第7話 思わぬ遭遇

「……あ、あのぅ。その子、どう見ても嫌がっているから放した方がいいですよ」


 俺が注意を呼び掛けると、二人の男達は鋭い眼光で睨んできた。


「んだぁ、デブ! テメーに関係ねぇだろ、ああ!?」


「豚が、とっとと消えろ! それともやんのかぁ!?」


 ふん、デブだの豚だのボキャブラリーのない悪口だぜ。

 んなの言われ慣れてんだよ!


 とはいえ、生まれてからまともに誰かと争ったことがない俺。

 昼間、ようやくモンスターと初戦闘を終えたばかりだ。

 レベルも上がり、少しは自信がついたけど、誰かと殴り合う度胸はない。


 ここはなんとか穏便にすませよう……。


「け、警察呼びますよ!」


 俺はジャージのポケットを膨らませて、さもスマホを持っている振りをする。

 実際は家に置いてきたままだ。

 だから予め通報することもできなかった。


「バーカ、この町の警察なんてすぐに来ねーよ! 15分以上かかるっつーの!」


「その前に、テメェをボコって立ち去りゃいいだけだろうが!」


 流石よくご存じであります。

 だから治安が最悪なんだよ……。

 

 男の一人が嘲笑いながら、俺に近づいてくる。

 向き合った途端、いきなり拳を振りかざしてきた。


「ギャハハハッ! 糞豚野郎ッ、とりあえず死んでけや!」


「うぐあぁ――って痛くない」


 男は俺の顔面に目掛けて殴り掛かり、その拳は俺の鼻骨に強打する。

 だが全然痛くなかった。

 柔らかいスポンジが当たった程度の感触だ。


 それどころか。


「い、いでぇぇぇぇっ! こ、拳がぁ、指が折れちまったぁぁぁ!!!」


 男は蹲り、青ざめながら必死で拳を押さえていた。

 確かに、中指が紫のブス色であり得ない方向へと曲がっている。


「おい、タカシ! どうした!? クソデブ、テメェ何をしやがった!?」


 少女の腕を掴んでいる、もう一人の男が叫んでいる。


「……何もしてませんよ。見てたじゃないですか?」


「こ、この野郎……よくも!」


 タカシと呼ばれ拳が折れた男は、ポケットに手を入れ金属の棒を取り出した。

 腕を上下に振るうと、金属の棒はシャキッと音を立てて3倍ほど伸長する。


 特殊警棒だ。

 あんなのに殴られたら痛そうだな。

 

 タカシは容赦なく空を切らせ、俺の頭頂部に特殊警棒を振り下ろしてきた。

 

「う、嘘だろ!?」


 もろに殴られるも、逆に特殊警棒の方がぐにゃりと曲がった。

 やっぱり痛くない、ノーダメージだ。


 驚愕する男を他所に、今度は俺が右腕を大きく振り翳した。


「……かれこれ二発殴られたので、一発くらいお返ししてもいいですよね?」


「へっ――ぶほぉぉぉぉぉぉ!!!?」


 俺は力を込めフルスイングで、タカシの頬に向けて平手打ちした。

 するとタカシは奇妙な悲鳴を上げると同時に宙を舞い吹き飛んでいく。

 その勢いで地面を滑り、何度か転がりながら電柱に衝突して動かなくなる。


 タカシは顔面を張らしたまま、白目を向いている。


 あれ……これって事故レベルじゃん。

 まさか、これほどまで大ダメージを与えてしまうとは思わなかった。


「す、すいません! 大丈夫ですか!?」


 俺は駆け寄り、タカシの安否を気遣う。

 意識こそ失っているが、辛うじて生きている。


「な、なんなんだ!? なんなんだよぉ、テメェ!?」


 少女の腕を掴んでいた男は手を放し、戦慄しながら後退りしている。


「あのぅ、逃げるのは勝手ですけど、お仲間さんを回収してもらっていいですか? 僕、実はスマホ持ってなくて救急車も呼べないので……はい」


「う、うるせぇ、バーカ! 言われなくてもそうするわ! ちくしょう、覚えていろ!」


 男は捨て台詞を吐き、気を失っているタカシを担いで立ち去って行った。


 俺は「ふぅ……」と溜息を吐きながら、自分の頬をつねってみる。


 普通に痛い。


 あれだけ殴られたのに、まったく痛みを感じなかった。

 考えてみれば、ヘイナス・ラビットに噛まれても毒に侵されたとはいえ、ノーダメージだったからな。

 きっと防御力VITに極振りしていることが影響しているのだろう。

 しかも戦闘時は、《鉄壁Lv.2》が発動するから尚更だ。

 要するに物理的攻撃では、ほぼ無敵なのかもしれない。


 こうして頬をつねって痛みを感じるってことは、戦闘時に限ってなのだろうか?

 とにかく日常生活を送る上では問題なさそうだ。


「あ、あのぅ……大丈夫ですか?」


 助けた少女が声を掛けてきた。


「大丈夫です。こう見ても鍛えてますから――うっ!?」


 俺は振り返り、彼女の顔を見つめた。

 そして驚愕する。


 少女はあまりにも美しく可憐で神秘的だった。

 真っすぐで可愛らしいセミロング・ヘア、物静かそうで綺麗な顔立ち。

 色白の柔肌は清楚な雰囲気を醸し出し、華奢でスタイルも丁度良く感じる。

 

 俺にとって天使であり、まるで健気に咲いた一輪の花のような少女。


「……の、野咲さん?」


「はい?」


 そう。

 俺の初恋で告白したいと目指している、片思いの美少女。

 来年、同じ高校で出会うことになる。


 ――野咲のざき 杏奈あんな


 何故、彼女がこんなところに?

 結構、俺ん家から近いんだけど。


「どうして、わたしの苗字を知っているんです?」


「え? いや……そのぅ」


 しまった!

 今の段階では、俺は彼女とは初対面だ。

 中学も違うし顔馴染でもなんでもない。

 下手したらストーカーと間違われるんじゃね?


「ああ、これですね……」


 野咲さんは言いながら、地面に散乱している物の中から手帳を拾い上げた。

 生徒手帳と書かれている学生証のようだ。

 顔写真はないが大きく名前が表記されている。


 彼女が言うには、さっきの男に腕を掴まれた拍子に、他の所有物ごとバックから落ちてしまったらしい。


「ええ……そんなところです。ハハハ」


 セ、セーフ。なんとか誤魔化すことに成功したぞ。

 俺は笑ながら、野咲さんと一緒に手鏡やブラシなど拾って彼女に渡した。


「ありがとうございます……何から何まで」


「いやぁ、それほどでも……ハハハ」


 優しく微笑む、野咲さん。

 中学の時も綺麗で可愛かったんだなぁっと思った。


 それにとてもいい雰囲気だ。

 高校じゃほとんど会話したことがなかっただけに……。


 俺は懐かしい想いに浸っていると。


「杏奈ッ、無事か!? お巡りさん、こちらです!」


 遠くの方で男の声が聞こえる。

 同い年くらいの少年が警察官を先導しながら現れた。


 爽やかそうな黒髪の男子で、すらりとした高い身長。

 顔立ちも良く整った容貌で、品のあるイケメン風。

 明朗快活そうで、アイドルや俳優と思われても可笑しくない。


 俺はこいつ……いや彼のことを知っている。

 野咲さんの幼馴染で、以前から付き合っていたと噂されていた男。

 高校時代のクラスメイトでもある。


 渡瀬わたせ 玲矢れんやだ。


「玲矢くん!」


 野咲さんは声を弾ませ、渡瀬に近づく。

 安心した表情を彼に向けていた。

 その寄り添う様子に、俺の胸はズキンと痛み疼いてしまう。


「あれ? 杏奈、さっきの連中は?」


「うん、大丈夫。この人が助けてくれたの」


「……どうも」


 俺はぺこりと軽く頭を下げて見せる。


 渡瀬が連れて来た警察官は特に調べることなく、「何でもないようなので自分達はこれで」と持ち場へと戻っていった。

 つーかドラマ並みに抜群の遅さできやがったな。


 渡瀬も俺に向けて深々とお辞儀をしてきた。


「幼馴染を助けて頂きありがとうございます」


「いや、いいよ……別に、大したことはしてないから。それじゃ……」


 俺はたどたどしい口調で素っ気なく答えた。

 背を向け、足早に立ち去ろうとする。


 ――早くその場から離れたかった。


 せっかくタイムリープして想い人に再会できたのに……。

 心が躍り舞い上がるくらい凄く嬉しい筈なのに……。


 さっきまでの気持ちが興覚めしてしまった。

 いや、そうじゃない……違うんだ。


「あのぅ!」


 野咲さんが俺を呼んでくる。

 その声に思わず足を止めてしまった。


「……何か?」


「わ、わたし野咲 杏奈といいます! お名前、教えて頂けませんか!?」


「……幸城 真乙です。じゃあ、これで」


「幸城さんですね……本当にありがとうございました!」


 素っ気なく答える俺に、野咲さんはお礼を言いながら頭を下げて見せる。

 俺は軽く手を振って、ジョギングの続きと言わんばかりに駆け足で去って行く。


 ……クソォ。


 偶然とはいえ、今の段階で野咲さんに会いたくなかった……。

 せめて痩せて魅力CHA値のマイナスを脱却した状態で再会を果たしたかった。

 自信を持った状態で、彼女に近きたかったのに……。


 それでも途中までは良い雰囲気だったんだ。

 

 あいつ・ ・ ・が現れるまでは――。


 渡瀬 玲矢。

 俺は昔から奴を嫌っている。

 野咲さんが唯一気を許した、幼馴染や彼氏ポジだからという理由だけじゃない。


 何故なら高校一年の時――。


 渡瀬は野咲さんを見捨て……彼女を死に追いやった男だからだ。

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