名倉さんですか。俺に何の用ですか?」


「お前のこと、ずっと拝見させてもらったよ。レベル12の癖に防御力VIT:450、しかもユニークスキル持ちって……冗談みたいな“帰還者”。本当にいたんだな?」


「本当にいた?」


「いや……こっちの話だ。気にすんな」


 なんだろう……まさか俺の情報がどっかで漏洩されているのか?

 てかなんで、このおっさんには俺のステータスがバレているんだ?

 俺だって《隠蔽》スキルを持っているのに……。


「あのなぁ、少年。俺は盗賊シーフだぜ? 一応、《鑑定眼》はカンストしているんだ。高レベルの奴ならともかく、たかがレベル12のステータスなんて見れて当然だろ?」


「そのたかがレベル12の奴に、何の用なんですか?」


 俺は警戒しながら問い詰める。

 なんか、この名倉っておっさん胡散臭い。そう思ったからだ。


「おいおい身構えないでくれ……俺は勧誘に来たんだ」


「勧誘?」


「ああ、そうだ――幸城、俺とパーティを組まないか?」


「パーティ? つまり仲間になれってこと? けど俺、まだ駆け出しですよ。レベル34の貴方とじゃバランス悪いでしょ?」


「確かにそうだ。だが盾役タンクとしては超有能……俺の仕事の条件にばっちり合っているんだよ」


 俺の能力値アビリティを買ってくれているってことか?

 まぁ怪しいけど悪い話じゃない。

 中級の冒険者と一緒なら、『奈落アビス』ダンジョン探索も、それだけ下層に潜ることができるからな。


 よりレベルアップにも繋がるし報酬も高い。

 何より盗賊シーフが仲間なら、レア・アイテムもゲットする確率が高い。


 それに「俺の仕事」って言ってたよな?

 ギルドから何かしらのクエストを依頼されての上か?

 だとしたら一時的なパーティか……。

 ならアルバイト感覚で引き受けてもいいかもしれない。


 俺はちょっぴり乗り気になった。


「……まぁ、仕事の内容次第でしょうか? それで、ギルドでどんなクエストを引き受けたんです?」


「ギルド? クエスト? ちげーよ」


「はぁ?」


「わざわざ『奈落アビス』なんかに潜るわけねーだろ? 危険だし効率だって悪い。それより、もっと安全で確実な方法で大儲けできる仕事だ」


「はぁ?」


 呆然と聞き返す俺に、名倉は不気味に口角を吊り上げた。


「――俺とお前とで銀行・ ・を襲うんだよ」


「はぁぁぁぁ!?」


「幸城、お前には警察が来た時の『弾除け』になってもらう……なぁに、お前は馬鹿高い防御力VITの他に《鉄壁》やユニークスキルも持っている。その気になりゃ、銃弾だけじゃなく、ガトリングやバズーカ砲だって耐えられるだろうぜ……へへへ」


 へへへじゃないよ。

 何考えてんの、このおっさん!


「んなの乗れるわけないだろ! もろ犯罪じゃないか!? アホか!?」


「いいのか、そんなこと言って……さっきのチンピラ共とのやり取りをバッチリ録画しているぜ、ケケケ」


 名倉は言いながら、薄汚い上着ポケットからスマホを取り出し画面を見せてくる。

 確かに、俺と景山達とのやり取りが鮮明に録画されていた。


 いつの間に撮られたんだ?

 盗賊シーフとしての能力だってのか?


「けど俺ぇ、手出ししてないもんねぇ! そんなの一方的に殴られて相手が勝手に自滅しただけじゃん!」


「へへへ、奴ら・ ・にはそんな言い訳は通じねーよ。知られたら即アウトだぜ~」


「奴らだと?」


「なんだ、知らねぇのか? 異世界の“帰還者”を影で管理している組織だ。俺達の所業は法で裁けないことが多い。仮に逮捕され刑務所に入ったとしても、スキル使えば直ぐに脱獄できるだろ? だから日本政府は『対異世界帰還者用』に『特殊公安警察』を作っているんだぜぇ」


 対異世界帰還者用の特殊公安警察!?

 それって時折、姉ちゃんが口にする「“帰還者”を管理して粛清する」という――『おっかない人達』のことか!?


 名倉は尚も下品な口調で話してくる。


「幸城 真乙、俺はこの動画をネットで流してやるぜ……そうすりゃ、お前は奴ら・ ・の粛清対象に格上げだ。言っとくが、公安警察の大半は相当な高レベルの“帰還者”だという噂だ。中には魔王級の奴もいるらしい……俺やお前如きじゃ歯が立つ相手じゃねぇ」


「だったら銀行強盗したって一緒じゃないか!? そんな組織から都合よく逃げられるものか!」


「バレなきゃいいんだよ……バレなきゃな。俺の《隠密》スキルなら、仲間の存在ごと消すことができる。お前は万一の弾除け役でついてくりゃいんだよ」


 こいつ……俺になんっつーことさせようとしてんだ?

 どの道、破滅の道しか見えないじゃん!

 もとい! 犯罪に加担する気なんぞ微塵もない!


「ふざけるな! そんな話、誰が応じるものか! 拡散したければすればいいだろ! 俺は誰かを不幸にするくらいなら、潔く粛清でも何でもされてやるさ!」


 俺の毅然とした態度に、名倉は「チッ」と舌打ちして見せる。

 そして再び不敵な笑みを零した。


「……しゃねぇなぁ。いい儲け話だと思ったんだけどよぉ。だが計画を知られちまったからには生かしておくわけにもいかねぇよなぁ、幸城ぉ! 悪いがここで死んでくれぇぇぇ――」


 ふと名倉の頭上に、《アイテムボックス》の魔法陣が浮かんだ。

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