異世界から帰還した姉に鍛えられタイムリープした俺は最強の盾役《タンク》となり隠しダンジョンを無双する~豚と蔑まれた元社畜がレベルアップで二度目の人生を逆転させた

沙坐麻騎

プロローグ

「ごめん、真乙……実はお姉ちゃん、異世界の帰還者だったの」


「はぁ?」


 煌々と輝く満月の下で佇む、女子高生がそう言ってきた。

 長い黒髪を靡かせたクールな眼鏡美人。切れ長の瞳は凛としたカッコ良く、知的さと柔らかさを宿している。

 さらに月明りに照らされ浮き出されている、完璧で抜群のスタイル。


 女子高生は俺の姉、幸城ゆきしろ 美桜みおだ。

 

 突然の意味不明なカミングアウト発言に、思わず大口を開けてしまう。

 姉が何を言っているのかわからない。


 いや、ラノベやWEB小説で馴染みのアレだってことはオタク知識でわかっている。

 けど「姉ちゃん、ここは現実だぜ?」ってやつだ。


 俺は視線を動かし周囲と身形を確認する。


 見覚えのある公園、小さい頃に遊んだ記憶のある遊具。

 ここは東京じゃない――地元の伊能市だ。


 それに俺の体……。


 相変わらずのぶよぶよで太っているのは変わらないけど、少し背丈が縮んだような気がする。

 無精髭も生えてないし、何より中学時代の指定ジャージ姿だ。



 俺の名は――幸城ゆきしろ 真乙まおと

 30歳の独身で童貞。体重130キロの太った体格のおかげで自分の容姿に自信が持てず内向的な性格だと思う。

 おかげで中学の頃は陰キャぼっちで虐められ、嫌な思い出しかない。


 高校は初めて友達が一人できたおかげで、ぼっちではなかったけどクラスの隅っこにいるモブであり、見た目以外は目立たなかったと思う。

 それでも周囲からイジられたり揶揄されることもあり学校が凄く嫌いだった。


 いっそ引き籠ってニートになろうかと思ったけど、姉や両親に心配をかけさせたくはなかったので高校卒業後は三流大学に進学し、そのまま東京の中小企業に就職した。

 そこがまた、今時珍しいくらいのとんでもないブラック企業で毎日18時間労働は当たり前。ろくに残業代も出ない始末だ。

 だけど痩せることはなかったけどね。


 毎日ひたすらパソコン作業をしながら、このまま過労死するのだろうなぁっと人生あきらめていた。


 そんな時だ。


「真乙、お帰り」


 深夜。俺が会社から帰宅すると、アパートの部屋に姉の美桜が入り込んでいた。

 この頃の美桜は31歳で同じく独身。

 だけど高級な黒スーツ姿で、頭の良さそうな如何にも「できる女」だ。

 職業は弁護士で、その美貌からテレビや雑誌にもちょくちょく取り上げられているとか。


 けど彼氏はいない。てか学生の頃から浮いた話は聞いたことすらなかった。

 俺が知る限り姉は相当モテていた。同じ姉弟とは思えないほど頭が良くエリートでリア充女子だと思う。

 しかし本人はその気はなく、告白されても全て断っていたようだ。

 理由は「大の男嫌い」だからと話していた。

 

 でも弟の俺にだけは、いつも優しく大切にしてくれる。

 て言うより溺愛に近いかもしれない。

 現に社会人となっても、こうしてちょくちょく会いに来て身の回りの世話をしてくれる。


 俺が辛うじて生きていられるのも、姉のおかげかもしれない。

 まぁ、俺が幼い頃から太って痩せられない原因も彼女が過剰な愛情が元凶なわけで……。


「これから焼き肉でも食べに行く? お姉ちゃん奢るから好きなだけ食べてね」


「……いや今日は疲れているからいいよ。適当に何か食べるよ」


「そぉ? じゃあ、お姉ちゃんが作るね。真乙の好きなカツカレーなんてどう?」


「ありがとう、姉ちゃん」


 美桜は「うふ」と微笑を浮かべ台所へと向い料理を作り始める。

 弟の俺が言うのもなんだけどやっぱり美人だな。

 まったく似てねーや。




「ごちそうさま。いや~美味しかったわ~食った、食った」


 なんだかんだと超特大盛りのカツカレーを食べ尽くした、俺。

 完食しないと、泣きそうな表情で心配されるから食べざるを得ない。


 美桜は「良かった……」と満足そうに笑いながら食器を片付けてくれる。

 いつも通りのようで、どこか寂しそうに見えた。


 しばらく二人でくつろいでいると。


「真乙……お姉ちゃんね、もうこの家に来られないからね」


 美桜が深刻な表情で唐突に言い出してきた。


「なんで? どうして? まさか実家に帰るのかい?」


「少し違うわ……もう潮時だから、この時代から姿を消すのよ」


 おいおいおい。

 姉ちゃん、まさか仕事が行き詰まって自殺とか考えてんじゃないのか?

 一見して華やかなエリートでも実はって可能性もある。


「……姉ちゃん、頼むから妙なこと考えないでくれよ。俺だって姉ちゃんがいるから、あんな会社でも辞めないで、こうしてギリギリ生きているんだからさぁ」


「優しいね……やっぱり真乙だわ。だったらお姉ちゃんと一緒に行く?」


「行くってどこに? あの世とか勘弁してよ」


 俺は自分のことよりも、美桜を気遣い心配したつもりで言ってみた。

 昔から過剰なくらい構って尽くしてくれて、嬉しく有難く思う反面、鬱陶しく思う時もある。

 現に中学時代に虐められていた原因もそこにあったからだ。

 けど大切な存在には変わらない。俺も姉ちゃんのことが大好きだし今も感謝している。

 だから美桜には、半ば人生捨てた俺なんかよりも幸せになってほしいと思ったからだ。


 そんな美桜は首を横に振るった。


「違うわ。遡及の世界よ――」


「そ、遡及? 遡るってこと? 世界って何?」


「正確には過去の時代。15年前よ」


「15年前?」


 てことは俺が中学三年の頃。

 丁度、虐められていた黒歴史の真っ只中じゃないか。

 ぶっちゃけろくな思い出がない。

 てか冗談でも戻りたくない。


 ――けど高校時代なら。


 ある少女の姿が想い浮かぶ。

 物静かでどこか神秘的な雰囲気を持つ清楚な美少女。

 俺にとって片想いであり、初恋の女子。


「……野咲のざき 杏奈あんなさん」


 もし再び彼女に会えるのなら、今の俺なら変われるかもしれない。


 ――いや変わりたい。

 

 変わって野咲さんに「好きだ」と告白したい。

 たとえ駄目でも気持ちだけでも打ち明ければ……。


 俺はぐっと拳を握りしめる。

 真剣な眼差しを美桜に向けた。


「戻れるなら戻りたいよ、15年前に」


 はっきりとそう答えた。


 美桜は眼鏡のレンズ越しで切れ長の双眸を細めて頷く。

 俺に近づき向き合ったかと思うと、突然両手を握り締めてくる。


「じゃあ、お姉ちゃんと一緒に戻ろっか」


「え?」


 刹那、美桜を中心に真下の床が光った。

 仄かに赤みを帯びた光輝、姉を中心に円陣を描いた同色の幾何学模様が浮かび上がる。

 

 オタク知識を持つ俺には、それはファンタジーアニメで見られる「魔法陣」だと理解した。

 だけど認識が追いつかない。


 一体何が起きているんだ!?

 どうして姉ちゃんから魔法陣が出現するんだ!?


 円陣はさらに大きく広がり、瞬く間に俺ごと包み込んだ。

 

 眩い光の中で、優しく微笑む美桜の姿が薄れて消えてしまったと思ったと同時に、俺の意識も薄れて消失した。




 そして現在いま


 気がつけば俺はジャージ姿で地元の公園にいる。


 姉である美桜と一緒に――。


「お姉ちゃんね……15年前、いや現代だね。異世界に召喚され、数年ほど勇者として戦ってきたのよ。その功績を女神に認められ、こうして異世界で得たスキルと記憶を保持したまま真乙がいる現代に戻って来たってわけ――“帰還者”としてね」


「帰還者?」


「お姉ちゃんみたいな異世界から戻ってきた人間のことよ」


「じ、じゃあ、姉ちゃん以外にも“帰還者”がいるってのか?」


「まぁね……けど『時』を操り、タイプリープのスキルを持つ“帰還者”は私だけよ」


 タイムリープ? スキルだと?



 …………。



 姉ちゃん、マジっすか?

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