第56話 腕を撫し、待ち構える

 

 恵茉との通話を切った小桜は、生徒会室に向かわねばならない。

 9時に出欠、10時開門で青藍祭開始である。今は9時15分。

 9時半に生徒会室なので、自由になる時間がまだ15分ある。前倒しで行ってもいいが、思えば他にも顔を出しておきたいところがあった。


 小桜は、まずは聖書研究会に顔を出した。

 天使は問題なく飛んでいた。

 鈴木と親指を立て合っただけで言葉もかわさず、小桜はそのまま物理部に向かう。


「細川、どうだ?」

 小桜の問いに、細川は頷く。

「うまく行っている。あとは2時間おきにCDプレーヤーとレーザーポインタのバッテリーの交換をしに行けば、展示としては成功だ。シュミットトリガのバイアス調整だけでなく、レーザーポインタも買い替えて収束性の高いものに変えた。この2つで完璧になったぞ」

「さすがだな」

 小桜の返事に、細川は胸を張る。


 小桜はさらにもう2箇所の展示を確認し、自分の助言が間違いでなかったことを確認した。

 どこも10時からの開門に備え慌ただしかったが、展示物が間に合わないということはなさそうだ。

 これで、これらも小桜の手を完全に離れた。自分のことだけに集中できるということだ。


 小桜は安心して階段を上る。

「押忍」

 あいさつが「おはようございます」にならなかったのは、背のマントのせいかもしれない。

 生徒会の引き戸を開けると、2年生、3年生の生徒たちがみっしりと座り込んで打ち合わせをしていた。その格好はでたらめに近いほどばらばらで、仮装コスプレと言っていい。

 1年生も何人かいて、同じクラスの仰木がいることに小桜は気がついた。小桜が寄り道している間に、まっすぐここへ来たのだろう。


「小桜、ご苦労。いろいろと準備は済んでいる。青藍祭の運営については、実行委員長にすべてを任せた。こっちはこっちで抜かりなくやるぞ。じゃあ、行こう」

 杉山の言葉に、全員が立ち上がる。

 

 立ち上がると、皆の仮装コスプレ姿が際立った。

 これなら、街を歩く人たちの視線を集めることができるだろう。

 小桜はバッグを下ろし、朴歯を取り出した。駅まで30分以上はかかる。行ってからパフォーマンスをし、戻ってくることを考えれば2時間近い行程だ。足の親指に豆ができ、それが潰れて血まみれになるかもしれない。だが、これも「根性」で耐えるしかないだろう。



 生徒会室を出て歩きだすと、校内にはすでにOBたちが多数入り込んでいた。ゲートの前には他校の生徒たちが並んで開門を待っているし、その近くに作られた小さなステージには、開会宣言のために実行委員長が座って待機している。


 そのステージの脇では、応援団の面々が待っていた。学ラン姿の半分は校内に残り、実行委員会と行動を共にする。残りの羽織袴の半分は、生徒会と行動をともにし、敷間高の応援団と牽制し合うことになる。それぞれ姿は異なれど、朴歯であることは共通していた。

「押忍」

「押忍」

 声を掛け合うと、彼らも共に歩き出した。


 ※

 さあ、小桜の知らぬところで、計画は動き出している。

 その思惑は上手く実現するのか。

 それとも失敗してしまうのか。而してその全貌は如何にっ!?



 駅の出口、ペデストリアンデッキに彼らは並んだ。時計を見てタイミングを図り、まずは応援団が「押忍」と口火を切った。続いて、応援歌『青藍』である。

 駅に入ろうとしていたサラリーマンが足を止め、『青藍』を和する。間違いなくOBなのだろう。『青藍』を聞けば血が騒ぐ。それはおそらく一生続くのだ。

 さらに続いて通りかかった老若さまざまな男子が、その輪に加わっていく。


 人混みは見る間に増えていった。

 ペデストリアンデッキにはギターを抱えたミュージシャンやアカペラグループもいるが、彼らとはあまりに異質である。襷を掛けた羽織袴の応援団に指揮された仮装コスプレ集団の勇ましい合唱であり、さらには不特定の通行人まで参加しているのだから。OBでなくとも足を止めようというものだ。


 いつの間にか、女性レポーターがマイクを持って立っており、テレビカメラも回っている。数人のこじんまりした撮影隊もいて、これはどこかのY0uTubeチャンネルだろう。それぞれに取材が始まっているのだ、


 そして、4番まである『青藍』の2番に差し掛かったところで、「突入!」との声が響き、見物人の輪を押し破って乱入が起きた。もちろん、乱入してきたのは敷間高の面々である。彼らは学ラン姿の応援団に指揮されて敷間高の応援歌『白蓮花』を高らかに歌い、『青藍』を打ち消そうとした。もちろん、政木高の面々もやられているばかりではない。さらに声を張り上げて対抗する。


 羽織袴の応援団と学ラン姿の応援団は、共に腕組みをしたまま体当たりを繰り返し、互いの意地を見せつけ合う。

 緊迫した空気が流れるが、取り囲む観客も予定調和を感じているためか恐怖を感じている表情にはならなかった。応援団同士のぶつかり合いは、それほどに「手慣れた」感じがあったのである。


 小桜は一部始終を見ながら、すべてが緻密に計算されていることに気がつく。『白蓮花』は3番で終わりである。4番まである『青藍』と、歌の終わりがほぼ揃うように乱入が起こされているのだ。しかも、双方のヴィジュアルが対称的なのは、応援団だけではない。

 祭り感がある華やかな仮装コスプレ姿の政木高と学生服で統一された敷間高、詳細はわからなくても、2つの異なる集団が諍っていることは誰でもわかるだろう。


 双方の歌声が終わるなり、杉山が一歩進み出た。

「相摩県立政木高等学校、生徒会長の杉山である!

『青藍祭』に殴り込みの無粋、何事か?

 貴様ら、名乗れ!」

 その声に、敷間高側からも進み出る者がいる。


「相摩県立敷間高等学校、生徒会長の鈴村!

 相摩の地に並び立つ者として、政木の義勇を見に来てやった!

 怖気付いたなら、祭りを止め、潔く我が校の下風に立つべし!」

「己より劣る者に、膝をつく者などいるものか!」

 杉山の声に、政木高側から嘲笑が湧く。


「ほう、己の義勇を見せることもできず、口先のみで切り抜けようとするのか?」

 鈴村の声に、今度は敷間高側から嘲笑が湧いた。


 そして、その一部始終を複数のカメラが舐めるように撮り続けている。

 今は2校のやりとりを録画するだけで女性レポーターはマイクを下ろしてしまっており、音声はあとから入れるつもりなのだろう。


「ならば見せよう。だが、敷間の義勇も見せてもらおうではないか。我が校の1年、小桜将司。定期戦では玉入れで参加した。格闘技はおろか、スポーツすらもやっていない者だ。だが、この者に、断崖宙乱闘の根性勝負で勝てるか?

 敷間に挑む勇気のある者はいるか?

 どのような者が相手でも、この小桜が政木の看板として受けて立つ!」

 杉山の声が、駅前のペデストリアンデッキに響き渡った。

 

 ※

 いよいよ名乗りが上がった。

 そして、なにが起きるのか、一番聞いていないのが小桜である。

 さて、その小桜のド根性、見せてもらおうではないか。

 次話、「帰校」。小桜、ついに押し出されたぞ。期待に応えろ!

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