第37話 方針


 部屋の形に合わせた不定形な円座で、話し合いは始まった。

 照明がついていないので部屋の隅は暗いが、外が良く照っているので、それぞれの表情のコントラストは強く見える。


「敷間高OBからの情報だ。通常、11月の県議会で補正予算が可決され、3月に来年度県当初予算案が可決される。そう考えたら、知事が花火を打ち上げるのは12月の議会終了後の線が濃い、と。そのあとは年末年始、正月で禄に議論にならないまま、させないまま、来年度当初予算の中に調査検討事業を盛り込むつもりだろう。だが、検討といいながら、一旦予算がついたら後戻りは極めて難しくなる。

 つまり、我々に残された猶予は3ヶ月しかないということだ」

 敷間高の生徒会長の鈴村が、まずはそう口火を切った。


 それを聞いて、小桜は敷間高で議論が先鋭化しているという理由がわかったような気がした。

 小桜自身は、政木高の生徒会長の杉山から自重を命じられたのちは、先走らないように気をつけてきた。その間、いつかタイムリミットは来るのだろうと思いながらも、漠然と日々を過ごしてきたのだ。だが、敷間高では明確にタイムリミットの設定がされていた。


 タイムリミットがあるというそれだけで、人は焦りに駆られるものだ。そう考えると、杉山から単に自重のみを言われた小桜は、知らぬが仏の幸せを貰えていたとしかいえない。


「なるほど。肉親やOBが、行政関係者に多いのは敷間高の地の利だな。敷間高で議論が先鋭化しているという話は、こちらにも漏れてきていた。タイムリミットの意識がそうさせているんだな。……だが、それが外部に知られているのはまずいぞ」

 杉山の声に、鈴村は笑った。


「政木の動きが鈍いから、活を入れたんだ」

「リークってことか?」

「そうだ」

 鈴村の返答は短い。


「さすがだな」

 杉山の声に鈴村は頷く。

 だが、それを聞いていた小桜は複雑な気持ちになった。そのリークのために、恵茉は小桜に対していろいろと気を回すことになったのだ。



 ※

 取りようによっては、恩人とも言えますな。こういった思惑が複雑に絡み合うのが社会ってヤツなのでしょう。

 だが、まだ、「これを積極的に利用してやろう」などとまでは考えられない小桜なのだ。彼にはまだ、幼い部分すら残っているのだから……。



「だが、本当にリークだけか?」

 杉山の問い返しに、鈴村は渋い顔になった。小桜は、はっとして杉山の顔を見る。

「実際、議論が先鋭化して、上手く抑えきれていないんじゃないか?」

 重ねて杉山が問う。

 小桜は、素直に信じず人を疑うということの実例を見せられた気がした。


「否定はしない。しないが、暴発もない。それは保証する」

 鈴村はそう答えた。やはり、単純に安心はできないのだ。

「だが、タイムリミットがあるのに動きたくても動けないからこそ、議論は極端なものになったのだ。ここで情報交換して行動に移せるようになれば、そのような議論は収束する。みんな馬鹿じゃない」

 その言葉に笑いが起きた。


 自分たちが馬鹿だったら、周囲はもっと馬鹿だ。とはいえ、その考えの罠も、ここにいる者たちはみんなわかっている。そもそもこの県は、先鋭化した学生活動家が穏健派の多くの仲間を山の中の基地で殺した事件の現場なのだから……。

 その事件を起こした彼らは、誰もが自分を愚かとは思っていなかっただろう。

 そういう自戒をも含めた笑いである。


「テロに相当するものには足を踏み込まない。それがウチの考えだ」

 杉山の宣言に、鈴村も一旦は頷いた。

「だが……。テロではなくても、どこかで血を見ることにはなるかもしれないぞ。生物学的な血という意味ではなく、比喩ではあるが……」

 そう鈴村が言い、部屋の空気は一気に重くなった。


 そのまま20秒ほど沈黙が続き、小桜は小さく手を挙げた。

「なんだ?」

 杉山に問われて、小桜はおずおずと話しだした。


「江戸城は桜田門外の変で血を見ました。ですが、開城自体は無血です。他のところのしわ寄せまではわかりませんが、歴史に学べば無血開城は可能かと思います」

「なるほど。言いたいことはわかる。少なくとも生徒が泥をかぶるのは防がねばならないと思ってきたが、手はなくもないか……」

 杉山はそうつぶやき、表情を改めた。


「時間的余裕がない。あとで説明するが、現行案にウチは一週間で無血開城を組み込む。で、敷間高ではタイムリミットまでにどういう戦術を持っているんだ?」

 杉山はさらにそう続け、鈴村は渋い顔になった。


「ウチは、父兄が公務員という者が少なくない。だから情報が入ってくる。だが、彼らは組織の一員としてトップダウンの事項にあからさまに反対はできない。したがって、我々はOBに頼らず、OBの首も絞めないように動くことしかできない」

「なるほど。これはストレスが溜まるな。事情は理解した。その上でだが、再度問う。その上で何ができる?」

 杉山の問いは容赦がない。


 鈴村の表情は辛そうなものになった。

「もう1つ、ウチのOBで多いのは政治家だ。だが、今時点では根回ししかできないだろう。表立っての議論はできないからな。総じて、みんな問題の中心に近すぎるんだ。知事が花火を打ち上げたら、逆にできることは多くなり自由度が増す。だが、事前にできることは乏しい。

 とはいえ、このことについてあまりに強引にコトを進めると、次の知事選に影響するという話は伝わるだろう。対抗馬も立つだろうし、OB関連もだが我らの大部分もその時には選挙権を持っているからな……」


 そう言った鈴村は、逆に杉山に聞く。

「政木高では、どう戦略を考えているんだ?」

「ウチも政治家のOBが多いのは一緒で、その状況もそちらと同じだ。今は表立って動きにくい。リークで動いても、下手すれば逆効果になる心配がある。だが、ウチは立地が商都だからな。そっちの路線のOBとは話が順調に進んでいる。今、県レベルで、別件の大きな事業が動き出そうとしているのは知っているよな?」

「どの件だ?」

 鈴村の問いは、見当がつかないというより、持っている情報が多すぎてどの事業のことか判断がつかないというものだろう。


「隣県まで含めた、巨大工業団地の構想のことだ」

 杉山はそう答え、鈴村はそれだけで杉山の言いたいことの大半を察していた。



 ※

 このお話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

 関係ないったら関係ないのです。

 次話、「共闘」。小桜、頑張れ。

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