第46話 生徒会長
やはり小桜としては、生徒会長と直に話すのは恐れ多いという感情が抜けてはいない。そのために、定期戦後も3階まで上ることはなかった。だが、今日は皇帝から聞いた話のこともあるし、なによりも自分のことを気にかけてくれていたというからには、1度はきちんと礼を言うのが筋だろう。知らなかったと言えばそれまででも、今の小桜は知っているのだから。
6時間目が終わると同時に、小桜は3階に向けて階段を駆け上がった。
ただでさえ3年生は、自分の受験勉強だけでなく、部活の引退にからむあれやこれやや文化祭の準備で大忙しのはずだ。さらに生徒会長ともなれば、文化祭実行委員会との調整やさらには生徒会委員選挙の準備まで重なってくる。それはもう、ろくに寝られないほど忙しさだろう。
この学校は、そういうとこにはつくづく容赦がない。例によって「無茶ではあっても無理ではない」と言われてしまうだけだ。
その大忙しの人をつかまえるには、授業終わりと放課後の境目のこのタイミングしかない。
3階に上ってみると、どの教室もにぎやかな声が漏れてきている。
もっと深刻な感じなのかと思っていた小桜は、少し拍子抜けした気分になった。
教室から出てくる3年生とすれ違いながら廊下を進み、生徒会長のクラスにたどり着く。
「失礼します。杉山先輩、お願いします」
教室のドアが開き、真っ先に出てきた3年生に小桜は声を掛ける。
「ああ、小桜じゃないか」
「あ、先輩」
入学して間もない頃、生徒会長の杉山と一緒に鯉のぼりを繕っていた3年生である。申し訳ないことに、小桜は名前を覚えていない。
「なんで私の名前、覚えているんですか?」
思わず問い返すと、その3年生は笑った。
「『5月に桜が来るのは遅くないか』って、あのあとみんなでウケたんだよ。気にするな。秋に来たら
「……はあ」
小桜は、戸惑ったままそうとしか答えられない。だが、先輩に名前を覚えてもらえるのは悪いことではないだろう。これから先、悪事を働く予定もないのだから……。
※
自分の姓ゆえに、小桜は自分自身が季語になる自覚がない。
でもまぁ、そんなもんですよね?
自分の住んでいる県名を英語で直訳すると、やたらと違和感を感じるでしょ?
ブルーフォレストとか、ロングフィールドとか言われたってねぇ。そもそもグッドラックアイランドは、島じゃないし。
これって、改めて意味を突きつけられる違和感なんでしょうね。
「杉山。後輩が来ているぞ」
振り向きざまに教室の中に叫ぶと、「じゃあ」と手を振ってその3年生は歩き去っていく。小桜はその背に目礼し、教室を覗き込んだ。
1年生の小桜からしたら、3年生の教室は猛獣の檻に等しい。女子高であれば先輩はお姉さんという感覚があるかもしれないが、男子高には先輩がお兄さんという感覚はまったくない。身体も大きいし、一種、異様なまでの迫力があるのだ。小桜のクラスで3年生とフィジカルで互角に張り合えるのは、ラグビー部の山内しかいないだろう。
「おう、小桜か。入れ」
「失礼します」
杉山の声に、小桜は一礼して3年生の教室に踏み込む。
「斎藤、借りるぞ」
杉山は帰り支度をしている前の席の生徒に声をかけ、その椅子を自分の机の方に回した。
「小桜、座れ。何の話だ?」
そう言われて、小桜は自分が歓迎されていると感じた。座れというからには、無条件で時間を取ってくれるということだ。皇帝のところもそうだったが、良い先輩は後輩を拒まないのだろう。
「実は、昼休み、皇帝とサシで話してきました。杉山先輩が皇帝に私のことを話してくれたそうですね?」
「ああ、あれな。皇帝はこの学校を具現化したものだから、なにかあったら話しておいた方がいい。で、皇帝の話は面白かったろう?」
杉山の言葉に、小桜は頷く。
「はい、とても。男子高、女子高の別学の意味を話してくれたのに、最後にそれを使えない言説だと自分で否定しました」
「皇帝らしいな」
そう言って杉山は笑った。
「私は、共学にすると男子の成績が落ちるというのがショックでした」
小桜の言葉に、杉山は再び笑ったが、それは先ほどの笑いとは異なる種類のものだった。
「どうやらそうらしいな。なんだかんだ言って、男の世界は厳しい。常にどっちが強いかなんてことを考えるのが、男の
「表面上の平和が、なあなあになってしまうってことでしょうか?」
小桜の言葉に杉山は頷く。
「古来、ほぼ男しか出てこない小説や漫画は多い。メルヴィルの白鯨に始まって、今の武闘系漫画に至るまでな。それから、戦いにおける女神として女性を天辺にお飾りにする話もあるが、最強を決めるストーリーはその女神によって左右されない。つまり、どっちが強いかと、ひたすらに最強を決める過程を描こうとする話の多いこと多いこと。
で、そういう話の最後、勝ち残ってきた2者のどっちが強いかという最後の戦いで、女性に『もう止めて!』と言われて戦いを止める、そんな話が成立すると思うか?」
「それは……、成立はするかもですが、間違いなく売れない」
そう答えながら、小桜はそういう話に心当たりがありすぎて呆然とするほどだった。男とは、どこまで戦いが、そしてそれによる決着が好きなのだろう?
これが群れの中の順位付けの本能の発露だとしたら、救いがなさすぎる。
ニワトリのオスの順位付けは、クチバシでつつくことで示される。つつき順位最下位は、一生を群れのすべてのオスからつつかれ、痛い目に遭いながら終わるのだ。
ヒトのいじめなども、この本能と無縁ではあるまい。
もっとも、女性の群れからの仲間はずれという形のいじめは、女性原理の別の論理によるものかもしれず、どちらかの方が罪が軽いというものでもないのではと思う小桜である。
ただ、小中学校で男子の喧嘩を止めるのは、たしかに女子が多かった。「もう、やめなさいよ」とか、「先生呼んだからね」とか、そんな叫びが小桜の記憶にも残っている。
だが、それが良いことだったのか、今の小桜にはわからなくなっている。
※
お気づきですか?
3年生のクラスも、机は五十音順で並んでいるのだ。だから、斎藤、杉山、とね。で、3年ともなると、同じ姓の者がいてももう呼び名は確立しているので、2号とは呼ばれないのだ。
さあ、小桜がわからなくなっているのには当然の理由がある。
次話、「戦術」。小桜、知るより深く、識るがいい。
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