第57話 帰校


 政木高の生徒会長の杉山の声で、政木高の生徒の群れが割れ、その中にマント姿の小桜が残された。

 小桜は一歩踏み出し、片手でマントを跳ね上げてみせた。

 期せずして、見物人の間から拍手が湧く。

 いつの間にか、他校の生徒も多く見物人に混じっており、プロレスの花道のような盛り上がりである。


 杉山からの、「見せるための行為」という言葉を、小桜は忘れてはいない。そして、その狙いは成功しつつある。小桜の一挙手一投足が注目の的なのだ。

 本来の小桜の性格からすればこのようなスタンドプレーは苦手なのだが、そうも言ってはいられない。戦いがどのようなものであれ、母校のために選ばれた以上は命懸けである。


「貴校の断崖宙乱闘とやら、どのようなものか聞かせてもらおうではないか」

 敷間高の生徒会長の鈴村が声を上げた。

 小桜からしてみれば、敷間高の面々が知らぬはずはないと思う。つまり。この場にいる見物人に対するアピールなのだ。


「貴校とはいつか決着をつけねばと思っていた。今からおよそ80年前、坂太郎川を挟んで投石し合ったのが両校の関係の始まりと聞く。その後、怪我人を出さず、平和裏にことを収めるため、毎年定期戦にて定められたルールにて戦ってきた。だが、今こそこのような軛から開放されるべきときだ。

 そのために、考え出された戦いの方法であり、貴校との戦いに公正を期するため、ここにいる者たちの中でこの小桜のみが詳細を教えられていない。

 まずはこの言に信頼を置くや否やを問いたい」

 杉山の声に、鈴村が答える。


「かつて行われたどの定期戦においても、貴校は一貫して野蛮かつ愚かではあったが卑怯ではなかった。その言を信じよう」

「その言や良し。では説明しよう。我が校舎3階よりロープを2本垂らし、双方の代表がそこに掴まって戦う。ロープは決して切れぬ頑丈なものだ。そして、もちろん落ちた方が負けだ。投擲までであれば、武器の仕様は禁じない。武器については用意してあるから、好きなものを選んで使え。選択権の行使はそちらが先だ」

「叩き落とし合うということか。まさに根性勝負だな」

 鈴村の言葉に、杉山は続ける。


「そうだ。この戦いの本質はそこにある。定期戦においても、我が校の勝率はいつも勝るが、個々の競技においては勝ったり負けたりであり、そのどれを選ぶにしても運の要素を排除しえない。さら言えば、たまたまその年度において、その競技部活にプロ級の選手がいたからといって、それだけでその高校が勝っているとは言えまい」

「そうだな。運で勝敗が決まるのは不本意。それはよくわかる」

 鈴村は頷く。


「なので公正に双方を比べるのであれば、健康かつ、なにかのスポーツをしているわけでもない平均的一般生徒の中から不作為に代表を選び、その根性を問うべきだろう。学力体力ともに、その精神性があればカバーができるはずなのだから。

 ゆえに、これこそが両校の優劣を証明しうると考える」

 杉山の声に鈴村は頷き、こう返した。


「貴校のその考えは理解した。そういうことであれば、こちらにも適任がいる。

 今田、お前が我が校の代表として戦え」

 その声に、敷間高の生徒の群れが割れ、1人の生徒が残された。

 小桜から見れば、記憶にある顔である。そう、定期戦のときの打ち合わせの現場にいた顔だ。


 鈴村の声が響く。

「我が校の1年、今田開司。定期戦では綱引きで参加した。やはり武道もスポーツもやっていない者だ。だが、意地では誰にも負けん」

 そう紹介された今田は、軽く片手を上げる。

 小桜のときと同じように、周囲から拍手が湧いた。


「政木高の小桜君。互いの母校のため、初めて会った君と競うことになった。だが、俺たちは闘犬ではない。互いの矜持を賭けて戦おうではないか」

 内心で小桜は狼狽えた。

 まさか、ここで今田が話しかけてくるとは思わなかったのだ。だが、弱みは見せられない。なにかを答えねばならない。


「今田君。俺たちで歴史を作る。80年の相克、今こそ決着をつけよう!」

 小桜はそう返して、右手で拳を作って今田に向けて突き出す。今田も小桜に倣って拳を返した。

 再び見物人の環から拍手が湧く。


 そこで再び、杉山の声が響いた。

「これより我々は政木高に戻る。校庭に敷間高の場所を取ろう。そこで今田君も一休みするがいい。午後2時から、小桜と今田、両校の意地がぶつかりあう。いいな?」

「望むところだ。気遣い感謝するが、勝負は別のこと。覚悟しておけ」

「もちろんだ。そのくらいのことでなにかの融通や返礼を望むほど、政木は小さくない。まぁ、いい。その減らず口は、本日午後2時をもって、永遠に封じられる!」

「その言葉は、そのままお返ししよう!

 では、敷間高、応援歌『白蓮花』を斉唱しながら、政木の猿どもの本拠地に向かえ」

 その声にまばらな拍手が湧く。敷間高のOBなのかもしれなかった。敵地に乗り込む後輩たちの意気や良しというところなのだろう。


 ※

 宣戦布告が終わった。

 意地を張り合い、長年の宿敵との決着を付ける。そのお膳立てを、繁華街の真ん中でしてみせた。もちろん、イベントの時間予告までを織り込んで、である。

 現れた取材陣は、もちろん敷間女子高からの根回しだ。おそらくは、Y0uTube系の取材についてもそうだろう。リアルタイムで中継された結果、注目度は増していく。計算されつくした演出に、生じる効果は如何なものとなるのだろうか!?



 小桜は、朴歯を鳴らしながら杉山に追いついた。

「先輩、ずいぶんと緻密に計画が組まれているのですね?」

 小桜の小声に、杉山がちらりと視線を向けた。

「当たり前だ。失敗はできないからな」

 そう答える声も小声だ。心なしか、いつもより表情が硬い。


「ですが先輩、俺は殺陣とか演技はできませんし、今まで求められてもいません」

「当たり前だ。そんなもの、最初から望んではいない。小桜の全力、それ以外を求めてはいない」

「それでいいんですか?

 俺の全力だけで?」

「当たり前だ」

 杉山は、三度同じ返事を返した。


 一貫していると言えば言えよう。

 だが、その計画の緻密さを見せつけられるほどに、恵茉に語った自分の言葉、「俺独りに歴史改変のキーポイントが集中しているみたいじゃん。そんな賭博みたいな計画じゃ、期待値が低すぎて成り立たないよ」と言ったそれが信じられなくなってしまう。自分の戦いのみ、結果が決まっていないのだから。


「小桜。火事場の馬鹿力など、そうは出るものではない。落ち着け。そして腹を決めろ。俺たちは、小桜の全力を、全力だけを期待している。ただ、それだけでいい。敷間高の今田もそうだ。全力だけが期待されている」

「わかりました」

 小桜にも、うっすらとわかったことがある。だが、それで不安がなくなるわけではない。とはいえ、不安が残る状態でも全力を出すことならできる。それはできるし、せねばならぬのだ。

 

「杉山」

 生徒会の3年生が呼びかける。

「なんだ?」

「校内に、未だかつてないほどOBが大挙して来ているそうだ。今までの根回しが効いているな。あと、ネットの動画サイト、視聴人数が増えている。目標の3000、14時になる前に達成できるかもしれない。コメント欄を見ると、テレビの取材陣が画面に映り込んでいるのが効いているようだ。信憑性が増してXでのつぶやきも増えている」

「うむ、期待が持てるな」

 そう返した杉山の表情は、未だに硬いままだった。

 それを見た小桜は、正面に目を向け、ひたすらに歩を進めるしかなかった。

 

 ※

 お膳立ては完了した。

 世間からの注目も集まりつつある。計画の全容がわからぬまま、小桜は戦う。それが求められたことだからだ。

 次話、「戦闘開始」。見よ、小桜のド根性。この暑苦しいものは、どのような時代が来ても、男子高に残された聖域である!



あとがき

歩を進める小桜。

🥦ミドリ/緑虫🥦@創作垢@cklEIJx82utuuqd 様から、企画でイラストをいただいています。

ありがとうございます。


https://kakuyomu.jp/users/komirin/news/16817330667846298680

 

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