第39話 勝敗


 部対抗の試合は次々と消化されていた。

 双方にとって順当に進んだものもあり、不本意な結果となったものもあった。だが、それらの結果は着々と集計されていく。

 ここのところ、例年政木高が勝っている。敷間高も今年こそはと頑張るのだが、政木高の圧倒的な勢いに押し切られてしまうのだ。


 それでも敷間高は午前中に大きく負け越すことはなく、午後に逆転の希望を繋いだ。

 そして、いよいよ綱引きである。

 敷間高の校舎の前、舗装された通路に長く太いロープが置かれた。そのロープの周りだけ細長く誰もいないが、それ以外はみっしりと両校の生徒が立っている。午前中で試合を終えた部活組も来ているのだから、あまりに当然のことだ。

 校舎の上の階から見下ろせば、ロープの中央を境目に、ジャージの色が揃っている敷間高とごちゃまぜの色の政木高で良いコントラストだっただろう。


 まずは1回目の戦いだ。

 選手に選ばれた者たちが進み出てロープを握る。両校の担当の生徒が敵陣の人数を確認し、OKのサインを出した。審判の手が上がり、ホイッスルの音と共にその手が振り下ろされる。


 途端に沸き起こる歓声。

 息を合わせるための掛け声。

 手のひらの皮が剥がれようとも離さじと真っ赤に力んだ顔々。


 ロープの真ん中にくくられた目印の赤い紐の位置は微動だにしないが、そこに強大な力がかかっている緊張感だけは誰にでも感じ取れた。きっとどれほど些細な傷であっても、付いた瞬間、この太いロープはふっつりと切れてしまっただろう。


 小桜は同じクラスの仲間と一緒に、浅川と黒崎と三城が歯を食いしばってロープを引くのを至近距離から応援していた。色の白い浅川の顔が生え際まで上気している。黒崎はギャンブラーとしてのいつものイカサマが封じられ、三城も口撃を封じられているから、共にひたすらにロープを引く。


 15秒ほどは動かなかった赤い紐が、ついにじりじりと動き出した。掛け声とともに、5mm程ずつではあるが政木高の方へにじり寄っていく。それを見ている敷間高側の応援は悲鳴のような声が混じり、政木高側の応援はもはや狂乱といっていい。

 その状態が見えていない小桜でも、ロープ中央あたりの騒ぎになにが起きているのかはわかった。


「死ぬ気で引けっ!

 いや、そのロープと一緒に死んでしまえ!」

 応援というより、とんでもない叱咤が周囲から飛ぶ。

 だが、もう浅川、黒崎、三城にはその声は聞こえていないだろう。


 ロープの中央の赤い紐は1度は止まったものの、その後は掛け声とともに10mm程の勢いで政木高側に引き込まれて行く。そしてもう、それが引き戻されることはなかった。


 審判のホイッスルが鳴り、力尽きた生徒たちがそのまま仰向けに倒れ込む。

 政木高にとって、今まで成し遂げられなかった歴史的快挙だった。

 期せずして肩を組み、「青藍」を歌い出す者がいる。肩や背を叩き合い、感極まってそのまま膝をつく者がいる。腕を上げ、雄叫びを上げる者がいる。信じられずに呆然と立ち尽くす者までいた。

 浅川、黒崎、三城は肩を抱き合って、そのまま地面に倒れ伏すしている。精も根も尽き果てたのだ。


 ありえない敗北に茫然自失と立ち尽くす敷間高側に対し、トドメとばかりに再び大歓声が湧いた。

「次は玉入れだ。もう勝ちは貰った」

「豚どもめ、お前たちは負けたんだ」

 そんな罵声までが湧く。


 政木高側は、そのまま校庭に雪崩れるように駆け出していく。次はお家芸の玉入れなのだ。部対抗の方も優勢だし、完全勝利はもう確実。逸る自分たちを抑えるものはなにもない。



 ※

 これだけで年度の特定が可能ではあるのだが、これ、フィクションだからね。物語上の年度とは一致してないからね。そんなことで文句は言わないよーに。

 (∩゚д゚)アーアー キコエナーイ!!



 校庭には4つのサークルが描かれており、その中心に玉入れの籠が立っていた。

 両校の選手が2つずつそのサークルに入り、2つの籠の合計の玉数で勝敗は決まる。

 小桜、山中、竹塚はそのサークルに入っていた。


 玉入れも、勝つためにさまざまな試行錯誤がされてきていた。

 上手く投げられる者に玉を拾う者がサポートするという分業制の案は、早々に廃棄されていた。玉を渡され、受け取って投げるために握りなおす時間のロスは想像以上に大きい。投げられる総玉数は、分業制に比べ各々で拾ってそのまま投げた方が1.5倍にもなるのだ。

 下手な鉄砲でも数撃ちゃ当たる。これは玉入れでも有効なのだ。

 同じ理由で、2つ持ちあるいは一抱えもの玉を同時に放り上げるという方法も破棄されている。拾いという時間のロスはあまりに大きい。

 結果として、籠の周りで場所取りせず、こまめに出入りして投げる者優先に動くという方針が決められている。同時に、落ちた玉が籠の周囲に溜まってしまう問題は、出入りの際に玉を蹴って動かすという時間ロスを抑える方法で解消されている。こうしないと、サークルの中央側以外では、拾う玉を探すという時間ロスが生じるのだ。


 小桜、山中、竹塚の3人は、綱引きの高揚がまだ身の内にある。

 玉入れは小学校の低学年のとき以来だが、負ける気はしない。敷間高の選手も、全員サークルに入ったようだ。

 審判のホイッスルが鳴り、小桜はしゃがんで玉を拾い、籠に向かって投げた。

 入らない。


 一気に小桜は焦った。

 視野が狭まり、拾う手の先の赤い玉しか目に入らなくなった。必死でそれを拾い、投げる。

 今度は入った。次の玉を拾おうと地面に目をやると、白い玉がある。敷間高のサークルから飛んできたのだ。小桜はそれを敷間高のサークルに蹴り戻し、赤い玉を再び拾った。

 ここでわずかに冷静さが戻ってきて、小桜は慎重に玉を投げる。

 入らない。

 狙いは正確だったのだが、他の誰かが同時に投げた玉に弾かれたのだ。


 小桜は再び地面に目を走らせ、赤い玉を握る。視界の隅で、山中が赤い玉を投げるのが見えた。下手くそめ、どこに投げているんだ。

 小桜も投げる。入った。

 竹塚も投げ、それが入るのが見えた。


 足元に赤い玉が滑ってくる。

 誰かが蹴ったものだ。小桜は拾いざまに投げる。再び入った。

 もう周囲に玉はない。3歩ほど移動し、再び赤い玉を拾う。

 永遠の時間が過ぎたような気がするが、まだ30秒ほどだろう。投げた。またもや玉同士がぶつかって、2つとも入らない。


 再びしゃがんで玉を拾ったところで、滑ってきたもう1つの赤い玉を左手で拾う。

 両手で同時に投げる。右手は入ったが、左手分は入らない。舌打ちした小桜は狂乱の中、せわしなく次の玉を探した。


 ※

 綱引きと違って玉入れは敵と直接コンタクトしない。だが、綱引き同様に、いやそれ以上に、勝敗はクレームの入れようもないほど明らかにつく。それこそ残酷なほどに、だ。

 次話、「勝敗2」に続くのだ。両校の生徒たちに栄光あれ!

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