第50話 それに出るんですか?
生徒会長の杉山は続ける。
「敷間高との定期戦はスポーツでの戦いだし、受験の成績はそのまんま数字に表れるが、今回はマジの戦いで競うという体でやる」
「先輩、俺、格闘技とか経験ないですよ。せいぜい授業の剣道だけです」
「逆だ、小桜。経験者には頼めない。そうなると、単に剣道部同士や柔道部同士の試合ということにしかならないからな」
それはそうだ。それなら既に定期戦で戦っているだろう。
「……じゃあ、どんな戦いを考えているんですか?」
「断崖宙乱闘、頂極大巣火噴闘とか……」
「なんですか、それ?」
いきなり言われてもわからない。「だんがいちゅうらんとう」とか、「ちょうごくだいそうかふんとう」の言葉の音だけでは、想像できる範囲をあまりに超えている。
「知っているか?
今はネットミームの一つなんだが、昔、男ばかりを集めた私塾の漫画があった。そこでの生活が、我が校と似ていてな」
「そんなんがあったんですか?」
ジェネレーション・ギャップを感じる小桜ではあるが、当然のこととして杉山とてリアルタイムで知っているわけではない。
「ああ。新入生シゴいたり、巨大な校旗、まあ漫画では塾旗だが、そんなのがあったり、男同士のバカさ加減の話があったりな」
「今度読んでみます」
小桜はそうは言ったものの、話の展開がまだ掴めていない。
「で、途中からご多分に漏れず、バトル漫画となった。で、これが滅茶苦茶でな、で、滅茶苦茶だから面白くてな」
「……どれほどの滅茶苦茶加減なんですか?」
小桜の問いに、杉山はにやりと笑った。
「校内で死人が出るレベルだ」
さすがに小桜の顔から血の気が引く。
「……まぁ、それは確かにウチですね、昔の。でも先輩、マジでやるんですか?
俺、死ぬのはイヤですよ」
「おいおい、マジでやって現代で死人が出たら、そもそもマスコミに取り上げられるニュースの種類が変わっちゃうだろ」
それはそうだ。
小桜は納得し、一瞬逃げかけた足の向きを戻した。
「で、その『だんがいちゅう』なんとかってのは、なんなんですか?」
「3階のベランダからロープを垂らし、それにぶら下がって敷間高の相手と戦うんだ」
「……だから、それ、死にます」
さすがに小桜は呆れ返った。
「最後まで聞け。今日の
「……それなら死にませんが、今ひとつイメージができません」
杉山の言うことは、一つ一つが小桜の想像を超えていた。
「いいか、ロープの固定点が高ければ、それだけで迫力が出る。ぶら下がっている位置が低くてもな。で、真面目に戦って見せるわけだが、ポイントは『戦って』ではなく、『見せる』の方だ」
「たとえそうだとしても、思いつくだけで2つ問題があります。まず、そのロープに俺、1分もぶら下がれないかもです。2つ目は、お笑い番組で若手芸人が無茶やっているのと同じに見えたら、絶対に逆効果です」
「もちろん、それも考えてある。いいか、小桜。我々の目的からして……」
続く杉山の説明を聞いた小桜は、ただただ驚くしかなかった。
※
もちろん、出典は「魁!男塾」であるっ(ちょっとだけ変えてあるけど)。
この素材を杉山はどう料理するつもりなのか、どのように自らの目的を果たすために使うのか。
ネタバレはできないので、諸兄、諸姉におかれては、もう数話待たれたい!!
最後に、杉山は小桜の肩に手を置いた。
「ただな、最後に言っておく。小桜にやって貰おうと思ったのは、いい根性を持っているからだ。成績順位を前代未聞の勢いで上げた1年生のことは、3年の授業でも話す先生がいるぞ」
「俺、ヘタレですよ。運が良かっただけです。それにそんな『根性』だなんて、前時代的な……」
小桜は、杉山の発した「根性」という単語に、驚きよりもショックを受けていた。
受験だけでなく、戦いというものは論理で判断され、論理で勝敗が決るものだ。当然そこには、物量の補給も含まれている。だが、根性などという精神論の入る隙はほとんどない。どれほど根性があろうとも、素手では銃弾に抗えないということだ。
現に、小桜だって「根性で」勉強したという自覚はまったくない。寝なかったとか、身体を壊すまでがんばったとか、そういうこともまったくしていない。
すべては良い師に巡り会え、良い勉強ができた結果である。
「いいや、お前は納得したらどこまでも戦いぬけるいい根性がある。そして、おそらく今の小桜が考えているように、戦いの場に悪しき精神論は有害だろう。だが、準備段階では違う。『無茶ではあっても無理ではない』という、そこを支えるのはやはり根性だと俺は思う。3階の窓からぶら下がる
「それは、わからなくもないですが……」
小桜は杉山の顔を立てるために、あいまいに頷いた。
先輩が、今さらに持ち出した精神論には納得がいかない。だが、否定もできない。論理の世界のものではないので、経験則からの判断はできても、明確な肯定も否定もできかねる。つまりは水掛け論になってしまうからだ。
「小桜にもわかるようになるさ。根性という言葉の本当の定義がな。まぁ、見ていろ」
杉山の言葉に、小桜は頷くことしかできなかった。
ただ、明日から、握力だけは鍛えようと、そう決心はしたのである。開始早々でロープからずり落ちてしまえば、誰に対してもなにごとも伝えられない。
杉山の計画は、やることは学芸会でも、その効果はぜんぜん異なるものを目指しているからだ。
※
「根性」は、すっかり体育会系の言葉になっていたりもするが、元々は違う意味の言葉なのだ。その小桜の認識の齟齬を、あえて杉山は指摘しない。後輩を育てるため、である。
小桜なら自ら掴む、杉山はそう後輩を信じているのだ。
次話、「青藍祭準備2」に続く。まだまだ準備は続くぞ。
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