第8話 疑惑と目標達成

 高校一年生の頃。


 野咲 杏奈は虐めを受けていた。


 クラスのカースト上位である陽キャ共によってだ。

 なんでも女子の一人が、常に傍にいる『渡瀬 玲矢』に惚れていていたことが原因だったらしい。

 渡瀬から野咲さんを引き離すのが目的だったのか、彼女は酷く陰湿なことをされていた。


 けど大人しくお淑やかな野咲さんは何も言えず、いつも我慢していたと思う。


 そんな状況がしばらく続いた、クリスマス・イヴの日に……。


 ――野咲 杏奈は忽然と姿を消した。


 一部では虐めを苦に自殺したのではないかと囁かれていた。

 けど遺体とかは見つからず、葬儀すら行われていない。


 俺達クラスメイトの間で失踪したとか、『神隠し』に遭ったという噂もある。


 さらに……実は、渡瀬に殺されたのではないかという疑惑すら浮上していた。


 野咲さんが失踪後、渡瀬は三学期に何度か学校に来ている。

 しかし間もなくして、渡瀬も同様に姿を消していた。


 奴もまた失踪扱いとなり、俺が30歳となった頃でも姿を見た者はいないと聞いている。

 きっと野咲さんの後を追ったのだろうと憶測されていたが、俺はそうは思わない。


 渡瀬は野咲さんの幼馴染で付き合っていると言われているだけに、唯一彼女が心を開く存在だったことは間違いない。

 現に野咲さんに寄り添い、優しく慰める仕草こそあった。

 だけど決して彼女を庇うことなく、ましてや虐めている連中に何か言うことは一切なかったからだ。


 俺には渡瀬が被害を免れるため、野咲さんから距離を置いているように見えていた。

 そんな男が彼女と心中目的で殺めるとは思えないし、動機とて薄いだろう。

 きっと別の理由で姿を晦ましたと割り切っている。

 

 でも、渡瀬は何もせず野咲さんを見捨てたことに変わりない。

 常に傍にいながら守ろうとさえしなかった。


 俺はそんな渡瀬がずっと許せないでいる。


 とはいえ、当時の俺も外野のモブであり、野咲さんに何もしてあげれなかった。

 中学時代のトラウマもあり、今度は俺が陽キャ共に何かされるかもしれないと内心びびっていたと思う。


 本当なら静観していた俺も同罪だ。

 渡瀬を嫌い憎むことは筋違いだと思うし、その資格もない。


 ――だから、姉ちゃんから『タイムリープ』の話を持ち掛けられた時、俺は迷うことなく話に乗った。


 15年前に戻り、俺が野咲さんを救ってみせると誓った。

 そのために努力し彼女を守れるくらい強くなると決めたんだ。


 本当なら高校で、野咲さんに再会して友達として接しながら彼女を守り、俺の気持ちを告白したい。

 幼馴染の「渡瀬 玲矢」から野咲さんを奪い――俺が彼女を守ってみせる。

 そう決めていたんだ。



「……予定が狂ったけど、野咲さんに会えたのは良かったかな。変わらず可愛かったし……よし! モチベを上げて頑張ろう!」


 俺は気を取り直し、さらに気合を入れて家に帰った。



 それからも特訓は続いている。

 あの後も、小ダンジョンで探索しながらモンスターと何度か戦闘した。


 装備の方は、姉の美桜に頼み借金して最低限の武器や防具を購入する。

 なんでもギルド通販で売っている、『駆け出し冒険者セット』で10万円もしたらしい。

 もうぼったくりじゃないかと思った。



「真乙ぉ、お姉ちゃんと訓練するぅ?」


「えっ、なんの?」


「戦闘訓練よ。剣術とか素人でしょ? いくら防御力VITが高くても、また毒に侵される可能性だってあるし、対人戦だって《貫通》スキルとか持っている奴と遭遇したら、もろダメージを受けるわよ」


「対人戦って……モンスター意外と戦う機会があるってのか?」


「ええ、異世界の“帰還者”よ。たまに変なのがいるの。例えば『アイテム強奪』や『装備狩り目的』でね……時に命を奪い合いになることさえあるのよ」


「マジで……警察に掴まったりしないの?」


「まさか。“帰還者”に現実世界の法は適用されないわ。一般人にスキルとか魔法なんて信じるわけがないでしょ? 遺体だって消滅すれば証拠残らないし」


「そんな無茶苦茶な……けど俺が過ごしてきた時代じゃ、そんな大事になるような事件はなかったような」


 あれ? でも行方不明者は多かったよな。

 現に野咲さんや渡瀬なんか……まさかね。


「一応、“帰還者”を管理して粛清する『おっかない人達』ならいるわ……けど真乙の場合、関わらない方がいいかも」


「俺が“帰還者”じゃないからかい?」


「そうよ。万一、関わるようなことがあったら、お姉ちゃんの名前を出して弟だって名乗りなさい。そうすれば粛清されずに済むからね」


「……わかった。そうする」


 粛清か……う~む。

 異世界や“帰還者”のことを知れば知るほど、深い闇に入り込んでいくような気がする。

 知らぬが仏。あるいは二度と抜け出せないぞ的な。

 

 けど後悔はしない。

 俺は変わると決めたのだから。


 それから小ダンジョンで、美桜に戦いの訓練を度々施された。

 

 姉は自分の装備を出すことなく、木製のすりこぎ棒で容赦なく俺を叩いてくる。

 どうやら彼女は《貫通》スキルの進化系である《穿通Lv.10》を所持しており、鎖帷子を纏っていても神経に突き刺すような激痛に襲われた。


「超痛ぇッ! う、嘘だろ……防御力VIT、関係ねーじゃん!」


「ステータスに頼ってないで防御術も学びなさい。じゃないと『奈落アビスダンジョン』には行けないわよ」


 これがレベル65(偽装らしい)……勇者の実力なのか?

 すりこぎ棒も魔力か何かでコーティングされているようでやたらと硬い。


 それにしても、姉ちゃん……。

 普段はやたらと甘やかしてくる癖に、戦闘時は意外とスパルタなんだな。


 しかしそうでないと困る。

 この際、徹底的に鍛えてもらってレベリングだ!




 そして夏休み最終日。


「お兄ちゃん、随分と痩せたねぇ」


「真乙、いくらなんでも痩せすぎじゃないの? そんな短期間で……栄養とか大丈夫?」


 妹の清花と母さんが、俺の姿を見て驚きながら感想を述べている。


「姉ちゃんに立ててもらったメニュー通りにしただけだよ。別に無理なダイエットはしてないぞ」


「うん、あたしはカッコ良くなったと思うよ。けど、やっぱりお父さん似だね?」


「清花……それだけは言わないでくれ」


 俺は溜息を吐きながら、脱衣所に向かった。

 上着を脱ぎ、鏡で自分の肉体を確認する。


 ――完璧な痩せマッチョ。


 無駄な脂肪が一切なく、《強制試練ギアスアンロー》の効果もあり、急速なダイエットにもかかわらず肉割れや皮膚のたるみも見当たらない。


 だがしかし。


「……やっぱり顔は父さん似なのか? 仕方ないや」


 可もなく不可もない容貌。純朴そのものだ。

 まぁ目尻を上げれば、少しは姉ちゃんぽく引き締り凛とした感じになるだろうか。

 とにかく太っていた頃よりは遥かにマシだろう。


 さらに鏡越しで《鑑定眼》を発動させた。



【幸城 真乙】

職業:なし

レベル:10

HP(体力):80 /80

MP(魔力):50/50


ATK(攻撃力):100

VIT(防御力):350

AGI(敏捷力):30

DEX(命中力):35

INT(知力):30

CHA(魅力):0


SBP: 0


スキル

《鉄壁Lv.4》《鑑定眼Lv.3》《不屈の闘志Lv.4》《毒耐性Lv.3》《剣術Lv.2》《盾術Lv.3》


魔法習得

火炎球ファイアボールLv.1》


称号:猪突猛進レックスラッシュ



 ついに目標だった、レベル10に到達していた。


 ようやく魅力CHAもマイナス数値の脱却に成功したぞ。

 後は少しずつプラスに足していけばいい。


 そして普段通り、防御力VITを中心に全能力数値アビリティを上げてみる。

 以前、姉ちゃんから聞いた“帰還者”と戦う場合を想定し、欠点は少ない方がいいと考えた。

 攻撃力ATKも三桁にしたし、通常のレベル10でも十分に強い方だと、姉ちゃんも言っていたからな。


 さらに知力INTを上げることで、新しい魔法を一つ覚えた。

 ほぼ定番であろう炎球系の攻撃魔法だ。

 姉ちゃんに散々しごかれ、《剣術》と《盾術》も覚えたし、戦闘力もアップしたのは間違いない。


 しかも痩せたからか、新たな称号も「豚」と表示されなくなったのは嬉しい。

 『猪突猛進レックスラッシュ』か……今ノリノリの俺に相応しい称号じゃないか。


 あれ、待てよ……「猪」も「豚」と同じ系統だっけ?


 と、とにかくだ。


 これで、ギルド登録してメイン・ダンジョンと言われる『奈落アビス』で、探索することもできる。


「真乙、ギルドには来週の休日に行きましょう。それまで学生しているのよ」


 ドア越しで、美桜が言ってきた。


 げぇ! そういや明日から学校だ。

 ……面倒くさ。

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