第49話 イベント準備


「ここ、3階ですよね?

 なんでそんなことしたんです?」

 改めて聞く竹塚に、3年生は答える。

「だって、窓の外側のガラスは、廊下側からでは隅々まで拭けんだろう?

 しかもサッシだから、ドライバー用意しないと窓も外れん」

 言われてみればそのとおりだ。1年生は1階だから、脚立を用意して窓の外側は拭いていたはずだ。


「で、どうなったんですか?」

 我慢しきれずに、小桜が聞く。

「皇帝、上機嫌で、『掃除ご苦労、で、ちょっと戻ってこい』と声をかけた。で、あの矢島バカたちが廊下に着地した途端、雷が落ちた」

「騙し討ちじゃん」

「まぁ、いきなり雷落として、地面まで真っ逆さまじゃ洒落にならんからな。まぁ俺たちも、あそこまで怒られたのは初めてだ」

 竹塚のツッコミに3年生は答える。


 ふと、小桜には思い至ることがあった。

「……他校の生徒ですが、ラグビーの試合で校内で死んだんが出たってのは、本当ですか?

 実質、看取ったのは皇帝だったとか……。皇帝が怒ったのって、それを繰り返したくないからじゃないですか?」

「そうだな……。そうかもしれないな。だがまぁ、矢島のバカが吊るし上げられたのは仕方ない。実際、そうなってもおかしくなかったしな」

 と、ここで杉山が割り込んできた。


「皇帝には借りができた。おそらく皇帝のことだ、以後は不問のはず。この借りは大きすぎる。なんとしても返さねば、俺たちの男が廃る」

「そうだな。このままって訳にはいかない。青藍祭が開催できなくなるところだったんだからな」

 他の3年生からもそんな声も上がった。


「よし。3組、4組、いるか?」

「応っ!」

「いるぞ」

 野次馬で廊下に出てきた3年生の中から、いくつか返事の声が湧いた。


「お前ら、皇帝の生物の授業があったよな?

 クラス全員で以下を共有意識としろ。次の生物の期末、全員80点以上な。それ以下だった者は生物系理科室の大掃除だ。忙しい時期だが、例外は認めん。青藍祭の間も手を抜くな」

「……80点以上は、無茶じゃないか?」

「皇帝の試験問題は、意地悪なものではない。真っ当に試験準備すれば、真っ当に点が取れる。無理じゃねぇ。やる前から負けるつもりになってんじゃねーよ!

 自分の受験にだって有利だろうが」

 杉山の声が、誰かの異論を踏み潰して響いた。


「そうだな。世界史の坂田の試験じゃ、どうやっても点が取れねぇ。だが、皇帝の問題ならイケるかもしれん」

「仕方ない。生物5傑に入っている俺が特別にわからないところを教えてやる。あくまで特別だから、どこがわからないかわからないなんて甘えるんじゃねーぞ!!」

「部活も引退しちまった。場所がない。杉山、青藍祭の間、生徒会の部屋を貸せ」

「勝手にしろ」

 小桜から見ても、驚くほどとんとん拍子に話はまとまっていた。



 ※

 教師への恩義を返すには、基本、これ以外の方法はない。生徒の得点が低いことを喜ぶ教師はいないのだから。

 そして、うんとちっちゃい話をすれば……。

 学年で同じテストをし、自分の受け持ちクラスの点が他の教師の受け持ちクラスの点を大きく凌駕したとき、それはそれでとってもうれしかったりするのだ。



「小桜、ちょっと待て」

 階段を降りかけた小桜の背に、杉山が声をかけた。

 竹塚は小桜と杉山を等分に見たあと、一礼して先に階段を降りていった。


「定期戦のときの、敷間高側の話は覚えているか?」

 周りを見渡し、小声になった杉山がそう小桜に聞く。

「もちろんです。政木駅から大挙して押し寄せてくるとか」

「そうだ。敷間女子高のマスコミ関係のOGが取材に来る。その場で、馬鹿なイベントをするぞ」

「馬鹿ですか?」

 杉山の言うことが飲み込めず、小桜は聞き返した。


「そうだ。一般受けするような、人畜無害で愚かしい行為だ」

「男子高の生徒は優秀だと、そういう路線ではないんですか?」

 小桜の問いに、杉山は笑った。


「地方の公立男子高の進学校が優秀だなんて話、どこがキャッチーなんだよ?

 マスコミだって、その扱いを見る視聴者だって、そんな鼻につくものは見たいとは思わん。そもそも、学校紹介の前置きで、県内1、2を争う進学校だって前置きは入るだろ。その前置きとのギャップがあればあるほどいい。そんな映像を撮らせてやるんだ。県内1、2を争う進学校が本気でやる馬鹿をな。そして、1人でも多くの人間の記憶に残す。これだけで、この高校を共学化する、つまりなくすという発表に対して抑止効果が生まれる」

 一瞬考え込んだものの、小桜は返事を返した。


「……なるほど。先輩、行政側の、『こっそりいつの間にか決定』ってのを阻止するんですね?」

 近頃は小桜も、そのくらいのことは言えるようになっている。


「そうだ、小桜。関心を持つ人間が増えるならば、行政上の手続きはより瑕疵のないものにしておかねばならない。全行程で開示請求に耐えるものが必要ってことだ。そうなると、議会も含め、すべてがなあなあでは済まなくなる。きちんとした議事も必要になるし、世間話にも出てくるだろうから、産業界や誘致したいIT企業にもきちんとした言い訳ができるようにしておかねばならない。

 そもそもだが、誘致したいアメリカのIT企業にいるOBは、今回の青藍祭のために、日本に戻ってきてくれるそうだしな」

 これは、小桜も初耳である。なんとも心強い話ではないか。


「向こうに行った先輩は、いい仕事してくれたんですね?」

「そうだ。人たらしに行かせた甲斐があった」

「人たらし、ですか……」

「そうだ。応援歌、青藍を口ずさむだけで、文字通りすべての門扉をこじ開ける人たらしだ。俺はあいつの受験が心配だよ。失敗したら、マジモンの詐欺師になりそうだ」

 杉山のぼやきに、小桜は笑った。


「ウチのクラスにも、ギャンブラーがいます。受験に失敗したら雀プロでしょう。こないだなんか、授業中に西郷隆盛の『西南しゃーなんやく』ってやらかしました」

東北とんぺい大学はよく聞くが、西南しゃーなんやくは初耳だな」

 そう言って、今度は杉山が笑う。


「ともかく、小桜、おまえにはそのイベントでやって貰いたいことがある」

「なんでしょうか?」

「敷間高と戦って欲しい」

「はっ!?」

 小桜の顎が、かくんと落ちた。


 ※

 戦う?

 生徒会長は、なにを考えているんだ?

 小桜、なにをさせられるんだ?

 次話、「それに出るんですか?」、に続くぞ。さあ、アホらしさ全開だっ!

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