第63話 種明かし
小桜の推測は当たっていたようだ。
恵茉は、ささやきと言っていいほど小さな声で続きを話す。
「火のないとこに煙は立たないし、T興業自体もほら、会社である以上、顧問弁護士だの会計士だの、経営の心臓部でうちらのOBと関わらないわけには行かないしねぇ」
「そっか、本来なら守る立場の人たちが総スカンくれたわけだ」
「清濁併せ呑むのと、好き嫌いは別の話だからね」
「そらそーだ」
小桜はそう相槌を打つ。
自分がその立場にいたら、自分の身を危なくしない範囲でなら情報のリークはしてしまうだろう。ヤバい話ならそもそも守秘義務がないのだ。そして、数人分のリークを組み合わせれば、全容を掴むのも難しくはない。
とはいえ、その結果は真っ黒ではないだろう。だが、政治家が一度疑われたら、痛くもない腹を延々と探られることになる。その結果、本人さえも知らなかったスキャンダルがほじくり返されるというのもよくある話だ。
「しかも、ほら、えてして父親は娘には口が軽いし」
「意図的に軽くもなるし」
小桜はそう応じる。
地縁の基本構造に切り込みたいのに、自らの陣営はすでにその二重構造の中にある。これでは戦いにならない。それを今回、自覚させられたのだろう。
「おまけにね、私、部活で新聞記事として『今の時代に男子高、女子高の存在意義について考える』の一部分を書いたのよ。それでだけど、今、ジェンダーとか無茶苦茶センシティブで、手足を縛られたまま戦うような議論を強いられている。それはもう、本当にあれをまとめるのには気を使った。4校の新聞部の部長が最後は泊まり込みしたくらい。でね、私たちなら許される表現も、政治家は許されない。本音では誰もが肯定していることだって、口から出してしまえば辞任に追い込まれるようなことだってある。本当はその議論をすっとばして方針を決めちゃいたかったんだろうけど、マスコミで『ライバル男子高同士の友情』なんて特集まで組まれちゃっていると、議論はパスできなくなった。『果てしなくめんどくさいことになる』ってのはそういうこと。
だから、結論なんか出さなくていいのよ。『果てしなくめんどくさいことになる』って思わせられれば、手を引いてくれる」
それはそうだ。
人は、めんどくさいことは後回しにするものだから。
「ほー。なるほどすごい。そこまで作戦ができているなら、断崖宙乱闘で俺が戦う必然なんかなかったかもねぇ」
小桜がつぶやくと、恵茉は大真面目な顔で否定した。
「なにを言っているのよ。敷間女子高の力で、マスコミが取材には来た。でも、それがニュースになるだけの中身を見せつけたのは小桜さんじゃない。で、集まった取材にマスコミの名刺の連絡先にはすべてこの新聞は送りつけてある。高校生の作った新聞なんか読まないとは思うけど、送りつけてあるって事実が大きいのよ」
恵茉の言いたいことは、小桜にもよくわかる。
「いいや、断崖宙乱闘が劇的になったのは、乱入した坂井さんの……」
「乱入の原因も、小桜さん」
「そうかなー?」
小桜はそう唸る。
だが、そこへ大量の肉とサラダが運ばれてきた。
肉の焼ける香りは暴力的ですらある。その前では健康な胃袋を持つ2人の議論など、簡単に吹っ飛んでしまうのだ。
※
もちろん、花火が打ち上がってしまったあとでは、メンツからも引っ込みはつかなかっただろう。このあたりのタイムスケジュールを組んだ敷間高の面々も、技能賞ものなのだ。
4校のどれが欠けても、この作戦は成立しなかったのである。
ピカーニャだのアルカトラだのを、ポン・デ・ケージョやフェイジョアータでお腹に詰め込んで、小桜は満足の吐息を大きく吐いた。
ブラジル料理、悪くない。精神的に落ち込んだときとか、これなら絶対に上げられる。もっとも、自分の小遣いではなかなか食べには来れないけれど。
小桜はそこで紙袋を恵茉に差し出した。
さっき買ったシュシュである。
「……クリスマスだから」
「えっ!?」
驚く恵茉に、小桜はツッコむ。
「……まったく、ぜんぜん予想していなかったわけじゃないよね?」
「……はい」
そう答えると、恵茉も小さな紙袋を小桜に手渡す。
「見ていい?」
「私も?」
「当然」
短いやり取りをして、袋の口を開く。
「……イヤホンだ」
「これから受験勉強も厳しくなるし、音楽だけじゃなく英語のヒヤリングにも必要かと思って……」
「ありがとう。なんかとてもいい音がしそう」
小桜の感想に、恵茉はほっとしたように笑う。
「これはスカーフ?
あ、シュシュと組み合わせられるセットだ。シルクじゃん」
「女性へのプレゼントなんて生まれて初めて買ったから、ダメダメなものだったらごめん。前に比べて髪が長くなったから、似合うかなと思って」
そう言いながら、小桜は初めてそういう商品だったのかと思う。単に大きめのシュシュだとばかり思っていたのだ。
恵茉は、しばらくそのシュシュを眺めていたが、不意にそれを胸に抱いた。
それを見ていた小桜は激しく動揺した。
「え、あれ、なぜ泣く?
ごめん、俺、なんか変なもの贈っちゃった?
本当にごめん」
「……違う、違うって」
「……」
そう涙声で言う恵茉に、小桜は返す言葉が見つからない。
「だって私、初めてもらったんだよ、プレゼント」
「それは俺も同じだし……」
「私ね、ほら、可愛くないから。最低の女だし。だから、女性向けのものを貰えるなんて、思っていなかった」
「耳に入っていたのか……」
小桜はそうつぶやく。
中学時代、恵茉に告白したという男子がたった1週間で振られ、恵茉とよく話す小桜に愚痴を言いに来たことがあった。
「最低の女だぞ、あれは」
そう言った口調を、小桜は忘れてはいないし、あれだけ言い回っていれば恵茉の耳に入っていてもおかしくはなかった。
恵茉のアイディンティティは独立自尊だ。たとえ恋人であっても、男の言うがままに動くことはない。だが、その誇りがあるからといって、「最低」と言われて傷つかないわけではない。小桜は、さらけ出された恵茉の言葉に、初めてそこに思い至った。
「あのさ、その話は俺も聞いている。でもって、その最低なところが俺、一番好きなんだけど」
直截の色恋に限定された話ではなかったからかもしれない。フォローに焦る小桜の口からは自覚なく、そして自覚ないがゆえに抵抗なく、「好き」という単語がこぼれ出ていた。
前に東京で言ったときに比べたら、構えたところがなく、ごく自然な言葉だった。
それを聞いた恵茉の胸の前のシュシュを抱いた手には、恵茉自身の涙がさらに降りかかる。
「お兄さん、クリスマスに彼女泣かしちゃダメよ」
もしかしたら見かねたのかもしれない。ブラジル人の女性店員が、コーヒーカップ2つをお盆に乗せて声を掛けてきた。
「違うの。
嬉しいの」
「ならいいけど。女殺しだね、お兄さん」
「……そんなの、初めて言われた」
いろいろな感情が押し寄せてきて、思考もぐちゃぐちゃになったまま小桜は答える。
「これ飲んで落ち着きなさい」
「ありがとうございます」
そう答えるのが精一杯の2人だった。
※
いい雰囲気の2人です。
お姉さんとして生きてきたことから開放されて、トラウマからも開放されて。
政木女子高の動きと、恵茉ちゃんの4校合同の動き、種明かし完了です。
さてさて。次話、「告白」。ああ、こっぱずかしいw
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