第9話 黒歴史の中学生活

「――おい! 誰だ、お前!? そこは幸城っていうクソデブの豚野郎の席だぞ!」


 夏休みが終わり、憂鬱な中学三年の二学期が始まった。

 教室に入り席に座った途端、クラスメイトの男から罵声を浴びせられてしまう。


 奴は井上いのうえ 秀吾しゅうご

 短めの金髪に耳と鼻にピアスをした学年一の不良で問題児だ。

 体格も大柄で鍛えているだけあり筋肉質。

 噂だと半グレとつるみ、バックに着いているらしく相当イキっている男だ。

 また喧嘩も強く、顔立ちもそこそこなので一部の女子にモテていた。


 そして中学時代、俺の黒歴史を作った張本人であり虐めの主犯格である。


 トラウマを刷り込まれた俺は、井上の声を聞いただけもびくんっと体が反応してしまう。


「い、いや……俺、幸城だけど」


「……はぁ? 嘘つけ。お前みたいな痩せっぽっちが、あのクソデブの『幸城 真乙』なわけねーだろ!? すっとぼけやがってどこのクラスだ、テメェ!」


 井上は制服の胸ぐらを掴み、俺を持ち上げようとする。

 けど全く持ち上げてくる気配がない。

 当人は顔色を真っ赤にさせた必死の形相で「う~っ!」とか唸っているけど、俺はびくともしない。


 あれ? 井上って……こんなに非力だっけ?


 冷静になって見ると、まったく怖くないな……こいつ。

 小ダンジョンで遭遇したモンスターの方が本気の殺意があってヤバかった。


 間もなくして、教師が入ってくる。

 井上は「チッ!」と舌打ちして手を離して自分の席に戻った。


 ホームルームが始まったが、クラス中のみんな視線が俺に注がれていることに気づき始める。


「……あ、あいつ、本当に幸城なのか?」


「ガチで? 夏休み中にダイエットでもしたのか? けど、あの変貌ぶり……ラノベかアニメかよ!」


「でも少し、カッコイイかも……」


 聴力が良くなったのか様々な声が耳に入ってくる。

 まだ魅力CHA値が「0」にもかかわらず、思い外女子ウケがいいのは嬉しかった。


 蛇足になるけど、激痩せしたおかげで以前の制服が着られなくなり、両親が気を利かせて新しい制服を新調してくれた。卒業まで半年くらいなのに無理をさせてしまったかもしれない。



 無事に授業が終わった放課後。


「おい、クソデ……いやクソ城ッ! 校舎裏まで来いや!」


 井上が睨みながら近づき声を掛けてきた。

 もうデブや豚じゃないから言えないので戸惑っている様子だ。


「いや行きたくないんだけど」


 早く帰って鍛えたい。

 週末、ギルド登録して初のメインダンジョン『奈落アビス』に挑むため、レベリングをしていきたいからな。

 こんな奴のために無駄な時間は費やしている場合じゃない。


「幸城、テメェ……ちょっとイメチェンしたからって調子に乗ってんじゃねぇぞ! かわいい妹にちょっかいかけていいのか! ああ!?」


 井上の言葉に、俺は瞼を痙攣させた。


 妹の清花は俺が虐められていることを知らない。姉の美桜も同様の筈だ。

 15年先の未来においても、彼女達が巻き込まれることは決してなかったし、そこだけ奴はずる賢かった。


 特に井上は、美桜のことを恐れていた。


 何故なら姉ちゃんの陰湿で執念深さは超有名だったからだ。

 ちなみに身内が受けた仕打ちは別の形で倍以上に返すタイプである。

 そういう意味では異世界に転移する前から最強の姉だったと思う。


 したがって井上も中二頃まで、俺を無視して嫌がらせをしながら陰口を言うだけで止まり、それほど目立ったことはしてこなかった。

 だが美桜が卒業したと同時に態度が一変し、過激な暴力を振るうようになる。


 まるでサンドバッグのように殴る蹴るの暴行される日々。

 時に全裸にされ、画鋲で作ったダーツで刺されたりもした。


 そして最後は必ずこう言ってくる。


「おい、クソ豚ッ! ぜってぇ、美人の姉ちゃんにチクんなよ! チクったら妹を犯し、テメェの家に火を付けてやるからなぁ、ケケケ!」


 脅しだと思ったが本当にやられたらシャレにならない。

 それに……できるだけ美桜と清花には知られたくなかった。

 これ以上、情けない弟で兄だと思われたくなかったから……そんな安いプライドも働いてしまい何も言えなかったと思う。

 俺が我慢していれば事は済むだろうと安易に考え、卒業するまでずっと耐えて辛抱してきた。

 そして頭の悪い井上とは別々の高校だったので、あの頃の解放感は今も鮮明に覚えている。


 あっ、だからか……初期のステータスで《忍耐Lv.10》を習得していたのは。


 けど、今はそんなことより――。


 俺は毅然とした態度で、井上と向き合う。


「――わかったよ。けど妹に手を出すのなら、俺にも考えがある」


「お、おぅ……だ、だったらついて来いよ!」


 一瞬だけ躊躇する井上だったが、周囲の目もあり威勢を張り開き直っている。

 俺は頷き、奴の後ろについて行った。



 裏校舎には、既に他の生徒達が集まっている。

 10人ほどの男子達、よく井上と一緒になって俺に暴行を加えていた仲間達。

 それと井上とつるみ奴のセフレと囁かれていた、あえて胸の谷間を見せ派手な格好した金髪ギャル女子学生が3人ほど。


 しかし全員が俺の姿を見るや、ざわめき始めた。


「しゅ、シュウちゃん……そいつ誰?」


 仲間の一人が、井上に尋ねてきた。


「……幸城だ」


「ええっ!? 嘘だろ!」


「いやいや、どう見ても別人だろ!」


「一ヶ月やそこらで、そんなに変わるか普通!?」


 連中の誰一人、俺だと信じていない。


「ねぇ……本当に幸城なの? ヤバくない?」


「顔はなんとなく、あいつだよね……けど、いい身体してんじゃん」


「うん……ちょいタイプかも」


 ギャル達はなんとなくだが、俺だと信じ始めている様子だ。

 割と高評価気味なので、なんだか自信がついてきた。


 井上は俺と向き合うと額に血管を浮き出させ、イラついた表情で俺を睨みつけてくる。

 その態度に、どうしてそこまで俺を嫌うのだろうと思えてきた。


「テメェが幸城だろうが、どうでもいいんだよ! いつもいつもムカつくんだ、テメェはよぉぉぉ! ああっ!」


「俺が何したってんだ? 参考までに教えてくれよ」


 いくら凄まれても全く怖くないので、落ち着いた口調で訊いてみた。

 高校で片想いの野咲さんに会った際、嫌われないよう自覚して配慮しようと考えながら。


「教えてやらぁ! テメェは冴えない糞豚デブの分際で、あんな美人の姉貴や可愛い妹に囲まれてんだろうがぁぁぁ! しかも二人に大切にされやがってよぉぉぉ!! 家畜以下の無能の存在で目障りなんだよぉぉぉ、ああ!!!」


 ……何、そのどうしょうもない理由。

 聞くだけ無駄だったわ。


 んなもん生まれた環境だもん、仕方ないだろ。

 お前だって仲間とギャルに囲まれ、好き放題暴れて羨ましいじゃないか。

 いや、どうでもいいかな……こんな奴。


 しかしこの剣幕だと、俺は井上達に集団リンチを受けてしまうようだ。

 このまま、みすみす殴られるのも腹が立つから今回は戦ってみようかな。


 どれどれ、まず《鑑定眼》で井上のステータスを見てみるか。



【井上 秀吾】

職業:なし

レベル3

HP(体力):20/20

MP(魔力):1/1


ATK(攻撃力):8

VIT(防御力):5

AGI(敏捷力):5

DEX(命中力):5

INT(知力):-20

CHA(魅力):10


スキル

《逆ギレLv.1》……理不尽な理由で怒ることで攻撃力補正+5

《恐喝Lv.3》……脅すことで30%の確率で相手を混乱状態にする。


称号:弱者殺しウィークキラー



 よ、弱っ……え、えーっ。


 井上ってこんなに弱かったのかよ……あんなマッチョな体して。

 ヘイナス・ラビットの方がよっぽど強いじゃん。

 もう、ちゃんと鍛えろよ……。


 けど魅力CHA10って、俺より高数値でムカつく。

 だからギャル達をはべらせているのか……なんて羨ましい。

 いや違う! 俺は野咲さん一筋だからな!


 しかし地味に面白いスキルも持っているぞ。

 なるほど……俺は《恐喝》スキルでびびらされていたのか。

 こうしてネタがバレてしまうと大したことないけどね。


 にしても、『弱者殺しウィークキラー』の称号って……そのままじゃね?

 逆にウケるんですけど(笑)。


 他の連中も《鑑定眼》でステータスを覗くも、どいつもレベル1~2だったりと話しにならない。


 ……あのぅ、ごめん。


 レベル10の俺が本気になったら、全員瞬殺なんだけど……いやガチで。

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