第18話 赤き天使の鐘

 俺は人気のない空き地へと連れて来させられる。

 空き地には、30人ほど仲間が待機していた。


 全員が「赤い小悪魔レッドインプ」のスカジャンを着ている。

 そのうちの何人かは鉄パイプと金属バットを持っていた。


 さも俺をボコる気、満々ってか?

 普通なら集団リンチで死んでしまうかもしれない。

 治安の悪いことで有名な伊能市なら、警察もちゃんと動いてくれるかどうかだ。

 ここは行き過ぎた連中に制裁を加える意味で、こっちも手を出してもいいかもしれない。


 けど、俺はまた強くなってしまった――。


 以前、手加減した平手打ちでも事故レベルだったからな……。

 勢い余って、俺の方がついってこともあり得る。

 たとえノーダメージでも、こんな連中に黙って殴られるのも癪に障る。

 俺だって学校のストレスで正直イラっとしているんだ。


「幸城……今日こそテメェをズタズタにして思い知らせてやるからなぁ! 覚悟はいいか、コラァ!」


 井上は頼もしいお仲間に囲まれてイキっている。

 思い知るも何も、それだけの怪我をして、尚も俺に挑もうとするお前の無知ぶりが凄いよ。


 俺は《鑑定眼》を発動し、井上を含めた40人全員のステータスを観察する。

 どいつもレベル4~5だ。

 攻撃力ATKも武器を持って、ようやく12数値程度か。


 ……雑魚以下だな。


 おや?

 一人だけ、レベル9の奴がいるぞ。


「ねぇ、そこの人。ひょっとして、このチームのリーダーさんですか?」


 一番、隅っこの方で腕を組んでいる胸板の厚い男に声を掛けた。

 よく見ると中々の筋肉質で、両耳ピアスに剃り込を入れたリーゼントに目つきが悪い強面だ。


 ステータスの鑑定によると、男の名は『景山かげやま 亮太りょうた』19歳。

 職業は、フリーターのようだ。

 奴らの中で最もレベルが高く、能力値アビリティ数値も倍以上はあるぞ。

 それに技能スキルに《拳闘技Lv.7》と《格闘技Lv.5》を習得している。

 何故か《逮捕歴Lv.2》まで表示されていた。一体どんなスキルだ?

 どうやら元プロボクサーであり有能な格闘技の経験者のようだ。

 だが素行が悪く、そっちの世界から干されて今に至っているって感じか。

 現に、奴の称号は「堕ちぶれた天才フォールプロディジー」だ。


 俺の名指しに、景山は「フッ」と笑みを零す。

 奴が歩き出すと、井上を含め周囲の仲間達は「マジかよ……」とざわめきながら二つに割れて道を開けた。


 景山はゆっくりと近づき、俺と対峙する。


「ガキが……何故、俺がだとわかった? どっかで会っているのか?」


「まさか。この中で一番、強そうだなって思っただけですよ。ここは一対一で勝負しません?」


「この俺とタイマンだと? 正気か、テメェ……」


「ええ、リーダーのあんたを倒せば、他の連中も退いてくれるかもしれない。んで、勝ったら二度と俺に関わるなって話です。シンプルでいいんじゃない?」


「フッ、ハハハーハッ! 面白れぇなぁ! お前、気に入ったぜぇ! 一瞬で殺してやるよぉぉぉぉ!!!」


「そりゃ、どうも――」


 俺が言いかけた瞬間だ。


 景山は「シュッ」とか言って、俺の顔面を目掛けて右ストレートで殴り掛かってきた。

 けど、シュッとか口で言う割にはやたら遅い。

 つい先日、レベル30のミノタウロスと激戦を繰り広げた俺にとってはスローモーションと思える程だ。


 躱す必要は一切ないので受けてみる。


「――ガァッ、いぃ痛てぇ!?」


 悲鳴を上げたのは俺じゃない。

 殴ってきた景山の方だ。


「どうしました?」


「……い、いや、なんでもねぇ! ちょっとタンマだ!」


 明らかに拳を痛がっているぞ、景山。

 奴は急に後ろを振り向き、ズボンのポケットに両手を入れて何やらまさぐり始める。

 なんか隙だらけだな……今のうちに倒すか?


 すると、景山はこちらを振り返りファイティングポーズを取った。

 左右の拳には指に填める鉄製の「メリケンサック」が装着されている。


「じゃぁーん! お前はもう死ぬぜぇ! ガハハハハッ!!!」


 景山は凶悪そうな喜悦の声を上げて、俺のボディと顔に目掛けて連続の拳撃を浴びせてくる。


 が、


「いぃぃぃでぇぇぇぇぇ! 今度は完全に折れちまったぁぁぁぁぁ!!!」


 景山は天を仰ぐように絶叫した。

 メリケンサックで殴ったことが仇となり、親指以外の9本の指が粉砕してしまったようだ。


「あのねぇ。そんな武器で硬いモノを殴ったら、指が可笑しくなるって知らないんですか?」


「う、うるせーっ! そんなの壁やコンクリートの話だろうが! テメェは人間じゃねぇか!? なんなんだよぉぉぉ、お前はぁぁぁぁぁ!!!?」


 いや、なんだと言われてもなぁ……ごく一般の中学生だけど。


 痛みで悶えるリーダーに、井上と仲間の「赤い小悪魔レッドインプ」達は酷く狼狽している。

 すると仲間の一人が、俺に指を差し「ああーっ!」と叫び出した。


「まさかお前、いつぞやの『頑丈デブ』か!?」


「……頑丈デブだと? ああ、凶犬タカシを病院送りにした、謎のデブか!?」


「いや、けどこいつ痩せてんじゃん……」


「幸城が……あのタカシさんを? 嘘だろ……」


 男達と井上が何やら驚き騒いでいる。

 凶犬タカシ? 誰よ、それ?

 ……ああ、思い出したわ。

 夏休みで、野咲さんに絡んでいたチンピラか?

 俺が平手打ちした奴だったな。生きていて良かったわ(軽)。


 ところで俺、こいつらの間で「頑丈デブ」とか呼ばれていたのかよ……酷いんですけど。


 俺は「どうでもいいや」っと、脂汗が止まらずに蹲っている景山の方へと視線を向ける。


「これって一対一のタイマンでしたよね? 結構、殴られたので、そろそろ僕の反撃ターンでいいですか? 言っときますけど、今の俺が殴ったら、凶犬タカシの時よりも大事故レベルの再起不能になりますからね。覚悟してください」


「い、いや……ちょっと待ってくれ!」


「くれ?」


 俺は口調を変えて眉を顰めた。

 その変貌に、景山は筋肉質の体を震わせている。


「いえ、待ってください……これって最早、殴り合いとかそういう次元じゃないんですけど……」


「それはそっちの都合だろ? マヌケな後輩の頼みで、集団で俺をボコる目的でこんな場所まで連れてきたんだ。んで敵わないと思ったらそのザマか? ダサいと思わないのか?」


「ダ、ダサいです! 俺ら超ダサいです!! すみませんでした!!!」


「反省している?」


「はい! 凄く猛省しています! 更生して真面目に働きます、ハイッ!」


 すっかり半泣き状態で戦意喪失して怯えている、景山。

 こんなんじゃ手を下すまでもなさそうだ。


 だけど、このまま放置するわけにもいかない。

 また馬鹿な復讐を企てられると面倒臭い。


 俺は腕を組み、「ふむ」考え込む振りをする。


「じゃあ景山さん、こうしよう……あんたら『赤い小悪魔レッドインプ』は今から俺の傘下だ」


「え?」


「えって何?」


「い、いえ……どうして僕の名を知っているんですか?」


「どうでもいいだろ。んで、どうするの?」


「はい、僕達は貴方様の舎弟になります! 貴方様が新しい『赤い小悪魔レッドインプ』のリーダーであり、ボスです! テメェらもわかったな!」


 景山は地面に土下座しながら了承し、仲間達にも指示する。

 全員が困惑しながら、「う、うぃす」と返答し承諾した。


「それと『赤い小悪魔レッドインプ』は今限りで解散だからな。今後は『赤き天使の鐘レッドアンジェラス』と改名すること」


「え? ええ嫌だなぁ……なんか厨二っぽいネーミング」


「何か言った?」


「いえ、俺ら今から『赤き天使の鐘レッドアンジェラス』っす!」


「それでいい。『赤き天使の鐘レッドアンジェラス』の主な活動目的は、伊能市の治安を守ること。正直この町の警察は頼りにならない……普段から嘲笑する自分達がよく知っている筈だ。だから俺は『自警団』を組織する。自分達の住む場所は自分達で護るために――共に戦おう!」


 俺は大袈裟に演技しながら手を差し伸べる。

 知力INTも上がったからだろうか、やたら饒舌に臭い台詞が浮かんできた。


 それにこんな連中、この場でブチのめしても、いずれまた他の所で悪さをするに決まっている。

 だったら俺が首輪と鎖を付けて、町の治安を守らせた方が余程マシだ。

 その方がみんな安心して暮らせるし、野咲さんも二度と絡まれなくて済むだろう。


 一方で、景山は何故か瞳を潤ませ感涙している。

 酷く折れている筈の指で、俺の手を掴み握り締めてきた。


「わかったっす! 俺ぇ、目が覚めたっす! これからは幸城さんと共に町の治安を守ります!」


 うん。思いの外、乗ってきたぞ。

 きっと何かのドラマのワンシーンでも思い浮かべているんだろう。

 案外、場に流されやすいタイプのようだ。

 

 とりあえず、これで俺の学生ライフは安泰だろう。


 ――後はだ。


 俺は景山を立たち上がらせると、井上の方を凝視した。

 奴は「ひぃ!」と喉を鳴らし後退っている。


 井上はやりすぎた。

 いい加減、放置するわけにはいかない。


 ここからは俺の復讐ターンだ。

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