第1話 遡及の世界

「姉ちゃんが……異世界からの帰還者? 一体、いつ異世界なんて行ってたんだよ!?」


「今日の今ぐらいよ。夏休み初日の夜……私は真乙とこうして公園で二人きりにいた時にね。5分間ほど姿を消したの、覚えてない?」


「……ああ、うろ覚え程度だけどな。確か公衆トイレかコンビニに行っていたと思ったけど」


 俺が中学三年生の頃で夏休み初日だ。

 今まで守ってくれた美桜が高校に行ってから特に過激になった頃。

 虐められて酷く落ち込んでいたところ、姉ちゃんが励ますつもりで近所の公園まで連れ出したんだ。

 あの時は、いっそ死にたいと思うほど病んでいたっけ。


 そういえば思い出したぞ。

 ふと消えて現れた姉ちゃんから頭を撫でられていくうちに、そんなネガティブな気持ちが消えいき、少し前向きに考えられるようになった。


 今思えば、あの時から姉ちゃんは異世界から戻ってきた『勇者』で“帰還者”って存在であり、当時の俺は何かを術を施されたかもしれない。

 おかげでこうして生きているんだけど……。


 でも可笑しくね?


「だとしたら姉ちゃんは、僅か5分程度で異世界を救って戻って来たってのか?」


「まさか。現実世界ここと異世界とでは時間の歪とズレがあるのよ。アイリスなら時間差を調節することも可能らしいわ」


「アイリス?」


「私を異世界に召喚した女神アイリス。異世界の秩序を司り管理する神であり、災厄時に合わせて他の次元から人間達を召喚、あるいは転生させているの」


「召喚と転生? 召喚はそのままの姿で転移されるって形か? 転生は別の姿で生まれ変わるとか?」


 ラノベで得た知識で聞いてみた。

 通常なら狼狽しまくっているところだが、信頼できる美桜の言葉だからこそ状況を受け入れ順応しようと努力できる。


「そう、私の場合は召喚よ。女神アイリスの話だと『強き念を持つ者』と『現実世界に絶望し悲観した者』を対象に召喚し、『非業の死を遂げた者』は転生として異世界に招き入れるそうよ」


「……姉ちゃんって現実世界に絶望していたっけ?」


 生まれた時から頭が良く美人でリア充だったじゃん。


 その美桜は軽く首を振った。


「私はイレギュラーで召喚されたのよ。まぁ、はっきり言うと間違われたって感じかな」


「間違われた? 誰に?」


「真乙」


「お、俺ぇ!?」


「そっ。本当は真乙の想念に反応して、アイリスは召喚させようとしたんだけど、彼女は誤って傍にいた私を召喚してしまったのよ。本当なら次に真乙を召喚させるか入れ替えるって話もあったんだけど、全て私の方で却下させたわ。真乙を危険な目に遭わせるくらいならってね」


「それで姉ちゃんだけ勇者として活躍したってわけか……」


 如何にも過保護で弟思いの美桜らしい。

 まったく実感が湧かないけど、一応は感謝するべきだろうか。


 正直、まだ事態を飲み込めていない。

 いくらテンプレだとしても実際に身に起こってしまえば動揺してしまう。


「大丈夫、真乙?」


 美桜が近づき俺の顔を覗いてくる。

 相変わらず知的な眼鏡美人だけど幼さも垣間見える若返った顔立ち、現役の女子高生。


「ああ……まぁ。姉ちゃんは、そのタイムリープのスキルだかで、これまで何度も過去の時代に戻って来たのか?」


「まぁね。そう頻繁には使えないスキルだから、私が31歳になるのを目処に何度かね……たった一度きりの人生じゃつまらないし、どうせなら色々な職業に就いてみたいでしょ?」


 美桜の話だと弁護士だけじゃなく、医者や女優、客室乗務員などもやっていたらしい。

 ちなみに異世界の“帰還者”は、政治家など国や世界の情勢を変える職業には就けないのだとか。

 反面、個人で人生を謳歌する分には問題ないと話していた。


 これまで過ごしていた未来の周回で、俺を誘い巻き込んだのは初めてらしい。

 誘った理由は「今回はなんとなく」と言うだけで詳しく教えてくれなかった。


 そして美桜の話は続いている。


「タイムリープは異世界から帰還した後の時代、私が16歳の現代までじゃないとできないから15年おきと決めていたわ」


「どうしてだよ? 頻繁に使えないってことはスキル発動するのに何かしらの条件があるのか?」


「流石、真乙ね。飲み込みが早いのは、サブカルチャーが発展した現実世界の日本人ならではかな? それもあるけど、大体の人生は30代で決まると言われているからよ……あとね、さっきまで真乙といた15年先の私は歴史から存在ごと消えているからね」


「え!? なんで!?」


「それがタイムリープするデメリットでありルールだからよ。ちなみに今の真乙も該当するからね……つまり、あの時代で幸城家は妹の『清花きよか』が長女になって一人っ子で調整されてしまうってわけ」


 清花きよかは俺と美桜の妹で、今の時代だと14歳で中学二年生だ。

 俺がいた時代の妹は専業主婦として二児の母であり、地元の伊能市で幸せに暮らしている。


 それはそうと、大分状況が飲み込めてきた。

 今いるここは15年前の過去であり夏休み初日の夜。

 俺は15歳の中学三年生で、姉の美桜は16歳の高校一年生ってわけだ。


 あまりにも突然すぎて戸惑ってしまったけど、俺が望んだ結果でもある。



 後は――。


「今の俺をどうするかだ……」


「どうするの?」


「勿論、未来を変えていくつもりだよ。もう二度と人生を諦めたりしない。とりあえず体を鍛えてダイエットかな……夏休み中にどこまで痩せられるかわからないけどね。だから姉ちゃんも協力してくれよ」


 しっかりと念を押しておく。

 でないと、この過保護な姉のことだから、また食べ物で誘惑してくる可能性が高い。

 なんとか高校に行くまでスリムになりたい。


 その美桜は「わかってる、わかってるぅ~」と軽い返答をしている。

 本当にわかっているのか怪しいものだ。


 ジト目で凝視している俺に、美桜は肩を竦ませ「ふぅ……」と溜息を漏らす。


「だったら異世界流のやり方で劇的に痩せる方法はあるけど試してみる?」


「異世界流だって?」


「そっ。ただし相当ハードよ。だけど上手く成功すれば夏休み中にスリムになれるし、筋力もかなり身につくわ。さらに私のようにスキルを獲得することもできるかもね」


「……てことは、俺も姉ちゃんのように勇者になれるってことか?」


「う~ん……流石に勇者は無理だけど、その辺の“帰還者”と同等くらいにはなれる筈よ。努力次第じゃそれ以上ね。少なくても虐めに遭うことはなくなるわ」


 ガチで?

 そりゃいい……上手くいけば黒歴史だらけの中学時代もリベンジできるぞ。

 別に俺を虐めてきた連中に仕返しするなど考えていない。

 中学時代は、ぼっちのままでいい。

 ただ無難に過ごして高校に行ければいいんだ。


 最大の目標は自分に自信を持って、片想いの彼女である『野咲のざき 杏奈あんな』さんに告白すること。

 それが俺の青春リベンジなのだから――。


 俺は美桜に向けて深々と頭を下げた。


「姉ちゃん、いえお姉様ッ! どうか俺を徹底的に鍛え上げてください! お願いします!」


「あっは、真乙、かわいい~! 嫌だぁ、スマホ家に置いたままだったわ~! せっかく最高のベストショットなのにぃ~!」


 ……姉よ。

 必死で頭を下げる弟の姿を画像に収めてどうするつもりだ?


 キャラ崩壊と言わんばかりに頬を染めて身悶える美桜に、俺は頭を下げたまま絶句した。

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