第47話 戦術


 喧嘩を止める。

 これは良いことだ。女子だけでなく、男子だって喧嘩は止めるべきた。小桜の考えも、そこは動かない。


 だが……。

 群れの中のつつき順位など、一念発起すれば変えられるものだ。現に小桜は変えてきた。だがそれは、なあなあでは済まないないほど追い込まれたからだ。ブービーという成績順位はそれほどに重い。

 喧嘩が続いてさえいれば、逆転のチャンスは残されている。だが、途中で止められた喧嘩は、殴られていても心が折れていなかった人間の心を、別の角度から折り尽くす。逆転の機会を奪われただけでなく、負けに納得して逃げるなり別の道を選択するなりもままならなくなるからだ。

 小桜にとっては、そちらに方が怖い。

 最後の試験でブービーだったら、挽回の機会は永遠に来ない。


 もちろん、いくら頑張っても順位を変えられない人もいるだろう。だから、そこまで追い込まない方が良いという考えがあることもこともよく理解できるし、とても否定などできない。小桜は自分が例外かもしれないことに気がついているし、逆転できる環境に恵まれていたことにも気がついている。

 そこまで考えて、小桜はさらにもう1つ気がついてしまった。


 この学校にいじめはない。それは断言できる。

 だがこれはきっと、この学校の生徒が人格者揃いという理由ではない。先ほどの生徒会長の、「なあなあな平和」な雰囲気で覆われているからでもない。それより、いじめによって群れの中の順位を確認する必要などないということが大きいに違いない。なにしろ、テストの度に、否応なくその絶対的順位は自覚させられているのだから。

 文字通りの「ルールのない抽象的な強さ」を比べ合い、確認する必要などまったくないのだ。そして、「剣を取っては負けたが相撲では勝てたはず」などの、もしも、もない。

 群れの中は、純粋な闘争状態にあるがゆえに、雑事の闘争を起こす必要がなく常に平和なのだ。

 

 そんな純粋な戦いの場が、異性がいることで濁ってしまう。いや、濁るという表現は良くないかもしれない。それでも、小桜の心情としては、「濁る」なのだ。

 恵茉に聞けば、男子が混じることで同じように女子間の闘争が「濁る」と感じるかもしれない。ならばこれは相子あいこであろう。


 小桜は、同じ材料でありながら皇帝とは違う筋立てで組み立てられた、「共学にすると男子の成績が落ちる理由への考察」を生徒会長から聞いた。

 人が違えば、持っているバックボーンの違いから異なる考察が生まれる。当然のこととして、それぞれの考察にはそれぞれの補強証拠がある。その妙味に小桜は唸らざるをえない。


 生徒会長は続ける。

「だが、これも使えない説だろうな。近頃の性差に対する圧力はやたらと強いからな。男子の闘争に女子が混じるなという、その思い自体が叩かれる可能性もある。なんせ、女子の格闘技選手がどんどん生まれる時代だし、彼女らがファイターであることに疑問はない」

 これにも小桜は頷いた。



 ※

 みんなそれぞれに、思うことはたくさんあるのだ。

 きっと小桜だって、自分なりの理由を見つけられるはずだ。

 だが……。

 共学化の波に対抗できる決定打はどれなのか?

 前途多難であることに変わりはない……、のか?



「そういえば、定期戦のときに別学の意義についてまとめることになっていましたよね。それについては纏まりましたか? どう書いても叩かれる材料になりかねないと思うので、大変だったと思いますが……」

 小桜の問いに、生徒会長は頷く。


「もちろん、まずは我々の成績が落ちる、延いては進学率が落ちるぞ、と。これはもう絶対に外せない。だが、見解は入れず『心配である』とのみ書いた。あくまで主文は統計上の事実だけだ。統計結果を叩くのは無理があるからな。

 それから女子の科目選択について、別学と共学での違いを書いた」

「えっ、違うんですか?」

 これもまた、小桜にとっては初めて聞く話である。


「共学高にいる女子は、選択教科で、物理、数学を選ばない傾向が強い。だが、女子高の女子は、そういった科目も選ぶ。共学高の女子は、自分を女子らしく見せようとそんなところまで自粛してしまうんだ。なんとくだらないことかと思うが、これもデータを出し、『心配である』とのみ書き、見解は入れなかった」

「なるほど。事象のみを羅列して戦うんですね」

「議論は、それぞれの陣営で我田引水して水掛論となって成り立たない恐れがある。こちらが考えている分、相手だって考えているだろうからな。だが、事実だけを突きつける形であれば……」

「なるほど」

 小桜は納得してそう返す。


「自分で再反論は考えろと、丸投げするのですね?」

「そうだ。この手の平均台の上で戦うような議論は、1つ間違えると炎上して自滅する。そのリスクは共に背負うことになっている。なら、相手の自殺点を誘うのも戦術のうちだ。統計データを突きつけて、『どう考える?』と相手に語らせるんだ」

「なるほど、です」

 小桜もその先は予想がつく。


 ここは県立高校だ。だから、行政のトップが組織改編すると言い出せば無風では済まない。

 だが、こちらが自殺点を狙う方法で対抗するとなれば、レスバトルにはならない。こちらはそもそも見解を書いていないのだから。

 その一方で相手は行政であり、説明責任アカウンダビリティを求められている。こちらはものを言わなくても済むが、相手はそうは行かない。

 そういう意味でこの勝負、こちらが有利なのだ。


 相手に語らせ、上げ足を取り続け、それでもようやく組み立ててきた論理には初めて論理で対抗する。

 担当の職員からしたら、「なんと不公平なことか」と嘆息するだろう。

 こうなると、相手もその組織のトップが決めたことでも、より慎重に動くようにならざるをえない。下手を打てば、トップがボケたと言われてしまう。こうなったときの担当の職員は、もう一生浮かばれないだろう。


「その戦法だと、さっきの皇帝の説も生徒会長の説も、『使えない説だ』と言いながら、実は全部伏兵じゃないですか」

 小桜の指摘に、杉山は笑った。


「小桜、戦いは楽しい。男子だからな。だが、相手の足元に落とし穴を掘るのは比べ物にならないほど楽しい。そして、落とし穴の底に剣山を敷き詰めるのは、これはもう戦い以上の快感だ」

「わかりますが、露骨ですねぇ」

「ここは我々が露骨でいられる場だろう?」

 杉山の言葉に、今度は小桜も大きく笑った。


「とりあえずは、青藍祭、楽しみにしていろ。そして、協力しろ。小桜にしかできないことがある」

「はいっ!」

 小桜は勇んで返事を返していた。



 ※

 すでにいろいろと、なにやら考えられているらしい。

 これに乗るかと聞かれて、断ることなどできはしない。さあ、いよいよ戦闘開始だ。

 次話、「青藍祭準備」。みな、身を粉にして働くのだ。

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