第51話 青藍祭準備2


 青藍祭まであと3日。

 学校に泊まり込む者も、ちらほらと出てきている。

 小桜はひたすらにハンドグリッパーで握力を鍛えながら、あちこちの展示の手伝いに駆り出されてた。


 聖書研究会では天井に天使を舞わせる予定で、滑車とロープ、モーターを準備していた。だが、大きな問題があった。

 モーターは、廃品処理場の古い洗濯機から取り外してきたものだ。その結果、天使は教室の半分を前進すると一時停止し、次の瞬間バックを始めてしまうのだ。タイマー機能は殺したとはいえ、元が洗濯機のモーターなのだから、あまりにも当然のことだ。


「小桜、コレ、なんとかならないかな?

 車ならならまだしも、天使がバックで飛ぶのはあまりにみっともなくてな」

 小桜を呼び出して、そう聞いたのは同じクラスの聖書研究会の鈴木である。呼び出しはしたが、「小桜なら解決してくれる」などとは毛頭考えていないだろう。部活にも入っておらず、暇そうだから声をかけたに過ぎない。


 この鈴木、キリスト教徒ではないが、世界史に関わる知識を得たいと在籍している。

 以前、校門の前で拡声器を使って布教に来た団体を、聖書からの引用のみで泣くまで追い詰めたのはこの鈴木である。


 小桜の目の前で、可憐な天使の人形が教室の天井近くをしずしずとバックで飛んでいる。

 鈴木の言うとおり、たしかにみっともない。


「制御系が入っているからだろ。それを外して、電源とモーターを直結すればいいじゃねーか」

「馬鹿野郎。もうやったんだよ、そんなこたーよ」

 自分の案を吐き捨てるように却下されて、小桜は逆に興味を惹かれた。


「それで、どうなったんだ?」

「超高速で天使が飛び回りだした。どうも、モーターの回転速度と回転方向はセットで制御されているらしい。だいたいな、天使は戦闘機じゃねーんだぞ」

 憮然とした鈴木の前で、思わず小桜は笑い出していた。そのときの鈴木たちの周章狼狽ぶりが想像できたのだ。

「小桜、笑ってねーで、なんか案を出せ」

 そう言う鈴木の前で、今度は天使が前向きに飛んでいく。


「モーターの回転軸の半径を縮めろ」

「それもやった。回転軸とロープの摩擦が減ったせいで、回転軸の運動がロープに伝わらなくなって天使が動かなくなった。おまけに、無理やり動かしたら回転軸の半径が小さいせいで、天使がロープごと回転軸に巻き込まれて首が飛んだ。ちょっとしたスプラッタ感があったぞ」

「くそっ!」

 小桜は思い知る。

 やはり、この学校の生徒だ。いろいろと考えていやがる。自分が思いつくようなことは当然のように思いついていて、実験済みだ。

 

「制御系の箱は開けたか?」

「開けた。だが、ムカデのようなICがいくつか入っているだけで、ワケがわからんよ」

「見せろ」

 小桜の声に、鈴木はネジを締めていない板金製の箱の蓋を取る。


「この線がモーターに伸びているんだな。で、これはこの黒い塊に繋がっていて……」

 小桜は、スマホを取り出して、ムカデのようなICの上の数字とアルファベットの羅列や黒い塊の上に書かれている文字列を検索する。


「おい、鈴木、この黒い塊、スイッチだ。リレーって部品らしい。これでモーターの電源を制御して正転逆転を切り替えているんだ。制御の内容まではわからないが、このリレーの隣のICはリレーを駆動するものらしい。で、このリレーのデータシート見ると、モーターへの配線の反対側に制御の信号が入る端子がある。つまり、このICとリレーの間の線を切れば、正転逆転を切り替える機能は殺せる」

「マジか。やっぱり調べるべきだったなぁ。どうせわからんからと調べなかったわ。くそっ!」

 鈴木はそうボヤきながらモーターの電源を切り、カッターナイフで小桜の指示したポイントの基板の配線を剥がす。


「これでいい。やってみよう」

 小桜の言葉に鈴木は頷き、再び電源を投入する。

 天使はゆっくりとバックを始めた。そして、一時停止も前進もすることなく、ひたすらにバックを続けていく。


「……なんてことだ。前より酷いことになった。小桜、どうしてくれるんだ?

 モーターの配線をやり直すのか?

 めんどくせぇなぁ」

 鈴木が問い詰めるのに、小桜は冷徹に答えた。

「この馬鹿が。天使の向きを逆に取り付けろ」

「なに?

 えっ?

 あっ、そうか」

 鈴木は納得し、小桜に対して形ばかりの嘘っぽい十字を切って感謝の姿勢をみせた。



 ※

 ま、予算がないから、こういうことも往々にしてあるのだ。

 そしてこのような苦難は、一つ一つは些細なものであれ、頭でっかちの彼らが、現実を識るよい機会だったりもする。

 やはり、実務は大切なのだ。



「おう、小桜。聖書研究会の展示の電気回路、お前がいじったんだと?」

「まぁな」

「じゃあ、今度は物理部の展示を手伝え」

 これは、隣のクラスの細川である。

 一旦使える奴だと認識されると、仕事はいくらでも持ち込まれる。部活に入っていない遊軍ということで、いいように使われだしたのだ。


「なんだ?」

「学校裏の山の上にCDプレーヤーを置いた。で、音声データのレーザー出力をレーザーポインタに置き換えて校舎に向けて飛ばしている。で、ここで鳴らしているんだが、音が飛び飛びでノイズも酷い」

「シュミットトリガICを挟んでみろ」

  シュミットトリガとは、デジタル信号の波形を整える働きを持っているICである。本来、デジタル信号とは0と1のみの矩形波(四角く描かれる波、方形波ともいう)で送られるべきものだ。だが、長距離を送られたりノイズが混じると、四角い波は鈍ってなだらかな三角形の波になってしまう。それを再び元の矩形波に戻してくれるのだ。

 先ほどの聖書研究会の洗濯機のリレーを制御していたICにあった機能で、小桜にとってはさっき得たばかりのほやほやの知識だ。


「お前、物理部でもないのに、なんでそんなこと知っているんだ?

 趣味で電気工作でもしているのか?

 だが、それはもうやっている」

「鈍った波をデジタルの波に戻す際の、ここ以上1、ここ以下は0と見分けるしきい値って、どうやって決めているんだ?」

 これは、技術的確認ではない。あくまで個人的な好奇心からの疑問である。小桜の英語力では、テクニカルタームを含む英文のデータシートからそこまで読み込めなかったのだ。


 だが、小桜の言葉を聞いたるる細川の顔色が変わった。

「そうか。その可能性はあったな。長距離のレーザー光だから読み込みが不安定で、レーザー受光器からの出力が安定しないなら、半固定抵抗とコンデンサで信号のバイアスを取れば、しきい値は自在に設定できるか……」

 もはや小桜にはちんぷんかんぷんである。なにを言われているのか全く理解できていない。


「小桜、サンキュー。助かった。お前、すげーな。やってみるわ」

「……お、応っ」

 戸惑う小桜を放り出して、意気揚々と細川は戻っていく。


「小桜。次、いいか?」

「あ、う、……いいとも」

 こうして、小桜は青藍祭まで残り数日を、ハンドグリッパーとともに走り回ることになった。



 ※

 最終的に、流行っている曲のブラスバンド用のスコアまで書かされたナレーター役が通りますよ。

 あれは大変だった……。

 次話、「青藍祭準備3」に続く。小桜、君にはふさわしい服装コスプレがあるっ。

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