第10話 ざまぁ後の難敵

 やれやれどうしたものか。


 こんなに弱いんじゃ反撃できないぞ。

 そういや以前、チンピラに平手打ち浴びせたら、交通事故並みのダメージを与えてしまったけ。

 

 あの頃でレベル6。

 レベル10の俺が、井上達にアレをやったら殺してしまうかもしれない。

 いくら積年の恨みがある連中でも、流石に殺人を犯すわけいはいかんだろ……。

 

 しゃーない。


「わかった、わかった。俺はこうしてポケットに手を入れて何もしないから、10分間だけ好きなだけ殴っていいよ」


 俺はズボンのポケットに両手を入れ、無抵抗ぶりをアピールする。

 井上は目を血走らせ、顔を真っ赤にしながら血管を浮き上がらせて震え出した。


「何がわかっただぁ!? 好きなだけ殴っていいだぁ!? 舐めてんのか、幸城ッ! クズの分際でこの俺をよぉ!」


「どう捉えてもいい……その代わり10分経ったら帰るからな。後、妹や家族に手を出すってなら今後は容赦なく反撃する。そのつもりで来ればいい」


「ふっ、ふざけやがってぇ! お前ら、こいつを囲むぞ! ヤキだぁぁぁぁぁ!!!」


 井上の掛け声で、奴の仲間達は俺の周りを囲み始める。

 どいつも不敵な笑みを浮かべてバキバキと指を鳴らしていた。

 金髪ギャル達もスマホを取り出し、撮影しようと構えている。


 俺は「ふぅ……やれやれ」と溜息を吐き呆れた。


「幸城如きが余裕ぶっこいてんじゃねぇぞ! 殺っちまぇぇぇぇぇ!!!」


 井上が憤怒した形相で、俺に殴り掛かってくる。

 他の仲間達も一斉に攻め込んできた。



 が、



「いっ、いでぇ――っ! 拳がぁ、俺の指が折れちったぁぁぁ!」


「こいつ、なんて硬さなんだ……足がァ、足が痛ぇよぉぉぉぉ!」


「てぇ、鉄の塊を殴っているみたいじゃねぇか!? あがぁ、いでぇ!」


「なんで、こいつは無傷なんだよ!? バケモノなのか!?」


 井上を始め、奴の仲間達は勝手に悲鳴を上げている。

 遠慮なく思いっきり殴り蹴ったおかげで、ほぼ全員が手足を骨折させており、地面に蹲り動けない奴もいた。


「これぞ自業自得だな。今後はしっかりカルシウム取っておけよ……って、まだ、たったの3分じゃん。不良の癖に根性ないな……」


「う、うるせーっ! 幸城がぁ、調子に乗りやがってぇぇぇぇ!!!」


 井上は鬼のような形相で骨折してない方の腕をズボンのポケットに突っ込み、隠し持っていた折りたたみナイフを取り出した。

 その光景に、見物していたギャル達が「キャーッ!」と大声を上げている。


 別に調子なんて乗ってないし……つーか、一方的に殴って自滅したのはお前らだろ?

 それにそんなナイフじゃ、モンスターの爪や牙ほどの威力もなさそうだ。

 念のため鑑定眼で調べたけど、攻撃力が+3ほど上昇する程度か……。


「いいよ。だったら刺しに来いよ、井上君」


 俺は言いながら、ポケットから右腕を出して掌を翳して見せた。


「ただし制服の上は駄目だからな。せっかく親が新調してくれたんだ――まずはこの掌に向けて思いっきり、ブッ刺して来いよ!」


「ハァ、ハァ、ハァ……舐めやがって……幸城ぉ。やってやる……やってやるぞぉぉぉぉ、おおおおおお!!!」


 井上は雄叫びと共に、ナイフの尖端を向けて突進してきた。

 俺は決して逃げることなく掌を翳した状態のまま待ち構える。


 尖端が掌と接触し、パキンっという金属音が鳴った。


 当然ながら俺の掌は無傷だ。代わってナイフが根本から折れてブッ飛んでいる。回転しながら落下し、最後は虚しく地面へと刺さった。


「え? 嘘……」


「これで正当防衛成立だ。今後、二度と俺に関わるなよ――」


 俺は井上に平手打ちを食らわせる。

 勿論、手加減をした上だ。本気を出したら事故レベルどころじゃ済まないからな。


「ぶべばあぁぁぁぁぁぁぁ――……!!!」


 井上はしなやかに吹き飛び、高速に回転しながら倒れ落ちた。

 頬にはしっかりと掌の痕跡がくっきりと描かれており、ほとんどの歯が折れて吹き飛んでいる。

 口や鼻から血を出しながら、白目を向きながら痙攣していた。


 ちょいと、やりすぎたかな?

 まぁ、これまでの所業を考えれば、まだ穏便で済んでラッキーな方だろう。


 これまで井上は、俺の体を傷つけただけじゃない。

 心にも一生消えない傷跡を与えたんだからな。

 その方が罪は重いことを知るべきだ。


 俺は倒れている連中を無視して、金髪ギャル達がいるところまで歩き出す。

 女子らは小動物のように寄り添い縮こまり震えながら怯えている。


 俺は三人のギャル達に向けて、両手で壁ドンをしてみせた。


「ひぃ!」


「な、何よぉ! あたし達、何もしてないじゃん!」


「お願い、許して……」


 俺は壁ドン姿勢のまま、三人を上目遣いでじぃっと見つめた。

 普段の俺は平凡でのほほんとした親父似の顔立ちだが、こういう場面では目尻が上がり美桜のように知的で凛とした感じになる。


「そのスマホで撮った映像……今すぐ、俺のスマホに送ってくれる? それから必ず消去して欲しい……キミ達も彼氏にようになりたくなかったらね」


 一応、真剣な口調と眼差しを向けて、丁寧にお願いしてみる。

 すると、何故かギャル達は頬を染めて、もじもじと体をくねらせてきた。


「……いいよぉ、別にぃ」


「だったら、メルアド交換してよね?」


「カ、カッコイイ~、ガチ惚れ♡」


 何だ? なんだか急にデレ始めたぞ……まぁいいか。


 それから金髪ギャル達とメルアドを交換し映像を送信してもらった。

 念のための証拠として残すためだ。

 姉ちゃんの話だと、異世界の力を悪用する“帰還者”を取り締ろうとする『おっかない人達』が存在し粛清対象としているらしい。

 俺は“帰還者”じゃないけど、これほどの規格外の力……どう見ても対象になるだろう。

 だから正当性をアピールできるようにしなければと考えた。


 送信後、ギャル達は「映像ちゃんと消しておいたからね~、マオトぉ!」っと、いつの間にか勝手に呼び捨てにされ、自分達のスマホを見せながらアピールしてくる。

 さらには、「周囲は勝手に言っているけど、あたし達は井上の彼氏じゃないしセフレの関係でもないから誤解しないでよね!」とか「あんな糞ダッサイ連中とは、もう縁を切るから」とか「マオトってどんな子が好み?」など、まったく関係ないことを言ったり聞いてきたり。

 俺も面倒くさくなったので「はいはいはい、わかったよ。羽目を外さない程度にすればいいんじゃない?」と適当に言って別れた。


 なんだか、井上達よりもギャル達に疲れたんですけど……。




 翌日、井上は学校を休んでいる。

 仲間達も同様のようだ。


 担任の教師から「理由は知らないが酷い大怪我をして、しばらく入院するらしい」と簡潔な説明があった。


 どうやら俺とのことはチクってないようだ。

 まぁ、チクれるわけないよな……これまで散々、俺を虐めてきた連中なのだから。

 それに俺は平手打ち一発だけだからな。

 11人掛かりでボコスカ殴って勝手に自滅したのは奴らだし、その映像も証拠としてあるわけだし……見せても信じてもらえそうにないけど。

 なんなら俺だって傷害で訴えたっていい。姉ちゃん、前周じゃ弁護士だったしな。

 無傷だけど、井上にナイフで切りつけられたことは事実だ。


 それよりも困ったことが起きてしまった。


「マオト~っ!」


「ねぇ、何してるの?」


「放課後、カラオケに行く~?」


 例の金髪ギャル三人が度々、教室に入っては俺にちょっかいを掛けてくるようになってしまった。

 彼女達の名は「明美」、「祥子」、「夏希」というらしく、時折雑誌のモデルをしているらしい。

 井上とは学校一の不良と呼ばれているだけに、一緒にいたら箔がつくという目的でつるんでいただけと話していた。

 何故か「今時のギャルは操が固いんだぞ!」とえらく強調されてしまう。


 確かに言われてみれば昨日は派手なメイクでケバかったが、今日のメイクは控えめで三人とも可愛らしく感じる。

 あれだけ胸をはだけさせてエロっぽい格好をしていたが、今はそれなりに正しく制服を着こなしているようだ。


 まさか俺が「羽目を外さない程度にすればいいんじゃない?」という言葉を真に受けたのか?


 とはいえ……。


「悪いけど、俺は忙しいんだ。また今度ね」


 つーか、俺に関わらないでくれと思った。


「え~っ、つまんな~い。けど、あたし達って推し・ ・には尽くすタイプだからいいよ~ん」


「そうそう、もう結成したしねぇ」


 明美と祥子が微笑みながら意味ありげに言ってくる。


「推しだって? 結成って何がだよ?」


「マオト親衛隊だよぉ。マオトはあたし達の激推しだから~」


 夏希の言葉に、俺は大口を開けて驚愕した。


 はぁ!? しっ、親衛隊だってぇ!?


「嫌だぁ何それ!? 俺なんか推してどうするんだよ!?」


「いいじゃん。昨日のマオト、めちゃカッコ良かったもん」


「特に壁ドンされた時は……ガチでときめいたわぁ」


「リアルであんなことされたの、マオトが初めてだからね」


 やめろ、その言い方! 他の連中が誤解すんだろうがッ!

 ところで何でそうなるんだよぉ!?


 やべぇ……実はこのギャル達が一番の難敵だったかもしれない。

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