第52話 青藍祭準備3


「なんかさ、生徒会とか実行委員会でいろいろ考えているらしいんだよ。とりあえず青藍祭初日には、敷間高の連中が殴り込みをかけてくる予定なんだ」

「うちも、取材に行くよ。あ、あとさ、在京キー局にいる敷間女子高のOGが動いて、取材に来るって。あと、それなりにフォロワー数持っているY0uTuberも来るってさ」

 小桜は、青藍祭3日前は学校に泊まったが、2日前は家に帰っている。着替えも必要だし、そもそも風呂にも入りたい。そして、その際だからと、恵茉に電話を入れたのだ。


「小桜さんは、青藍祭ではなんかするん?」

 そう聞かれて一瞬迷ったが、小桜は素直に白状することにした。

「断崖宙乱闘で、敷間高の誰かと戦う」

「なに、それ?

 だんがいちゅうらん……?」

「俺にもよくわかっていないんだけど、落ち着いて聞いて欲しい」

「ええっ?」

 小桜の前フリに、恵茉が息を呑むのがわかった。


「元ネタは漫画なんだけど、崖からロープを垂らし、そこにぶら下がりながら戦うんだ」

「……ちょっと、なに言っているかわからない」

「そうだよね。で、元ネタの漫画の方を読んでみた。したら、ますますわからなくなった」

「……どんな話なん?」

 恵茉の問いに、どう答えて良いものか小桜は悩む。相手が男子であれば笑って終わる話のような気がする。だが、女子が相手だと、理解してもらえない確率が高そうだと思うのだ。


「本当はまだ、情報を漏らしちゃいけないんだけど……。2つの高校が、まぁ、正確には高校じゃないんだけど、代表を出し合って戦うんだ。で、繰り返しになるけど、断崖宙乱闘ってのは崖からロープを垂らして、それに掴まりながらの殺し合いで、叩き落されたら死ぬし、ロープを掴む握力がなくなって落ちても死ぬ」

「……正気?

 安全対策しても、大怪我するんじゃない?

 大丈夫なん?

 それに、それ、なんの意味があるの?

 そして、なんで小桜さんなの?」

 立て続けの恵茉の問いに、小桜は1つも答えないまま話を続ける。


「学校には崖なんかないだろ。だから、3階からロープを垂らして、そこにぶら下がる。俺はそこで精一杯戦う。スポーツチャンバラの刀を今日の昼間にもらって、これで戦うんだって言われた。その漫画じゃ、長ーい手裏剣みたいなの投げたりしてたけど、俺はそんな技持ってないし……」

「……そもそも政木高では、なに考えてんの?」

「『まぁ、見ていろ』って言われています、はい」

 小桜も生徒会長の杉山から種明かしされていない以上、なんとも答えようがない。


「……せめてさ、なんで小桜さんなのかも聞いてないの?」

「さすがに聞いたよ。そうしたら『根性があるから』みたいなこと言われて……」

「私、前に東京で言ったよね。『小桜さんは、絶対にヤバいことにはならないよね?』って。今、まんまそうなっているじゃん!」

 小桜には、言い返す言葉がない。恵茉の指摘はあまりに正鵠を射ていた。


 黙り込んでしまった小桜に、恵茉はしばらく待ったがなにも返事が返ってこないので焦れた。

「だいたいさ、体育会系の根性って人じゃないよね、小桜さんは……」

「ああ、そうも言ったんだ。だけど、やっぱり先輩たちはなにかを考えているんだと思う。少なくとも、俺を犠牲にしてなんてことは絶対考えていない。で、その考えていることを知ってしまったら、俺、期待に添えるように動けなくなるんだと思う。だから、教えてもらえない。そうとしか考えられない」

「それはありそうなことだけど……」

 そう言ってため息を吐く恵茉の声は、果てしなく心配そうだった。


「仕方ないよ。だって、俺がいる政木高は、政木高なんだから。その漫画でも、学園祭があって、でも字は驚愕の『愕』に、怨念の『怨』祭だったりするんだ。狂気と根性の祭典らしくてさ、まぁ、馬鹿馬鹿しさ加減ではうちとおんなじだ。ここまで来たら、もう流れに乗るしかないよ。

 で、政木女子高も、なんか考えているの?」

 こう小桜が最後に聞いたのは、話を変えるためだ。


 恵茉には心配をかけたくないが、そうできるだけの情報を小桜自身は持っていない。なら、ここで愚痴じみたことを言っていても始まらないのだ。


「うちは、知事に止めを刺す係みたい。やっぱり詳細は流れてこないし、先輩たちはOGと暗躍しているみたい」

「……なにを考えているんだろうなぁ」

「本当にね。1年生の私たちは単なる駒かもしれないけど、それにしたって、どういうことか教えてくれたっていいのにねぇ」

「本当にその通り」

 恵茉の嘆息に、小桜は全面的に同意していた。



 ※

 謀は密なるを以て良しとす。

 果たして、全貌が見えているのはどれほどの人数なのだろうか?

 各4校の信頼関係、校内の先輩後輩の信頼関係、そして生徒と教師の信頼関係、そのすべての上の綱渡りが始まっているのだ……。



 いよいよ明日から青藍祭である。

 朝イチに、小桜は生徒会長の杉山に呼び出されていた。

「明日は、これを着て、政木駅で敷間高の連中を出迎えてくれ」

 そう言われて渡されたのは、マントと学帽である。マントは色褪せて薄くなっており、ところどころ破れている。学帽は文字通りの弊帽で、校章はついているがところどころほつれ、ぼろぼろと言っていい。


「学生服は自分のでな。それと、これ」

 そう言われて渡されたのは、朴歯である。鼻緒は太く、直径3cmほどもあるだろうか。高さは10cmを超えているようだ。これだけは新造品らしく、木の香りと白い鼻緒が目に染みる。


「旧制時代のですよね?

 すごいですね」

「皇帝から手に入れた」

 杉山の返答に、小桜は一も二もなく納得した。


「朴歯だけは、古いものは無理だった。消耗品の最たるものだからな。だから、応援団からガメてきた。最初は作ろうかとも思ったんだが……」

「……が?」

 言い淀む杉山に、小桜は聞き返す。


「何代か前の先輩で、手軽にできるからと、杉材で作った人がいたんだ。それで1度はと、自宅から学校まで歩いた、と。そうしたら、学校に着く頃には雪駄になっていたそうだ」

「歯が全部すり減ったってことですか?」

「ああ。それじゃあまりにみっともないからな」

 話の持っていきようによっては笑える話だろう。だが、この場ではそうなりようもない。


「これで、敷間高の連中と駅前で煽り合いをして、そのまま観客を校内に引っ張り込む。テレビカメラも入るそうだから、釣られて入ってくる人数も多いだろう。あとは頼むぞ」

「なにを頼まれているのか、未だによくわかっていないんですけど……」

 小桜の返答に、杉山はいつものようにはぐらかした。

「いいんだ。根性を見せろ。そして、見られていることを忘れるな。俺からはそれだけだ」

「……はい」

 この期に及んでも説明はない。

 小桜は、腹を決めるしかなかった。


 ※

 いよいよ明日は愕怨祭、おっと、学園祭本番。

 このまま祭りは始まるのか。

 次話「S.O.S.」。小桜、もはやナレーター役とて、「死ぬな」としか言えない……。命懸けの戦いが始まる……。かもw

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