第3話 レベルアップ

「……はぁ、はぁ……ひぃ」


 姉の美桜に放置され、俺は地べたに這いずりながら家に戻っている。

 歩くどころか立つことすらままならない。

 全身が異常に重く、少し動かしただけでも激痛が襲ってくる。

 本来、五分くらい歩いて帰宅できる距離がかれこれ一時間が経過していた。

 

 施された《強制試練ギアスアンロー》の効果によって。

 これ特訓なんだよな……決して呪いとかじゃないんだよな?


 幸い深夜の時間帯で人通りの少ない路地なのが幸いなのだが……。


「なんりゃ~、兄ちゃん? 財布でも落としたかぁ~?」


 サラリーマン風のおっさんに絡まれてしまう。

 ほろ酔い気分で明らかに酔っ払いの千鳥足だ。

 今の俺にとって歩けるだけでも羨ましいけどな。


「……な、なんでも、ないです。ほ、ほっといて」


 駄目だ。喋るだけでも体力が消耗してしまう。

 どうかほっといて欲しい。

 見て見ぬ振りをするのも優しさだからな。


 俺は苦痛に耐えながら、1ミリでも前に進もうと少しずつ指先を動かす。


 何故かおっさんは「おっ?」と愉快そうな笑みを浮かべる。

 するといきなり俺の背中に跨り馬乗りになった。


「ぐおっ!?」


 ズキンと突き刺さるような痛みと加重が背筋に襲ってくる。


「進めぇ! 冒険豚足号ぉ、ヒャハハハハッ!」


 妙にテンションを上げ歓喜している酔っ払いのおっさん。

 こいつ、ふざけるなよ! 誰が豚足号だ!?

 とっとと降りやがれ!


 10分くらい弄ばれ、おっさんは「あ~き~た」と言い離れて去って行った。


 ムカつきながらしばらく進むと、今度は野良犬に遭遇する。

 いや首輪をしているところを見ると放し飼いだろうか?

 たまにいるんだよ……無責任な飼い主が。


 犬は俺に近づくと「クゥ~ン」と鼻を鳴らして頬を舐めてくる。

 普段ならくすぐったいところだが、今の俺にはやすり棒で強く擦られているほどの痛みでしかない。


「あ、あっち……行け、こら!」


 必死で声を張り上げ追い返そうとする。

 犬はビクっとすると、何を思ったのか片方の後ろ足を上げ始めた。


 おいおい、その姿勢ってまさか……う、嘘だろ?


 案の定。犬め、やりやがった。

 俺の頭部に目掛け聖水おしっこが注がれる。

 これも通常なら生温かいで済むのだろうが、今の俺にとっては熱湯をぶっかけられたような激痛だ。


「あぢぃ、臭せぇ! クソォ、テメェ!」


 俺はブチギレ、必死で腕を振るいまくる。これまでにないほどの機敏な動きを見せた。

 怒りのあまり重圧と痛覚を超えた瞬間だ。


 犬はびびって俺から離れて行く。

 ぽつんと取り残される形となった俺は、這いずりながらひたすら前へと進む。


 もう散々だ……。


 いや、これは俺が望んだこと。


 ――異世界流の試練だ。


 これを乗り越えなければ、俺は変われない。

 また同じ人生を歩むだけだ。


 ――だから絶対に変わらなければならない!


 そう強く念じた時、勝手に《鑑定眼》が発動した。

 レベルアップしたのかと思ったけど、何かメッセージが浮かんでいる。

 とりあえず確認してみた。



スキル

 《忍耐Lv.10》→《鉄壁Lv.1》に進化しました。

 《不屈の闘志Lv.1》を習得しました。

 


 マ、マジっすか!?

 姉ちゃんの言う通り、スキルが進化したぞ!

 しかも新たなスキルまで獲得した!

 

 なになに……。

 《鉄壁》は防御力VITの補正が×2となるか。

 俺の数値は「20」だから、実質「40」となる。

 そしてスキルレベルが上がるほど、補正数値も増えていくらしい。

 こりゃ磨けば相当強力なスキルだぞ。


 また《不屈の闘志Lv.1》は、体力HPが「0」になる致命的な攻撃を受けた時に、10%の確率で「HP:1」で耐えることができる。

 これもスキルレベルが上がれば生存確率が増えていくスキルのようだ。


「す、凄いじゃないか……確実に、一歩ずつ……俺は変わり強化している」


 こうして目に見えると実感し、テンションが上がっていく。

 まだ全身は重いし痛みも強いが、精神的に余裕が出てきた。

 根気よく全身を動かし、崖をよじ登るように進行している。

 

 それからも、何度か通行人に声を掛けられ「救急車呼びますか?」と尋ねられた。

 少し喋れるようになった俺は「……匍匐ほふく前進の訓練なので気にしないでください」と説明しなんとか誤魔化した。


 さらに途中、一人の女子高生にスマホで画像を撮られてしまうも、俺は無視してとにかく前進した。

 うつ伏せなので顔はよく見えなかったけど、とても綺麗な美脚だ。

 その女子高生は何も言わず足早に去っていく。



 こうして三時間ほど費やし、ようやく家に辿り着いた。

 玄関前で、姉の美桜が待っている。


「頑張ったわね、真乙。その様子だと散々な目に遭ったようだけど大丈夫?」


「あ、ああ……けど良いこともあった。スキルが進化し、新しいスキルも獲得したよ」


 俺は起き上がり、体を滑らせるように玄関の段差に腰を降ろした。

 何とかここまで動けるようになったぞ。


 美桜は俺の隣に座り、じっと見つめてくる。

 全身が土埃で汚れ、犬の小便で臭っている筈なのに、まるで気にしてない様子だ。


「ふ~ん。レベルも上がっているようね……ちゃんと更新しなさいよ」


「え? 全然気づかなかった……《鑑定眼》」


 俺は自分のステータスを表示させる。


 おっ? レベル3だって……いつの間に。

 体力HP魔力MP以外のステータス数値は変わってない。

 確か『SBP』で獲得した数値を任意で振り分けるんだよな?


 ん? あれ? これは……。



SBP:100



 思ったより多くね?

 二つレベル上がったとはいえ、こんなに獲得できるのか?


「……そういうことね」


 美桜が呟いた。


「姉ちゃん?」


「最初、女神アイリスは、真乙を異世界に召喚させようとした……ただ絶望の念に反応しただけでなく、真乙の資質を見抜いた上だったのね」


「資質? 俺が?」


「そっ。けど間違われた私も真乙ほどじゃないけどそれなりにあったわ。だからアイリスと交渉したのよ。私だけで異世界を災害から救ってみせるわとね……」


 それで勇者となり見事に達成したから帰還できたってわけか。

 もし俺が異世界に召喚されていたら、どうなっていたのだろう……。


 まぁ、深く考えても仕方ない。

 とりあえずステータス更新だ。

 特に「-50」の魅力CHAをなんとかしたい。


 そう思ったところ、


「真乙、体の痛みを取りたかったら防御力VIT、重さをなくしたいのなら攻撃力ATKを中心に上げることをお勧めするわ」


 美桜が助言してくる。


 うっ、言われてみればか。

 こんな動けない状況のまま家に入っても両親や妹に不審に思われてしまう。

 それにいちいち痛みが走るのもなんとかしたい。

 

 俺は『SBP』を振り分けた。

 その結果、



【幸城 真乙】

職業:なし

レベル:3

HP(体力):25 /25

MP(魔力):15/15


ATK(攻撃力):21

VIT(防御力):100

AGI(敏捷力):-10

DEX(命中力):2

INT(知力):3

CHA(魅力):-50


SBP:0(-100)


スキル

《鉄壁Lv.1》《鑑定眼Lv.1》《不屈の闘志Lv.1》 


称号:覚醒の豚アウェイクン



 こんな感じにしてみた。

 今回、魅力CHAの改善は諦める。

 その代わり、防御力VITに極振りして三桁にし、残りを攻撃力ATKに割り当てた。

 他のステータス数値は前と変わらないから別にいいだろう。


 にしても……。


 称号が『覚醒の豚アウェイクン』に変わっている。

 特に補正はないようだ。

 それはいいけど、やっぱり豚なのか俺は……。


 しかし直後。


「おっ!? 痛みが無くなったぞ! 体も少し軽くなった気がする!」


 俺は立ち上がり体の状態を確認する。

 あれほど激痛だった感覚が嘘のように消失した。


 肉体はまだ重く感じるが、引きずりながらでも歩ける範囲だ。

 運動して酷く筋肉痛になったと言えば、親や妹にも説明がつくだろう。

 とりあえずシャワーくらい浴びたいよ……。


「まだレベル3だけど、考え方によっては驚異よ。だってたったの三時間で防御力VITが三桁だもの……普通あり得ないわ」


 勇者だった美桜が言うほどだ。

 やっぱりガチなのだろうか?


 それに習得したスキルといい、俺って盾役タンク向きなのかもしれない。

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