第14話 初めての冒険

 淡く灯る魔力が含まれた岩々。

その薄明かりの奥側から、冒険者の装いをした三人の男達が必死な形相で走って来る。

 いや正確には四人だ。

 大怪我をして、ぐったりした一人の女性を男が背中で担いでいた。


 先頭を走る男に見覚えがある。

 騎士風の姿だが、髪の毛が薄く中肉中背の中年男。

 てか、以前からよく知っているおっさんだ。


 名前は、近田こんだ 釟郎はちろう

 確か40代だっけ。

 周りから「コンパチさん」と呼ばれる近所の名物おっさんだ。

 いつもパチンコや競馬場に入り浸り、ろくな定職についていないニートの駄目親父。

 けど数年前から、やたら金回りが良くなり身形も綺麗になった。

 最近じゃ割と高級な自家用車持ち、新築のマイホームを建て、若い奥さんと子供を十分に養っている謎の一面もある。


 この『奈落アビス』にいるってことは、コンパチのおっさんも“帰還者”なのか?

 まさか定職に就かず、冒険者をしていたとは……。

 頑張れば結構な暮らしができるんだな。


 念のため、コンパチ達の《鑑定眼》でステータスを見てみる。

 おっさんを含め、みんなレベル20~25と中々の冒険者達だ。


「コンパチさ~ん!」


 俺は手を振って呼び掛けてみる。

 コンパチは息を荒げながら立ち止まり、俺の姿を見て「ん?」と首を捻り身構えた。


「誰だ、お前!? アイテム強奪目的の奇襲か!?」


 やたら警戒してくる、コンパチとパーティの仲間達。

 そういや、おっさんは痩せた俺の姿を知らないんだっけ。


「違うよ、コンパチさん。俺ですよ、幸城 真乙です」


「……幸城? ああ高校の頃、同級生だった幸城か……俺が密かに憧れていた学園のマドンナちゃんのハートを射止めた不届き者の息子め。けど、あれ? 息子って、そんなに痩せてたっけ? もっと豚々とデブってなかったっけ?」


「ダイエットしたんですよ。それよりどうしたんです?」


「それがよぉ……って、呑気に話し込んでいる場合じゃねぇ! 逃げるぞ、幸城の坊主――もうじき、奴が来るッ!」


「奴ってモンスター?」


「そうだ、『ミノタウロス』だ! 野郎、しつこいったらありゃしねぇ!」


 ミノタウロスってアレだよな?

 よくゲームなんかのダンジョンで遭遇する中ボス的な定番モンスター。

 やはり『奈落アビス』にもいるのか……。


 とりあえず俺はコンパチ達と一緒に逃げることにする。

 そして走りながら事情を訊いてみた。


 コンパチ達は「中界層」のダンジョン21階で、ミノタウロスの群れと遭遇したらしい。

 中界層の中ボス格である、ミノタウロスは単独でも十分に強力なモンスターだ。

 通常なら30階層辺りで出現することが多い。

 ましてや、より下層である46階からの「下界層」でない限り、群れることはまずあり得ないのだとか。


 コンパチ達は慌てて逃げ出すも、三匹のミノタウロスに見つかり、しつこく追跡されて現在に至っているようだ。


「俺らもパーティ組んでいるからよぉ……三匹くらいなら、何とかなると思って戦いを挑んで、二匹まで斃したんだ……けどこうして仲間達が負傷しちまって、魔力切れを起こすわ、回復薬ポーションも底を尽きるわで……仕方なく逃げてきたんだよぉ。もうガチしつけーわ!」


「他の冒険者は? 誰も助けてくれないんですか?」


「あのなぁ、幸城の坊主……基本、他人の獲物を横取りしちゃいけねぇっていう冒険者同士の暗黙ルールがあるんだぜ。おまけに『初界層』じゃ、ミノタウロスに勝てる冒険者は皆無だ……みんな尻尾巻いて別ルートで逃げるか、隠れてやりすごしていったよ」


 なるほど、冒険者にはシビアな部分もあるんだな。

 だから、姉ちゃんも「ソロなんだから、5階層までにしときなさい」と言っていたのか。


 ってことは、今追っているミノタウロスは残り一匹ってわけか……。


 俺は走るのを止め、その場に立ち止まる。

 

「おい、幸城の坊主! 何、止まってんだ! とっとと逃げるぞ!」


「ここは俺が食い止めます! コンパチ達は負傷者を連れて、上に登ってください!」


「なんだと!? てか、オメェ……レベル10の駆け出しじゃねぇか!? しかもステータス、低ぅ! いや普通に駄目だろ!」


 コンパチは《鑑定眼》で、俺のステータスを見ながら呆れた表情を浮かべている。

どうやら《偽装Lv.1》スキルの効果で、本来の能力数値アビリティが低く表示されているようだ。

 尚、スキルのレベルが上がると、美桜のように数値の詳細を隠すことができるようになる。


「俺、盾役タンクなので多少は防げます! やばくなったら逃げますので!」


「マジかよ……わかった! 俺達も負傷した仲間の安全を確保したら、すぐに駆け付ける! それまで持ち堪えてくれ、幸城の坊主ッ! 勿論、逃げてもありだからな!」


「わかりました!」


 コンパチ達は「じゃあな!」と言って、仲間を連れてその場から去って行く。

 普段は駄目なニートおっさんの印象しかなかったが、冒険者としては必死で頑張っているみたいだ。


 このまま一緒に逃げても良かったけど、何故か妙な好奇心が疼いてしまった。

 それに逸早く、仲間の怪我人を救出させてあげたいと思った。


 束の間。


 地鳴りと共に何かが迫って来た。

 遠くからでも、その巨大さが確認できる。

 身の丈、三メートル近くはあるのではないだろうか?

 

 頭部は獰猛な面構えをした闘牛。鋭い両角を生やしている。

 上半身は筋肉隆々の大男風で、二足の下半身は毛深い飛関節で牛の蹄があり、臀部には太くて長い鞭のような尻尾が生えていた。

 片手には柄の長い巨大な戦斧を軽々と持ち、巨躯にもかかわらず軽快に走っている。


 シルエットからして、あいつがミノタウロスなのか?

 俺は《鑑定眼》を発動し、そのモンスターを捕える。



【ミノタウロス】

レベル30

HP(体力):295/305

MP(魔力):102/102


ATK(攻撃力):250

VIT(防御力):150

AGI(敏捷力):45

DEX(命中力):70

INT(知力):20


装備

・巨大戦斧(ATK+50補正)



 ……だ、駄目じゃん。

 防御力以外、勝てる気がしない。

 こりゃ引き寄せて、タイミングを見て逃げる作戦で行こう。


 そう思い盾を前へと翳した瞬間だ。


 ミノタウロスは、こちらの姿を確認するや否や雄叫びを上げた。


「グゥホォォォォォォォォォォォォク!!!」


 恐ろしい程の声量で耳鳴りがしてくる。

 おそらく敵を「混乱状態」にする効果があるのだろうか。

 危なくびびって腰を抜かすところだ。


「ぐっ! 来いよ!」


 奥歯を噛みしめ、剣を抜いた。

 俺の《盾術》と防御力VITなら一撃くらいなら耐えられる筈だ。


 攻撃を防ぎ、カウンターを浴びせる。

 これが盾役タンクとしての戦い方の基本だ。


 そして、ミノタウロスは巨大な戦斧を振り回し突撃してくる。



 バキィッ!



「――なっ!?」


 木の盾があっさり砕け散った。

 そのまま巨刃が左前腕部へと食い込む。


「野郎ッ!」


 俺は臆することなく踏み込み、ミノタウロスの懐に入り剣で斬りつける。

 しかし、奴は素早く身を屈め、頭部の片角で弾き返してきた。

 甲高い音が発したと同時に、今度は「銅の剣」が真っ二つに折れて砕かれてしまう。


「やばっ!」


 こりゃシャレにならんと、俺はバックステップで後方へと下がり距離を置いた。

 戦斧の刃を受けた左腕は無傷だ。

 ミノタウロスの攻撃力を上回る防御力VITの高さと《鉄壁Lv.4》も相俟って防ぐことができた。

 だから痛みもなく、反撃に移れたのだけど……。


「……剣と盾を失った状態で、どう戦えばいいんだ?」


 為す術がない。

 レベルの差がありすぎて、一人じゃ斃すのは無理だと思った。


 対してミノタウロスは圧倒的な強者の風格を漂わせ、唸り声を上げて威嚇してくる。

 威圧的な鋭い眼光で射竦められる度、身が縮むほど戦慄してしまう。


 だけど「逃げる」という選択肢は思い浮かばなかった。


 散々を馬鹿にして虐めてきた井上達や、何かと暴力で脅すチンピラと違い、眼前のモンスターは確実に俺を殺そうとしているにもかかわらず。


 いや寧ろ、気持ちが高揚し闘争心が沸いてくる。


 きっと俺が得た称号:『猪突猛進レックスラッシュ』が影響しているのか?

 後に調べたところ、混乱状態になりづらい精神的マインド補正や強敵が相手でも勇猛果敢に攻める効果があるとか。


 この気持ち、そして心臓の鼓動と高鳴り。

 今まで逃げてばかりの自分じゃないみたいだ。


 ピンチだっていうのに、自然と口角が上ってしまう。


「……面白くなってきたぞ」


 俺は今、二度目の人生において……。


 初めて冒険している――。




※異世界のモンスターは大小問わず「匹」の単位で数えられる。

 但しドラゴン級など超大型モンスターは「頭」で数えられ、造られたゴーレムや生きていないゴースト系のモンスターは「体」となる。

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