第13話 中間試験
恵茉と話し少し安心し、その大きな目と長いまつ毛を思い出しながら余韻を噛みしめるなんて、そんな間とてあまりなかった。
ゴールデンウイークがあけるなり、中間試験が始まったからだ。
小桜は順調に数Ⅰで躓いていた。
ひたすらに文字式が並ぶ中、自分のやっていることを見失ったのだ。これは、小桜だけではない。授業の進行はあまりに早く、時としてエスケープもしていたのだから、当然と言えば言えた。
一夜漬けではとても追いつかない。
そして、各教室には、各科目ごとと総合の試験結果の順位が容赦なく貼り出された。
小桜にとっては惨憺たる結果である。かろうじて現代社会が上位50傑に入っただけで、他の科目は救いようがない。
目眩がするほど打ち拉がれるとはこのことだ。
だが、小桜はまだいい。初回の校内実力テストで2位だった浅川は、三桁位台まで落ち込み紙のような顔色になった。「このまま東大」などという甘い考えは、粉々に打ち砕かれたのだ。
クラスの中、数人の本当にできの良い者を除き、みんな似たか寄ったかである。特定の科目で点を稼げても、他の科目が足を引っ張るのだ。さらには、ここへ来て学習障害が露呈した者まで出た。山中である。
「問題文が理解できなかった。それがわかれば数学はいくらでも点が稼げるのに……」
と悔しがる。
その言葉に反応した新村が、「嘘をつけ」とばかりに問題文がない計算式だけを解かせたところ、山中は数Ⅲ領域までこなしてみせた。だがその一方で、問題文の漢字の読みはかなりあやふやだったのだ。
それを見た者は皆、暗澹たる気持ちになった。一つの科目で天才であろうとも、総合力がなければ勝てない。山中ほど極端ではなくとも、「この科目は苦手」などとは言っていられないのである。
彼らは中学生時代、校内で10位以下など経験したことがない。ところが、当たり前といえばあまりに当たり前なのだが、ここでは最下位もありうるのだ。
その事実を認識して震え上がったのは、当然小桜だけではない。4月早々の初回の校内実力テストはまだまだ高校受験の余波の非日常感があったが、もはや言い訳ができる状況ではなかった。
そして、これに否応なく全員に一つの意識を植え付けた。
クラス、いや同学年、いやいや前後する学年にわたる全員が敵である、と。こと、受験勉強に関してはクラス仲間に相談しても、どこまで正しい答えが返ってくるかとてもではないがあてにはできない。すべて、自力でなんとかするしかない。
こうなると、あれほど醸成された仲間意識すら、一気に疑心暗鬼に陥りかねなかった。
さらに、である。
自力でなんとかすることを突き詰めると、良い授業ですら素直に頼れなくなる。自分の受験
ここに至って、一年生の彼らは初めてエスケープのもう1つの本質を知った。
結局は自力で学ぶしかないとなると、授業も1つのツールである。塾や予備校の講習も含め、
たった1回の試験で、彼らはそういう自覚まで当然のように持たされてしまった。
※
少なくとも、自分は成績だけはいいんだ。
そんな甘い考えは一瞬で吹き飛ぶ。進学校の生徒が他校の生徒から、「頭いいし」と言われて複雑な表情になる理由はこれだ。単純に考えても進学校にいる者の半数は、平均以下という敗北感に打ちひしがれているのだ。また、今は良くても次の試験ではダメかもという恐怖もつきまとう。
そのショックは、校内順位でブービーを取ったことがあるこのナレーター役が保証しよう。ちなみに、隣の席の◯君が最下位で、前の席の□君は尻から3位だったのだ……。
そのときの□君のイッちゃった目つきは、今でも夢に見るぞw
そして、さらなるショックが小桜を襲った。
あれから、恵茉とは定期的に連絡を取り合っている。大抵は他愛のない話で小桜はそこから安らぎを得ていたのだが、政木女子高でも当然のように試験があった。そして、恵茉から泣き出さんばかりの声で、同じく数Ⅰで躓いたことを告白されたのだ。
小桜にとって、恵茉は不可能なことなどない人間に見えていた。その恵茉の初めての挫折を目の当たりにして、小桜は自分の成績以上に腹の底が冷える気分になっていた。学業が恐ろしいと感じたのは、生まれて初めてである。
もしかしたら、ジャンルは違えども、スポーツ推薦で私立高に進学した連中もこんなプレッシャーの中にいるのかもしれなかった。とすれば、体育会系もそれはそれで恐ろしい世界である。
そして、その恐ろしさの原因の躓いた数Ⅰさえも、10月頃には終わってしまう。その次には、さらに上位の数学が待っている。もう、これは恐怖の上重ねでしかない。
もちろん、学習関係だけではない。文化祭である青藍祭もあるし、隣の市の雄、敷間高との定期戦もある。そして、ここにいる以上、祭りは勉強など放り出して本気で参加せねばならないのだ。
思えばこの学校の生徒の合言葉は、「無茶ではあっても無理ではない」だった。その意味を、小桜は初めて実感した。これからの2年半、無茶に無茶を重ねねばここでは生き抜けない。
それを自覚した小桜は、早々に白旗を上げた。
自力のみで戦い抜くのは不可能と判断したのだ。
親に直談判し、夏休みの間、予備校での講習会を受けることにした。もちろん、場所は東京を選んだ。周囲は敵なのだから、努力している姿など見せてはならない。地元で、など論外である。
オンライン講習もあったが、一度はカリスマと呼ばれる予備校講師の授業を生で聞いてみようと思ったという理由もある。自分の甘えを完全に断つためには、自宅でオンラインという環境では無理という判断もあった。
親に対して経済的負担を強いるのは申し訳ないが、夏休み中のことなのだから青春18きっぷを使えば交通費は抑えられる。行き帰りの電車の中、5時間を復習と読書に当てれば、成績向上と30冊の読破は固いだろう。
とにかく、そこまで自分を追い込まねば、ずるずると浮き上がれないままの3年間を過ごすことになってしまう。その危機感は、小桜に修行ともいうべきハードな予定を組ませたのだった。
小桜は、この決意については恵茉にも話さなかった。
「一緒に〇〇大に行こうね」
などと言う、甘い関係ではない。また、そんな甘い心根でこの戦いに勝てるものでもない。むしろ、恵茉ですら敵と考えねばならないのだ。そして、勝てば初めて恵茉に認められるかもしれない。
小桜はそう思っていた。
※
さあ、小桜。
戦う意思を決めたのはいいが、君は肝心なことを忘れてはいないか?
まあいい。
結果責任を負うのも君自身だ。とりあえず、自分の信じる道を進むしかないのだ……。
次話、「映画鑑賞会」。映画だぞ、映画w
あとがき
昨日は間違って、「高校入学2日目から、転生魔王がうざい」の方を2日連続で更新してしまいました。
https://kakuyomu.jp/works/16817330664808171900
なので、今日明日と、こちらを更新する予定です。
ごめんなさい。
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