第28話 再びの東京散策7


 恵茉が足を止めたのは、銀座らしい趣のある古いビル。とはいえ、現役のショッピングビルで、免税店まで入っている。

 その地下のグリルで、2人はテーブルを確保していた。


「お腹空いているよね?」

「はい」

 一緒に食事をするのは2回目なのに、初回より緊張し硬くなっている小桜に恵茉は笑った。


「ハンバーグ?

 それとも思いっきりがっつり行く?」

「え、えーと……」

「遠慮しないで欲しいんだけど、遠慮するならこっちで決めちゃうよ」

「じゃあ、任せます」

 小桜の判断は、考えることの放棄だったのだが、恵茉は任されたと思ったのだろう。張り切ってメニューを眺めだした。


 その姿を見ながら、小桜は悩むというほどではないが、考え込んでいた。

 小桜は恵茉を信用している。いや、信頼していると言っていい。それだけの優秀さと、単なる優等生でないだけの思考の深さを見せつけられてきている。

 小桜も、自分自身に対してそれなりに優秀ではあろうと思う。

 だが、自分と恵茉では根本的に違うところがある。そこに気がついてしまったのだ。

 

 それは、親との関わりだ。

 高校生ともなれば、親との距離感は増す。そういうものだと小桜は思っている。

 恵茉との話の中で自分が親を持ち出すとすれば、それは相当に必然に迫られたときだけだ。

 それに対して、恵茉は両親との距離が近い。


 最初に父を持ち出したときは、小桜に遠慮させないための口実かと思ったのだが、そうだとすればもう少し諧謔めいた言い方をするのではないだろうか?

 だが、先ほどの恵茉の言い方は、あまりに素だった。


 母を持ち出すのだってそうだ。

 小桜であれば、このお店を知っている理由は濁す。そして、それだけの経験が小桜自身にある振りをする。他愛もない見栄だと言えばそれまでなのだが、10代の自分たちなんて、「そういうもの」なのではないだろうか?



 考えれば、いくらでもおかしなところはある気がしてきた。

 待ち合わせ時間に正確なところ、実質的に告白に近いことを小桜は言ったのに、あくまで冷静なところ。小桜の身の末を心配するところ、そして、自分が車道側を歩くところ。

 普通であれば。そう、他の女子であれば時間にはもっとルーズだし、告白されたら喜ぶにせよ困惑するにせよ、もう少し違う反応になりそうな気がする。そして、面倒くさい元同級生からは距離をとって、行末までの心配なんかしない。そして、自分をお姫様として扱わない男子には、あからさまに怒るか無言で傷つくのではないだろうか?


 それに、小桜は恵茉に何度も説教もされている。それも考えてみれば可怪しい。それ自体は楽しかったので特に気にも留めずに来たのだが、もしかして自分は弟として見られているのではないか?

 それは恵茉が、周囲に期待されるいい子役、いい姉役を自分に課しているからではないのか?

 そもそも思い出してみれば、自分自身で恵茉はそういう演技をしていると言っていたではないか。学校では周囲の女子たちを慮って、話が合う小桜とはあまり話さないようにしている、と。すでにその演技は、「習慣は第二の天性」になっているのではないか?


 思い返せば思い返しただけ疑問が湧く。

 仙厓が美術館で見られなかったときの、切り替えの速さもそうだ。あれほど楽しみにしていたのだ。他の女子だったら泣くとかもあるかもしれないし、もう少し引きずるのではないだろうか?


「どしたん?」

 気がつくと、オーダーを終えた恵茉がこちらを見ていた。

「……腹が減って死にそう」

 小桜は、とっさにそう答えて、虚ろな目をしてみせた。

「たくさん頼んだから、晩御飯は食べられないかもよ」

 そう言う恵茉に、小桜は内心を窺わせないために少し大げさに喜んで見せていた。


 ※

 そうは言っても小桜は、頭の中で想像する普通の女子と現実の恵茉を比べているわけで、どこまでこの疑いが的を射ているものかはわかっていない。

 とはいえ、1回限りでその後がないとはいえ、交流会で話した女子たちは小桜の想像していた女子のモデル像とよく合致していたのだ。



 最初にテーブルに運ばれてきたのは、シーザーサラダだった。

 ロメインレタスにクルトンとベーコン、そしてチーズがふんだんに掛かっている。恵茉が取り分けてくれて、小桜はありがたく受け取った。

「前回のお好み焼きは、小桜さんに焼いてもらったからねー」

 笑顔で言う恵茉に、小桜はおそれいったという表情を作る。


「いやいや、そのあと、お店の人の焼いたのが出てきたら、正直言って負けたと思いました」

「もしかして、毎日何枚も何枚も焼いている人に、生まれて初めて焼いた小桜さんは勝つつもりでいたん?」

「店員さんは腕が2本。俺も腕は2本。勝つ可能性は0じゃなかった」

「マジで?

 マジで、小桜さんはそう考えるん?」

「マジです」

 そう答えて、恵茉と小桜は笑い合う。


 食事は偉大だ。

 小桜は先ほどまでの疑問も忘れて、恵茉と話しながらぱくついている。実際、小桜がかつて食べたどんなサラダよりもこれは美味しかったのだ。


 次に運ばれてきたのは、まるごとのトマトにドレッシングが掛かっているもの。

 ナイフを入れると、トマトの中にはいろいろな野菜とチキンが詰め込まれていた。これも食べだすと止まらない。


「東京だねぇ。

 地元には、こんなに美味しいサラダを出すお店はないよね?」

「かもね」

 恵茉の返事が短いのは、恵茉もトマトを頬張っているからだ。健康の証である。


 そして、メインの料理が運ばれてきた。

 恵茉の前にはアルミホイルの大きな袋。小桜の前には巨大な肉塊。

「な、なんじゃ、こらっ!?」

 思わず、小桜の口から感嘆の声が漏れた。今までの人生で、ここまでの大きさの肉塊が目の前に運ばれてきたことはない。


「アイスバイン。豚塩漬けすね肉の煮込み。肉の下に敷いてあるのは、ザワークラウト。

 絶対食べきれないからと父さえも言っていて、だからウチでは今まで頼んだことはなかった。だけど、小桜さんならイケると思って頼んでみた」

「見た感じ、1kg近くはありそうだよね?」

「まあ、骨もあるから、食べる量はそこまでないと思うけどね」


 小桜は1つ深呼吸をして、覚悟を決めた。心は戦闘に向かう若武者のそれである。誰に負けられないって、恵茉の父親ほど絶対負けられない相手はいない。たとえ、それがフードファイトであってもだ。

「では、完食してみせよう」

 小桜はそう宣言をし、恵茉は胸の前で小さく手を叩いた。

「がんばれっ」

「応っ!」

 そう答えて、ナイフとフォークを握る。


 肉はほろほろと柔らかく、期待通り旨味が深い。

 小桜は、猛然と食べ始めていた。


 ※

 豚だけでなく、羊のすね肉、牛のすね肉、このあたりはヨーロッパの肉食文化の華、なのだろう。

 閑話休題、小桜はうっすらと気が付き始めている。恵茉を本人も気がついていない束縛から開放させられるのは、自分だけだと。さぁ、小桜。目を見開け。観察しろ。そうすればきっと上手くいく。

 次話、「再びの東京散策8」。おそらくは、全10話で東京行は終わります。




あとがき

2作交互の更新は、どっちがどっちだかわからなくなりますね……w

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