第2話 リーク


 精一杯背伸びして選んだ、おしゃれなカフェである。

 ほぼガラス張りと言っていい大きな窓からは、公園のきれいな緑が見えていた。

 小桜の家はこの公園に近く、カフェの存在だけは知っていたのだ。だから幹事としてここを選んだ。


 そこには、すでに5人の男子高校生が席に着いている。だが、まだ相手の女子高生たちは到着していない。

「小桜、本当に来るんだろうな?」

「まだ、約束の時間から3分しか経ってねぇよ。落ち着け」

 そうは言っても、全員がそわそわと落ち着かない。

 結局、彼女たちが現れたのは、約束の時間から10分を過ぎたあたりだった。

 その間に小桜は2度外を見に行き、三城はピッチャーの水を2回飲み干した。どれだけ浮足立っていたか、これだけで窺い知れよう。


 窓越しに自転車を降りる5人の女子を見た彼らのテンションは、いきなり爆上がりに上がった。だが、その嬉しさを相手に見せるのは恥ずかしい。クールさを装いたくもある。

 まだまだ形振なりふり構うお年頃なのである。

 だから彼らはテーブルの下で足を蹴り合い、表情が緩むのを必死で抑えあった。なお、最初に隣の新村の足を蹴飛ばした三城は、全員から報復の蹴りを返されている。たぶん、青あざになるだろう。


「……まずは自己紹介から」

 と、小桜は口火を切った。だが、たとたどしいそれが終わると、もうなにを話していいかわからなくなった。それは女子高生側も同じで、意気込みだけが空回りしてどうしていいかわからない。

 初対面だし、このような機会も初めてだ。コーヒーの香りはとても良かったが、その話も一瞬で尽きた。「〇〇知っている?」と、同級生を引き合いに出すにも限界がある。

 そもそも中学生まで「いい子」で通ってきた彼らが、初対面の異性に対する有効な戦術など持っているはずもない。「木戸に立ち掛けし衣食住」なんてテクニックも知る由もなく、「きれいだよ」「可愛いね」などという言葉に至っては、エレベスト並みの高さのハードルなのだ。



 ※

 もちろん、ここへ来た女子高生側も、そんなことはまったく言われ慣れていない……。

 もしもそのハードルを越えられていたら、生け簀で釣りをするようなものだったのかもしれない。

 ……ああ、もったいない。



 ないない尽くしの中で、それでも小桜に連絡してきた河西莉子が口を開く。

 すらっとした長身で、大人びた眼鏡の美少女である。

「中3の時に、小桜くんと同じクラスだった坂井さん、覚えている?」

 話題に窮した末、本来口止めされていたことまで話すことにしたらしい。


 小桜が坂井と親しければセーフという、ちょっとしたご都合判断だ。どうせ、どこかで漏れる話という見込みもある。

 これで、小桜がけんもほろろの答えを返していたら、河西も話題が完全に尽きるところだった。

 だが、渡りに船、小桜はこの話題に食いついた。幹事の責任感である。


「忘れるもんかよ。

 中3の二学期の期末試験で1点差まで詰め寄ったけど、最後まで勝てなかった。今でも悔しい」

「そこまで成績を見せあっていたなんて、ずいぶん仲良かったんだね。

 あの娘、新聞部に入ったんだけど、うちの高校の新聞部、いちいちマジなんだよね。で、スクープだって言ったら、本当に地元の新聞を超えるスクープなんだ。でさ、情報流してくれたんだけど、私らの高校の共学化の計画があるって知ってた?」

「マジか?」

「それは嬉しいぞ」

「いいのか、それ?」

 その場の残り8人がいきなり一つの話題に食いついた。これはもちろん、慣れない男女間の話題よりよほどに楽だったからである。


 河西は、場が一気に盛り上がったので、そのまますべて話すことにした。

 このあたりの感覚は、女子高であっても男子高側と変わらない。

 同じように蛮カラで、同じように洗脳済みなのだ。

 なぜか相摩県の敷間市、政木市の市の名前の付いた男子高と女子高は、仲が良いとは限らないが、旧制中学時代からの謎の同志感覚を共有しているのはこのためだ。

 つまり、「身内ならなにを話していい」と、コレである。


「ほら、近隣の県もウチの県も、もうどこの高校も共学化しているじゃん。でも、私ら政木の高校と敷間の高校は、OG、OBの力がやたら強いから、そんな計画をしたら大変なことになる。

 みんな共学化には大反対だもんね」

「そりゃそうだ。

 こないだ百年史出してたし、総理大臣まで出しているから、そんな校史を変えるようなことはもう、ね。で、それなのになんで、そんな思いきった話が?」

 小桜の声は、極端に小さくなった。

 ヤバい領域に踏み込むことを察しているのだ。


 それを受けて、河西の声もさらに小さくなった。

「言っとくけど、まだ内緒にしておいてよ。ほら、私ら、県立高校じゃん。

 ……知事がね」

「あー、あの安西県出身の天下り」

「そうそう。

 近隣他県にはもう別学は残っていない。でも相摩県は敷間市、政木市の4校の進学校は別学のまま。なんで、歴史に残る『実績』を作りたいらしいよ。それで、知事の選挙を支援している企業から、その重役、そしてその娘と話が漏れたみたい。というより、その重役には漏らす意図があった。そもそもさ、そんな話、県内で抑えるの、無理に決まっているじゃん。で、そのリークは娘経由で新聞部に持ち込まれた。たぶん生徒会にも。

 で、繰り返すけど、あそこはマジでマジのジャーナリズムやっているから。今は裏取りと、OGとかへの拡散準備しているらしいよ」

「……ったく」

 そこで舌打ちが出たのは、小桜だけではない。


 彼らは怖いものを知らない。

 相手が政治家であっても、行政であってもだ。OBを頼ればどこへでも入っていけるし、伝統の応援歌はOBの心を開くマジックアイテムだ。


 もちろん、それには前科ととられかねないもある。

 何年か前の文化祭での事件だ。

 生徒会が保守系国会議員と革新系国会議員に講演を頼んだのだが、それを互いには伝えず、当日ステージの上でいきなり対面させて討論バトルさせたのだ。

 もろに騙し討ちである。

 討論の中でどちらかの議員が逃げを打てば、司会の生徒会長が煽り倒したという。

 当然、その後の事態の収拾は、「大騒ぎ」になった。

 

 そんな「政治」ですら直に先輩から聞かされている彼らは、その話が意味するところを良く理解していた。


「河西さん、河西さんを信用していないわけじゃないけど、坂井さんに連絡して、裏を取らせてもらうね」

「当然。

 坂井−小桜ラインで情報が流れるなら、その方がいいでしょ」

 ぼそぼそと、10人の男女の高校生が真面目な顔で密談している。とてもではないが、もう交流会という名目の集まりには見えなかった。



 ※

 なにをしに来たんだ、君たち。

 話が横道に逸れてしまった結果、やっぱり、Boy Meets Girl への道は果てしなく険しい。というか、自分たちで遠ざけている。

 こんなことで、君たちは恋人を作れるのか!?

 次話、時間を遡り、彼らをこんなふうに洗脳してしまった「入学2日目」をお届けしようではないか!

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