第34話 夏休み明け実力模試


 それからも小桜はお盆と土日以外は真面目に東京に通い、海水浴だの花火だのの夏イベントもないままに夏休みは一瞬で過ぎ去った。せいぜいあったのはかき氷とスイカだけだ。

 そして、9月の第2週の火曜日、実力模試が行われた。


 クラスの誰もが態度には出さない。だが、おそらくは夏休みに遊び呆けていた者などいないし、今回の試験では皆、心中で密かに期するものがあっただろう。

 現に、東京で一緒だった三城は、小桜に対して一言もその話をしていない。もちろん、小桜の方からすることもない。逆に誰もが口に出すのは、いかに夏休みにサボって勉強しなかったかの話なのだ。



 実力模試は、まずは国語から始まった。

 小桜は、現代文ではいつもそう苦労はしない。そして、今回はそれだけではない準備がある。小桜は、いわゆる定番の古典の現代語訳を、東京への往復の電車でほぼ読破していた。試験に使われるような古典の引用元は、案外限られている。古文の文法にせよ、その文の内容を問われるにせよ、すでにその中身を現代語訳で理解しているものを問われるのであれば、問い中の引用された古文を読む必要すらない。今回はそういう意味では既知の内容だったし、たとえ読んだことのない引用がされていても、古文の内容とは「こういうものだ」とある程度のビッグデータがあるのは強い。


 そして、数学。

 今の小桜にとっては、自信のある科目となっている。同じクラスの山中のように、数学だけに特化したヤツや、東大京大志望の連中に勝てるとは思わないが、旧帝大クラスの志望者とは伍していけると思っている。

 もう問題を見るだけで、順当に解答への道筋が脳裏に浮かぶ。極めて不穏当な例えだが、脳内でカンニングしているような錯覚を覚えるのは古文に引き続いてのことだった。そう感じるまでのスキルを、夏休み中を通して小桜は身につけていたのだ。

 夏休み前は、なにに対して苦労していたのか、今となってはよくわからない。ただ、政木高に入学してから、数学の試験で時間が余ったというのは初めてのことだ。


 他の教科も似たようなものだ。

 夏休み前に比べると、脳内に掛かる負荷が明らかに軽い。できないから悩むのであって、できるのであれば脳を酷使する必要もない。


 これは、1つのブレイクスルーが相乗効果を生んでいるのだ。

 物理など、数学ができるようになった上で見直せば、いくつかの公式を覚えるだけで嘘のように解ける。数学の問題のように変にひねっていないだけ、むしろ簡単と言っていい。難関の物理の攻略の目処がつけば、それだけで気持ち的に化学と生物・地学に対しても「できる」前提で臨むことができる。


 現代社会についても、東京で見てきた国家の凄みや営みのようなものの理解の上で教科書読めば、肌感覚として理解が進む。政経などもどこか遠い話であったのだが、具体的にその場を見たあとではあまりに身近である。


 結果として、小桜は大した疲れも感じずに1日を終えていた。あとは、10日ほど後の結果発表を待つだけである。そして、その間は恵茉に連絡を取ることもできない。

 当然のことだ。

 これで成績が再び惨憺たるものであったら、もはや恵茉に会わせる顔がない。そうなると、これからの10日の間で会って話しても、すべてが瓦解してしまう前提の話となる。ならば、会わない方がマシなのだ。


 とはいえ、小桜に悩んでいる時間はまったくなかった。政木高は行事が多く、実力模試のあとの校内はすでに定期戦一色に染め上げられている。

 定期戦とは、相摩県の政木高と敷間高の両雄で戦われるスポーツの交流戦である。部対抗で運動部同士が競い、一般対抗で文化部や帰宅部の生徒も競うことになるのだ。



 ※

 いよいよ定期戦。

 こんなん共学校では絶対無理、という有様が発揮される機会なのだ。文化祭である青藍祭はまだ他校の女子生徒も含めて外部のお客も来るが、定期戦は余人を交えない男子高同士のぶつかり合いだからだ。

 小桜も、恵茉のことを考えていられる精神状況ではなくなってしまうのだ。



 テストの翌日、クラスの定期戦実行委員の八木は頭髪をV字に刈り込んできていた。勝利を祈願し、実行委員は皆こうするのが伝統である。

 佐々木は八木のその頭を撫で回し、実行委員でもないのに自分も同じように髪を刈り込むと宣言している。


 これは、「なにがあっても敷間高には負けられない」という覚悟を示しているのだ。特に今年の開催地は敷間高である。基本的に会場は両校で交互の持ち回りなのだが、乗り込んでいく以上、負けて帰る訳にはいかない。敵校の校庭で勝利の雄叫びを上げ、応援歌『青藍』を歌って帰ってこその定期戦である。万一負けたりしたら、敵校に笑われながら無為に帰ることになる。これでは、応援団の掲げる巨大な校旗が泣こうというものだ。


 そもそも、政木高と敷間高の因縁は深い。政木市と敷間市の市民同士がそもそも含むものを持っているし、それを公然と表に出して戦えるのはこの定期戦ぐらいなものである。

 その結果、互いに「政木の猿」、「敷間の豚」と罵り合い、「撃滅」を叫ぶ戦いとなるのだ。


 この士気の高さには、運動部も文化部も、帰宅部すら関係ない。

 なぜなら文化部、帰宅部にも、玉入れと綱引きという競技が用意されているからだ。伝統的に玉入れは政木高が強く、綱引きは敷間高が強い。いや、「強い」という表現は正しくないかもしれない。それぞれにほぼ勝てた例がないから、「絶対」とか「鉄板」と言う方が正しいかもしれない。


 そして、例年これらの競技については、さまざまな文書が校内を巡るのだ。

 曰く、「玉入れの効率を上げる投擲手段の数学的モデルの検討(数学部)」とか、「綱引き時の物理的力積を最大にする体勢の電算解析(物理部)」などである。もちろん、これらの成果が競技結果に反映されることはなく、いかに作戦を練ろうとも綱引きでは敷間高には勝てず、玉入れでは負けることはない。

 もしかしたら、両校の誇りこそが「鉄板」という結果を生み出しているのかもしれなかった。

 そんな校内こぞっての雰囲気に、小桜も飲み込まれていったのだ。


 ※

 ちなみに、過去の戦歴は政木高が大きく勝ち越している。男子高の集団としての野蛮さでは政木高が大きく敷間高を引き離しており、そのせいかもしれない。

 さぁ、若人よ、命を賭けて戦うのだ!(誇張にあらずw)

 次話、「定期戦」。燃える展開だぞっ!

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