第3話 入学2日目
※
今回は時間を遡り、小桜くんの視点で入学2日目になにが起きたのか説明しよう。
もちろん、今回の絵柄は宮下あきら先生の「魁!!男塾」で想像していただけるとありがたいぞ。
小桜将司はなんとか入試を乗り越え、この伝統校への進学に成功した。
ここは、地域で一番の天才、秀才が集まる場である。さぞや理知的な人間が集まる洗練された学びの場だろうと、小桜は期待していた。
生徒会長ともなれば、白い制服に銀縁眼鏡、このくらいの白皙天才のはずである。
入学式の翌日。
まだ椅子が置かれたままの体育館で、朝礼と学校からのガイダンスがあった。それは一時間ほどで終わってしまい、残りの午前中の時間はまるまる上級生との対面式に取られていた。そしてなんと、ガイダンスが終わると同時に教師たちは全員退出してしまった。
生徒だけで放り出されるなど、中学ではありえなかったことである。新一年生たちは皆、不安そうな顔になった。
最後の教師が出ていき、体育館のドアが閉まる。
ばたんという音と共に、体育館内の空気が変わった。
上級生の間から発せられる張り詰めた緊張感でさえただならないのに、襷掛けした羽織袴の応援団の二年生、三年生が椅子に座った一年生の間に等間隔に対面して立つ。
皆体格が良く、目付きが鋭い。
小桜だけでなく、一年生たちは皆ビビった。まんま「うむ、嫌な予感がしてきたのう」という、コレである。
壇上から生徒会長のあいさつがあり、それが思っていたより普通なものであったため、小桜の緊張はようやく緩む。
だが、それが終わると演台が片付けられ、そこに学ランの応援団長と、その両脇を固めるたすき掛けした羽織袴の応援団の団員が立った。思わず「本職の方ですか?」と聞きたくなるほどの、異様なまでの迫力である。
その後ろには、5mを越えたかという巨大な校旗を掲げた団員が立つ。相当に重いらしく、奥歯を噛み締めたまま無念無想といった表情である。
団長とその両脇の羽織袴は、厳しい顔つきのまま礼をした。
「押忍!」
「押忍!!」
壇上からの応援団の団長の声に、二年三年が応える。
だが、一年生は反応のしようもない。
「一年生、これからは、応援団が立ったら貴様らのあいさつは『押忍』だ!
これは一生続く!
わかったか!!」
これには、一年生の群れに動揺が走った。小桜とて、「一生?」と内心で問い返していた。
県内随一の進学校、ここでいきなりの体育会系と言っていいこの洗礼である。「そもそも『押忍』ってなんだよ?」と違和感しか感じない。
小桜のすぐ横には、中学時代の先輩たちの顔も見える。なのに、この違和感からか、同じ学校に入って距離が増したとすら感じられた。
「相摩県立政木高等学校、校歌斉唱!」
二年三年が、弾かれたように椅子から一斉に立ち上がる。
驚いた一年生もばらばらに立ち上がるが、反応が遅れた者もいて、その椅子が対面していた応援団員に蹴飛ばされる。椅子は5mも飛んで体育館の壁にぶち当たり、けたたましい音を立てた。
一年生たちの顔に、恐怖が浮かんだ。「嫌な予感が適中したのう」と、コレである。
そんな中、校歌と応援歌が歌われた。そして……。
「二年三年、着席!
次、一年、歌え!」
応援団の団長が叫び、校歌の歌いだしの一節のみ音頭を取る。
だが、そう言われても、一度だけしか聞いていない歌が歌えるはずもない。いくら県で有数の進学校で、優秀な連中が揃っていても、である。
一年生の間に立つ羽織袴の応援団員たちは、沈黙してしまった一年生の顔を順々に怖い目で覗き込む。そして、再びいくつかの椅子が蹴り飛ばされた。そんな中、小桜は必死で無表情を保った。
文字通りの理不尽、だ。
受験勉強の果てに、とんでもないところに来てしまった。小桜だけでなく、一年生の誰もがそう思う。
「貴様ら、望んで入った学校の校歌も歌えないのか!?
恥を知れっ!」
あちこちでさらに椅子が蹴られ、転がる。
体育館内は、静まり返った。
救いを求めようにも、教職員はすでに1人もいない。会うのを楽しみにしていた先輩さえも、突き放したような冷たさを身に纏っている。
「一年三組、富士塚元彦君!」
再び応援団の団長が叫ぶ。
「はいっ!」
「馬鹿者っ!」
「押忍っ!」
「よし。
お前は兄がいたな?」
「三年二組、富士塚正彦が兄ですっ!」
なぜか、三年生の間から歓声が沸き起こった。
「では、お前が歌え!!」
「押忍!
相摩の山はー、遥かに高くー!
……」
事前に兄から聞いていたのだろう。彼はたどたどしくもなんとか歌いきった。
出来レースといえば出来レースなのだが、そのあとに一年生の間に漂った安堵感は本物だった。
「三年二組、富士塚正彦君!」
「押忍!」
「弟への薫陶、感謝する。ちなみに、君に妹はいないのか?」
「いません!」
「なぜだっ!?」
「弟が夜ふかしなので、両親は愛を語れませんでしたっ!」
「……それは残念だ」
二年、三年の間からくすくすと笑いが漏れる。
一年生はひたすらに戸惑っていた。どうして良いかわからないし、未体験のこの野蛮なノリにはとてもついて行けない。いきなりの下ネタにも笑っていいのかどうかすらわからない。
「一年、着席!
二年、三年、言いたいことがある者はいるかっ!?」
「応っ!」
二年、三年の座っているあちこちから返答がある。
「では、三年三組、斎藤孝之君!
君からだ。終ったら、次の奴を指名してくれ」
「押忍!」
その斎藤という生徒は、そのまま壇上に駆け上がった。
入れ違いに応援団長は壇上から降りてしまう。
校旗を立てている応援団員は、彫像のように動かない。いや、あまりの重さに動けないのではないか。
小桜はあとから知ることになるのだが、これは日本でも有数の巨大校旗なのだった。
「政木市立第二中学校出身、三代前の生徒会長、斎藤だ!
第二中出身の君たちの入学を歓迎する!」
とたんに、二年、三年の群れから歓声が飛んだ。指笛すら鳴っている。
おそらくは、中学時代の先輩なのだろう。第二中学校出身の新一年生の名前が次々と叫ばれて、おめでとうの声が飛ぶ。
一年生の中の第二中学校出身者の顔が、ようやく安堵と嬉しさに輝く。
「次は、一組、佐伯」
「押忍!」
今度はその佐伯が駆け上がった。
「政木市立第五中学校出身、帰宅部部長、佐伯だ。
お前ら、俺が元生徒会長じゃなくても喜べ。今年は三人しかいない第五中のみんな、入学、おめでとう!」
再び二年、三年の群れから冷やかし混じりの歓声が飛んだ。
そして、第五中出身の上級生たちから、全員の名前がおめでとうの声とともに叫ばれた。
「次は、二年四組、渡辺」
「押忍!
茶道部、渡辺だ。我が部は今、存亡の危機にある。なぜなら、二年生が入ってこなかったからだ。諸君を歓迎するっ!
茶道部に入ってくれたら、練りきりにケチャップを掛けたものを特別にご馳走しよう」
とたんに湧き上がるブーイング。
だが、渡辺は負けなかった。さらに声を張り上げる。
「てめえら、ブーブー言ってんじゃねぇ!
次は、六組、相生」
ようやくここまで来て、一年生たちは理解し始めた。
壇上の二年生、三年生の語っていることは、ほぼ全てアドリブだ、と。下準備はそれぞれにした者もいたろう。新しく入る1年生の名前だって、調べたに違いない。だが、これは生徒会なり学校との打ち合わせや根回しのもとに行われているものではない。
ここは、自己責任において、なにを言っても、なにをしてもいいところなのだ。
中学までのように、先生の顔色を窺わなくてもいい。
壇上に上がって、全員に語りかけるのも自由。思想を語ろうが、愛を語ろうが、反政府の言説ですらかまわない。もちろん、聞いてもらえるかは別として、であるが。
だが、中学校では先生と学校の御用生徒会が独占していた場、それはここでは誰にでも開放されている。
自分たちは、本当の意味での「自由」を得たのだ。
そこに思い至ったときの高揚感は、合格発表で自分の受験番号を発見したときのそれを遥かに上回っていた。
「先輩、一年生も上がっていいですか?」
ものを言いたい二年生、三年生が一通り壇上に上がりきり、最後に話した二年生に一年生の中から声が飛んだ。
「応っ、来いっ!」
一年生の中から、数人がばらばらと駆け出し、さらに20人ほどが後を追う。小桜も走り出していた。
そして、壇上からの眺めはあまりに爽快だった。「自由」の中で、先輩まで含めて、「仲間」なのだ。
「押忍!
先輩がた、今日はありがとうございますっ!
俺たち、この学校の伝統を受け継ぎ、守っていくことを誓いますっ!」
先ほどの恐怖まで含めて、これがこの学校のイニシエーションなのだということを彼らは理解していた。生徒間のみで受け継がれ、おそらくは何十年も続いてきたし、何十年、いや何百年先まで受け継がれていくに違いない。
先ほどの応援団長の「一生」というのは、誇張でもなんでもない。そのままの意味なのだ。
理不尽なまでに不遜である。生意気である。反骨である。
その校風を彼らが自覚し、自ら染まった瞬間だった。
※
生徒の自治がこんな形で機能しているんですね。教師側もあえて手を出さないのです。
賛否両論あるでしょうが、こういう野蛮さはある程度は守られるべきなのだ!
横道に逸れてしまいましたが、次話はストーリーに戻ります。
次話、「電話」。小桜、意を決して女の子に電話をかけるぞ!
本当のあとがき
花月夜れん@kagetuya_ren さまから、この話にイメージアートを頂きました。近況ノートに貼り付けます。
感謝なのです。
https://kakuyomu.jp/users/komirin/news/16817330666007839921
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