第35話 定期戦
例によって、現地集合、自力でたどり着け、である。
小桜たちは、駅から遠い敷間高の立地から電車という選択は早々に諦め、自転車で行くことにした。
電車を降りてから延々と歩くより、延々と漕ぐ方がマシだから、である。私鉄に乗り換える手もありはするが、そもそもその私鉄はJRの駅に乗り入れておらず、駅舎までが遠い。あまりに接続が悪いのだ。
一方で、実行委員会の面々は、応援団の巨大な校旗以上の巨大な
ともあれ、小桜たちは自転車で一時間以上かけて敵地、敷間高にたどり着いた。
校門には混乱が起きないように両校の教師が立っており、とはいえ、立っているだけである。案内の紙が貼ってあるので、小桜たちはそれに従うだけだ。
だが、不意に1台の車が止まり、その窓が開いた。
「富澤先生、久しぶりです。校門前であいさつ運動ですか?
敷間高も堕ちたもんですね」
「馬鹿野郎。そんなわけねぇだろう。定期戦だよ、
「安心しましたよ。失礼しました。なら、猿どもを完全に駆逐してください」
「おう、生きては帰さん」
そう笑い合って、その車は走り去っていく。
小桜たちにとっても、あまりに既視感のあるやり取りである。
政木高、敷間高、共に県下竜虎として同じような校風なのだろう。
小桜たちは気持ちを締め直し、敵地に赴く覚悟で校門を通る。もちろん、「駆逐されるのは豚の方だ」と思いながらである。
小桜は、今まで3回、放課後に実施された綱引きの練習に参加している。政木高の面々の集まっているところに向かいながら、ちらちらと敷間高を観察する。だが、綱引きの猛者と言えるほどの体格の者は見当たらない。これなら今年は勝てるかもしれない。
そして、政木高に比べて敷間高はどこか小綺麗で瀟洒な感じがした。おそらくは、「蛮カラ」の「カラ」の方が強いのだろう。これも「蛮」の方が強い政木高の面々からすれば片腹痛い。
校庭の一画でクラスごとに集まり出欠を確認する間にも、両校の応援団員たちの戦いは始まっていた。学ラン姿の敷間高の応援団員たちは、腕を伸ばし政木高に対して気の攻撃を行っている。羽織袴で朴歯の政木高の応援団員たちは手のひらを相手に向けてバリアを張り、その攻撃を受け止めている。
この攻防は、敷間高の校長が登壇するまで続いた。
元々は、両校の生徒が川を挟んで投石し合ったのが定期戦の始まりである。開会式のあいさつで「両校の友情」などと言われても、視線にばちばちと火花が散っている者同士の上を素通りするだけだ。
まずは、どんな形でも戦わないことには和解もない。
次には両校の実行委員長が立ち、注意事項を伝達する。
競技数は多く、予定は詰まっている。それだけでなく、昼食をどうするか、飲み物はこまめに取ること等の細かい事項の最後に、「相手を撃滅するからには、正々堂々と」と敷間高の実行委員長が言わなくてもいいことを言い、政木高側からブーイングが起きた。
※
敷間高の実行委員長とて、本気で必要と思って言っているのではなく、「形を整える」ための言葉だったに違いない。こういうところも校風の、いや、そもそもが敷間、政木両市の文化の違いなのだろう。
だが、これがもし、政木高の生徒に方を向いて言ったりしたら、乱闘が起きてもおかしくない。「お前らは汚い」という侮辱ということになるからだ。
しかし、政木高の実行委員長がこれを言わないのは、それを見越した「賢さ」ではなく、「横着」である点も見逃してはならないっ!(力説)
とはいえ、競技自体はスムーズに始まった。
それぞれの競技の審判は、両校から経験者を出している。
小桜たちは帰宅部は、綱引きと玉入れが始まるまで部対抗の競技を眺めに行く。
テニスなど今まで見たことはないし、ルールも良くはわからない。だが、陸上の長距離走のゴールで、口をぽかんと開けて選手が戻ってくるのを待つよりは遥かに気が利いているだろう。なにより、座ったまま見られるし。
「なぁ小桜、なんでテニスって15、30、40なんだ?
何進法なんだか、わけがわからん」
浅川の疑問に、小桜を差し置いて口の悪い新村が答える。
「昔から体育会系は計算もできないってことだろ」
「んなわけあるか。
なんで15、30、40になるかはわからないけど、テニスは紳士の国で盛んになった競技だぞ。舌が何枚もあるアイツラが、性格についてとやかく言われるのは仕方ないかもしれないけど、愚かという評価だけは絶対違う」
小桜の反論に、新村は笑う。
「そのとおりだったわ。世界征服した悪の帝国だもんな」
思わず全員がそれに頷いたとき、仰木が口を開いた。
「時計の文字盤だ」
「は?」
「文字盤を4等分して、15分、30分、45分とした」
「じゃあ、なんでフォーティ・ファイブじゃないんだ?」
浅川の問いに仰木は短く答える。
「長くてめんどくさいからだ」
「おおう、なるほどなぁ」
「さすがに仰木はモノを知っている」
思わずの感嘆の声が周囲から上がった。
「そういうところだぞ、お前ら。素直すぎだ。お前らを騙すのはあまりに簡単だ」
「えっ、嘘なのか?」
「いや、本当だ」
「てめえっ!」
わらわらとその場にいた数人が立ち上がって、仰木を蹴手繰り回す。
その場にいる者たちの無言の了解があったのだ。「こいつには身体で解らせないと」、とだ。もっとも、ふざけていると言うよりはかなり強めの蹴りであっても、それで矯正、修正されることなど決してないのが仰木である。
「だがよ、あの審判の敷間のテニス部員、敷間が負けているせいか不機嫌が顔に出ているけど、フェアだなぁ」
ふと山中がそう漏らした。
「うん、審判なら怪しいところなんかどうとでもなるのに、そういうところは政木に手を上げている」
竹塚がそう同意し、その場の者たちは深く頷いた。
「やっぱり、敷間の奴らも尊敬に値するってことか」
そう言って、彼らは座り直して背筋を伸ばした。
※
彼らにはテニスなどわからなくても、そこにある自尊はわかるのだ。
そう、わかるのである。
だからこそ敷間高は、極めて得難い自らと同等の
次話、「もうひとつの定期戦」に続くのだ。
だけど、元旦の更新はできないかもしれません……。
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