第62話 小桜と恵茉


 年末である。

 夕暮れの街にはクリスマスソングが流れ、店頭はどこまでも華やかだ。

 小桜は、どこかうきうきした気分と感傷的な気分の両方を覚えていた。どれほど華やかでも、過ぎてしまえば街はたった一晩でお正月気分になって、クリスマスは見捨てられてしまう。そこに、春の桜の花以上の儚さを感じるのだ。


 小桜は落ち着かない気分のまま独りでアクセサリー店に入り、散々悩んだ挙げ句、貴金属のアクセサリーは止めにして落ち着いたデザインのフランス製のシルクのシュシュを買った。小桜としては精一杯背伸びである。

 もちろん、その背伸びに下心がないと言ったら嘘になるかもしれない。


 そもそもだが、小桜は恵茉がアクセサリーを付けているのを見たことがない。そして、あくまで小桜の想像ではあるのだが、ネックレスぐらいならまだしも、身体からいろいろぶら下げるのは実はかなり煩わしいものなのではないだろうか?

 なら、付けるかどうかわからないアクセサリーよりも、煩わしさを減らすものの方がよいのではないか?

 髪だって、ぱらぱら動くよりは纏まっていた方が楽だろうし、前にもバレッタで纏めているのは見ている。


 選んだシュシュにはクリスマスらしい包装をしてもらい、小桜は街中のレストランに向かった。

 恵茉と2人で食事をして、そのあと恵茉の家に顔を出す。それが今日の予定だ。先日、恵茉の父が退院になった。それで、小桜にお礼をということになったのだ。だが、恵茉宅でのいろいろは小桜が気詰まりだろうからと、こういう形になったのである。

 一昨日の夜に、恵茉からの電話で決まったことだ。


「男子だもんね。しっかり食べたいよね?」

 電話とはいえ、これを聞かれるのは2度目である。

「まぁ、そうだね」

 小桜としては男の面子もあって、少食とは思われたくなかった。こんなことを気にしなくてもとは思うが、恵茉の前だとそれなりに頑張ってしまうのである。なんせ、前回は「すごいっ。さすがっ!」という言葉を引き出せたのだから。

「シュラスコでいい?」

「食べたことない」

 小桜の返事に恵茉は笑い、お店の位置を知らせてきたのだった。


 

 店の前で、恵茉が待っていた。

「なんか、久しぶりだね」

「そうだね」

 小桜はそう同意する。


 青藍祭が終わったあと、恵茉と顔を合わせるのは初めてである。

 なんせ、冷静に戻ればあまりに恥ずかしかった。衆人環視の中、抱きついたのだから、そして抱きつかれたのだから、当然のことだ。なので、忙しいという口実で、共に照れくささを隠し合っていた結果なのだ。

 まぁ、恵茉は自宅と学校と病院を三角形を描いて毎日を動かざるをえず、その周回軌道から外れる時間的余裕はなかった。小桜は小桜で、行事の多い学校生活に振り回されていた。青藍祭のすぐあとには生徒会役員選挙があり、立候補は固辞したものの仰木の応援に回り、そのあとはマラソン大会で学校の裏山を毎日のように走らされ、薬物乱用防止教室だの交通安全教室だのに期末試験もあって、息吐く暇もない。これで進学校なのだから、勉強するための時間は「無茶であっても無理ではない」と、自力でひねくり出さざるをえないのだ。


 もちろん、級友たちは誰もが「勉強する時間などとれなかった」と口を揃えている。もちろん、それを信じる小桜ではない。というより、素直に信じている者など、ただの1人もいないだろう。

 二学期の終わりともなれば、成績順位が貼り出されることにも慣れ、一部では諦念を漂わせている者すらいても、その嘘は変わらないのだ。

 もちろんこの諦念は志望校のランクに対してであって、戦いそのものを放棄したわけではないのだから当然のことだ。


 ともあれ、期末試験の結果、小桜はわずかとはいえ順位を上げた。

 これは、一時でも母校の顔となったことへの責任感である。そしてそれは、ここで恵茉に自信を持って会うことに繋がっている。


「このお店、来たことあるの?」

「実はない。だけど、街のお祭りとかで必ず屋台を出しているから、ここんちのお料理は食べたことあるよ」

 恵茉の返事に、小桜は安心する。

 初めてのお店で初めて食べる料理なのだ。恵茉が食べたことがあるなら安心だ。


 恵茉に先導されてお店に入り、テーブルに着く。

 東京に続いて、メニューは恵茉にお任せだ。

 普通のデートだとしたら、これは男として失格なのかもしれない。だが、まぁ、これはこれで心地よいのではないか。


 年配とまではいかないブラジル人の女性店員が気さくに話しかけてきて、恵茉があれこれと注文する。残念ながら、小桜は初めて聞く単語ばかりでそれがなにかはわからない。また、わかっても想像もできない。「ケールとヤシの芽」なんて、わかるはずないではないか。

 だが、それはそれで楽しみなものだ。


「ともかく、小桜さん、ありがとう。ようやく父も退院できました」

「いえいえ、こちらこそ。まさかあの場で助けに来てくれるとはね」

「助けになんかならなかったし、小桜さんが蹴飛ばされる原因を作っちゃった……」

「いやいや、おかげでそのあと、すべてが上手く行った。敷間高の今田ともたまには話しているんだ。アイツ、本当にいい奴だよ。こうなったの、いろいろあったとしても、坂井さんが飛び込んできてくれたおかげだよ」

 いくらかのブランクはあったものの、ぎこちなさは一瞬で消えた。いつものように小桜と恵茉は話している。



 ※

 恵茉の父も、なんか照れくさかったらしい。

 自分の身体の中に、娘と仲の良い男子の血が流れているっていうのは、それはそれでどんな顔していいかわからない。

 そのかわり、小桜の母の活躍も聞いているので、こちらは悩むことなくいろいろとお礼を考えているのだ。



「そういえば、政木女子高でトドメを刺したって聞いたけど……」

 青藍祭のことを思い出すと、顔から火が出るほど照れくさい。恵茉が自分の首筋に腕を回していた感覚を小桜は忘れてはいない。というより、忘れられるはずがない。

 なので、小桜は話を変える。


「なんか、効果的に脅したとは聞いたけど、詳しい話は流れてこないんだよね。生徒会長も任期で代わっちゃったし……」

 恵茉はそれに対してくすくすと笑う。


「あんまり褒められた手段じゃないからよ。だからこそ効果があったんだけどね」

「知ってるんだ?」

 小桜の問いに、恵茉は再び笑う。


「60歳を過ぎていれば、人間ドックですべて異常なしとは行かないよ。医者のOGがそこにつけ込んだんだって。悪いところはどこでも良いから、それぞれに手は考えてあったらしいよ。で、これ以上共学化しようと動くのは、果てしなくめんどくさいことになるって思わせたんだって」

「医者はつぇーなぁ」

 思わず、小桜は嘆息する。


「しかもね、後援団体とのいろいろも調べ上げていたので、その結果も効果的に使ったそうよ。ほら、T興業。聞いたことあるでしょ?」

「あれ、マジだったん?

 噂程度で続報なかったから、デマかもと思ってた」

 恵茉は小桜の言葉に対して再び笑う。


 小桜は、それがカムフラージュである可能性に気がついた。レストランでの雑談としては、あまりに生臭い話なのだ。他の客の注意を惹かないようにしているのかもしれない。


 ※

 もちろん、敷間高の新聞にあった、政木高の青藍祭のフォークダンスの輪から逃げ出す女子高生は、政木女子高の生徒が多かった。

 青藍祭での作戦には協力しなかったが、政木女子高は政木女子高で動いていたのだ。

 次話、「種明かし」。風呂敷を2枚たたむのだ。

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