第14話 映画鑑賞会
ここで、話は少し前後する。
中間試験が終わった当日とその翌日の話なのだ。
試験が終わり、開放感いっぱいで街に繰り出した彼らは、自らの縄張りの喫茶店やホールの片隅などに陣取った。この縄張りは目には見えないものの案外強固なもので、他校の生徒が来ることはない。他校は他校なりに縄張りを持っているし、他校の生徒が交じる場合は最初からそういう場所なのである。
彼らが陣取ったのは、政木市街の古い通りにある喫茶店である。これまた古いビルの2階にあるためか極めてボロく、椅子などは裂けてクッションの中身が見えてしまっている。当然、他の店に比べてコーヒーも半額ほどの価格設定なので、外見を気にしない政木高の生徒の縄張りだ。夏に冷房、冬に暖房が効いていれば、参考書を広げるのに困りはしない。
裏を返せば、女子が入ってくることは間違ってもないし、バイトができる懐豊かな高校の生徒が入ることもない。政木高はバイトは禁じられていないし、学校への届け出などの制度もない。だが、「無茶ではあっても無理ではない」というだけの課題と行事を詰め込まれている中では、基本的にその時間を取るのは無理なのだ。
※
説明しよう。
今回の中間試験はまだいいが、次の期末試験以降からは、成績が悪かった者は朝補講に夕補講にと参加を強要されるのだ。補講が嫌なら、その分の自主勉しなければならないので、結局は時間が取れない。
もちろん、そんなことは全員オクビにも出さず、仲間がいる前ではあえて勉強などしないのだが、夜になれば皆同じ言葉に押し潰されそうになっている。
曰く、「寝る子は落ちる」、そして「四当五落」。いくら否定されても残ってきた言葉。これは怖いぞ。
「明日、文化系の部員と帰宅部は映画館なんだよな」
大きな体で、ラグビー部の山内がぼそぼそと言う。
「スポーツ系部活は、高校総体県予選だもんな」
と、これは山中だ。山中は中間試験の最後が数学だったので、どこか機嫌がいい。数学しか興味がなく、数学しか能がないと言われても仕方ない奴なのだ。
スポーツ系部活にも温度差があり、ラグビー部は明日から大会だからと一夜漬けの練習などしないから山内はここにいる。だが、山内もそれなりに張り合いは悪く感じているらしい。
「1年生は試合に出られるわけでもないし、映画館の方がいいよ」
と言う山内を放っておいて、小桜はあれっと思う。
「映画館に集合で出席もそこで取ると聞いているけど、そもそもなにを見るんだ、俺たち?
エスケープ禁止以外、担任はなんか言っていたか?
俺、聞き逃したかな?」
「聞いていないぞ」
と、これは三城。
「担任、言うの忘れているのかな?」
「4組の奴に聞いてみるよ」
山内が、部活繋がりのLIMEに打ち込む。巨体の山内の手の中のスマホは、なにかの冗談のように小さく見えた。
「知らん、と。隣の担任もなにも言わなかったらしい」
そして、山内の答えはやたらと早い。聞かれた相手も、たまたまスマホを手に取っていたのだろう。おそらくは、試験明けの暇な時間を満喫しているのだ。
「まさか、なんかのつまらねぇ教育映画じゃないだろうな?」
三城の問いは、同時に他の者たちも同じく危惧するところである。
そこへ、山内がさらに声を上げた。
「あ、今、2年の先輩からの情報も来た。
映画鑑賞会は基本的に2本立てで午前いっぱいだそうだ。1本は普通にそのときの上映作だと。なんかはわからないけれど、今やっているどれかってことだから、まぁ、つまらねぇってこたねぇだろ。
むしろ今やっている洋画の方だったら、金出して見に行ってもいいと思っていた」
「お前は見れないけどな。で、もう1本は?」
小桜のツッコミ兼問いに、山内は渋い顔になった。
これだけ情報提供しても山内本人とは無縁のイベントなのだから、気持ちはわからないでもない。まして、自分だけがチケットを買って見ねばならないなど、理不尽にもほどがある。
「わからん。ただ、映画館側の趣味が反映されるらしくて……」
「どういうことだ?」
小桜の問いに、山内は渋い顔のまま続ける。
「去年、投身自殺を図る男の映画だったらしいけど、ビルから宙を舞うシーンで先輩たちからスタンディング・オベーションが起きたそうな。あまりのことに、今年は無難な映画になるかも、とのことだ」
「先輩たち、なにしてくれてんねん。つまらねぇ」
と、吐き捨てたのは三城である。
「いや、映画としてはそっちの方がやたらと面白かったそうだ。さすがは映画のプロの選ぶ1本だったらしい。だから、無難でも面白いのは面白いんじゃないか?」
山内の反論に、見る映画が伝えられないのは、学校側の確信的判断なのではないかと小桜は疑い出す。学校側も、生徒の制御にときどきワザとやっているのではないかと疑われるようなことをするのだ。
まぁ、街中の映画館からぞくぞくとエスケープされたら、それも映画が始まる前にとなると、学校も映画館も外聞が悪いというのは想像がつく。
「とはいえ、まさか今さら『ローマ◯休日』でもねーだろう。学校が関わる以上、どろどろのスプラッタとかも考えられない。『死霊◯盆踊り』とかのとことんB級ってのもないはずだ」
三城の言葉を小桜が受ける。
「今はビッグになった監督の、若い頃の小品とかが一番ありそうだよな」
その言葉に、三城は「けっ!」と呟いた。
「ほのぼのして、ちょっと笑って泣けて、いい気分で映画館を出られるってヤツか。舐められたもんだな」
そう続ける三城の口は、相変わらず悪い。
だが、彼らの反骨は、そう心が動くようにと仕向けられる仕掛けを極端なまでに嫌う。三城の言葉は、あからさまな同意はなくとも全員の心情でもある。
「まぁ、学校と映画館のお手並み拝見と行こうじゃねぇか。つまらなかったら、担任がどう言おうとエスケープだな」
「それでいい」
三城の提案に小桜が同意する。
「あとは、明日のお楽しみだな」
山中の結論に、全員が頷いていた。
翌日、彼らは呆然としていた。
彼らは、数年前に地元でロケをして公開された、1万年に1人のアイドルのセーラー服姿での銃乱射を見せられたのだ。
「まさかのアイドル映画かよっ!」
なんだかんだいってエスケープもせずに最後まで見た彼らの叫びは、学校側の思惑に乗せられてしまったという悔しさに満ちた複雑なものだった。
※
まぁ、縛って縛られるような彼らではありませんからね。学校側もよくわかっているのだ。さすがはOBたちの集まりw
でもって、不覚にもその手に乗ってしまったという苛立ちの毒は、エンディングでのそのアイドルの美少女の浴衣姿でうやむやに。
まったくもう、「ホント映画は地獄だぜ」w
次話、「遠足」。目的地はなんと上野動物園なのだ。
あとがき
2日続けて更新です。明日は、「高校入学2日目から、転生魔王がうざい」を更新しますね。
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