或る男子高の非日常

林海

第1話 交流会


 相摩県立政木高等学校への入学式が終って、ようやく2週間。

 そろそろ女子のいない男子高という環境にも慣れ、他の中学から来た連中の顔と名前も一致したころ……。


 朝のホームルームが終って担任が去り、一時間目が始まるまでの10分の間。

 出席番号13番、小桜将司が立ち上がり、教卓の前に立った。

 これ自体は珍しいことではない。この学校の自由闊達な校風は、すでに上級生との対面式で伝えられている。彼らは、入学後のたった1日でここの校風に染められていた。

 言いたいことがあればなんでも言え。それは誰も止めない。ただ、スジは通せ、と。だから、こういう時間を使ってみんなの前に立ち、話そうとする者は少なくない。


 ※

 まぁ、このあたりの洗脳については、おいおい話すことといたしましょうか。

 だってほら、男子高高校生のバカさ加減の源、これはすなわち行動力の源でもあるんですから。

 のちのちの話を理解していただくためにも、いずれ聞いておいて欲しいのです。



 小桜将司は、まずはクラス全員の顔をゆっくりと眺めた。

 雑談していたクラスメイトたちは、小桜に話すことがあるのを察して静まり返った。たった二週間の間に中学の頃とは比べ物にならないほど野蛮になったとはいえ、このあたりはお互いさまという感覚である。自分だって、このように話すことはあるのだろうから。


「お前らに提案がある。政木女子高等学校から、交流会のお誘いがあった。

 幹事は俺が務めるが、とりあえず5人だ。出席希望者はいるか?」

 一瞬の間をおいて、教室の中は狂乱の坩堝と化した。


 無理もない。

 少し離れた隣の共学校の連中は、毎日彼女と二人連れで登校していたりするのだ。でもって、その共学校は、自分たちの高校の滑り止めという位置づけだ。

 このあたりの優越と嫉み、羨望と失望、理不尽への恨みの感情は、それこそ筆舌に尽くしがたい。語れば1日、書けば1万字、あっという間だ。

 だが、逆転の時は来た。


 地頭のよい彼らは、すでに気がついている。

 自らの未来もなんとなくわかっている。

 文系ならまだいい。だが理系は悲惨だ。

 男子高から理系の大学に進み、理系の職場に入る。

 そのルートに、女性の数は極端に少ないだろう。つまり、自分の人生にモテ期など来ない。ランチを食べる食堂のおばちゃんと、コンビニの店員のお姉さん以外とは話すこともない、長ーーい人生が待っている。

 お義理で見合い的な話はあるかもしれないが、甘い恋愛をしたければどんな機会も逃してはならないのだ。


「うおおおおおおっ!」

「雄叫ぶな、竹塚」

「JK、JK、JK!」

「黙れ、佐藤!」

 隣の教室にまで騒ぎが伝わるのを恐れて、小桜は止めに入る。


 当然のように、小桜に味方する者もいた。

「お前ら、落ち着け。いいか、冷静になれ。

 まずは小桜、どういった経緯でお前にそんな話が来た?」

 そう聞いたのは、やたらと体格のよい山内である。当然のようにラグビー部だ。

 とたんに、再び教室は静まり返った。全員が知りたい情報なのだ。


「昨夜、電話があった。中学の時の同期で、政木女子高に進学したやつだ。

 同じクラスになったことはないから、二、三度話したことがあるだけで深い付き合いはない。だからLIMEとかの連絡手段がなく、人づてに電話になったんだろう。

 向こうも、男子のいない生活に飽きが来たと。で、『こういうのは早い者勝ちだから』とも言っていた。『最初に唾つけとかないと』、とな」

 小桜の説明に、再びあちこちで会話が始まる。


「うーーん、身も蓋もないな。そもそも、唾つけられるって立場は嫌だなぁ」

「そう言いながら、顔がニヤけているぞ、佐々木」

「まぁ、唾つけられてからがスタートラインだよな?」

「おめーをキープする女はいねーよ」

「いや、唾つけるのなら、やぶさかではない」

「死ね、三城」

「小桜、ちょっと聞きたいんだけど、その同級生は可愛いのかい?」

 そう聞いたのは、出席番号1番の浅川である。入学式から3日後の校内模試で2位。そのためか、行動のすべてに余裕が感じられる。


「可愛いというより、綺麗よりのメガネっ娘だな」

「うおおおおおおっ!」

「たまりまへんなぁ!」

「だけど、5人だぞ、5人」

「くそっ!

 確率11.1%か」

「黙れ、バカ!」

 そんな計算、誰もが即座に暗算で答えを出している。なのに、それをあえて言うから、バカにされるのだ。

 ただ、こうなると、もはや10分間では収拾がつかない。


 だが、一時間目は英語だった。

 英語教師はどこまでも優秀で、皆、一目置いていた。そうでなかったら、集団エスケープしていただろう。

 実際、彼らはすでに何度もエスケープしていたし、中には掃除用具のロッカーに隠れて、誰もいない教室に来た教師の反応を確認した者までいる。

「あの先生、誰もいない教室で全員の出席を取って、『風邪が流行っているのかぁ』と言って帰ったぞ」という報告に、それ以降、その教師の授業はエスケープされなくなった。

 男同士に生じる、相身互いのような不思議な感情が働いたのである。

 もっとも、教師の側からしたら、自分も在学中にさんざんにやってきたことだ。今さら驚きもしない。


 それはともかく、そうなると話はそのまま昼休みまで保留とならざるをえない。

 皆、早弁をしたり、個別エスケープで事前に昼食を済ませ、昼休みに備える。近くのコンビニの店員も、授業中のはずの時間に弁当やパンを買いに来られても今さら驚きもしない。

 それこそ、そういうもの、なのだ。


「で、マジで5人だけなのか?」

「大人数で行ったっていいけど、相手は5人しか来ねぇぞ。相手も引くだろうし、そもそも女子の前で不毛な争いをしたいか?」

「……俺は行かなくてもいいや」

「仰木、照れながらカッコつけてんじゃねぇ」

「他のメンバー次第だが、まぁ大丈夫だろう」

「妙な自信持っているな、三城。言っておくが、お前はモテない。モテないんだ。だから、行っても無駄だ」

「新村、テメエ、殺すぞ!」

 昼休みが始まるなり、再び話し合いという罵りあいが始まった。


 伝統の進学校でいくら自尊心を高く持ち上げられても、勉強のモチベーションとモテるかモテないかは別の話である。

 努力すれば成績は上がる。隣の席のヤツを蹴り落とすこともできるだろう。でも、彼女ができるかどうかの問題に、努力が比例することはない。そんなことは皆、痛いほどわかっている。だから、機会という母数を増やすしかないのだ。


 ついに、小桜が宣言した。

「公平にじゃんけんで決める。

 くじでもいいが、作るのがめんどくさい。あみだは誰かが絶対イカサマをする。この間、黒崎なんか、燕返しと元禄積みを身につけたとか言ってたし、お前らは信用できない。だから、じゃんけんでいいな?」

「小桜、お前は幹事だから無条件出席とか言うのか?」

「白田、文句があるなら、話自体を水に流すぞ」

「くそっ。わかったよ。

 じゃんけんだ」

 これでようやく、話はまとまりを見せ始めたのだった。



 ※

 かくして、精鋭(?)5人が選ばれた。

 選ばれなかった者たちは、天を呪い、地を呪い、じゃんけんに勝った者の自転車を呪った。パンクでもいい、チェーンが外れてもいい。だってほら、行けなくなるだろ。

 Boy Meets Girl への道は果てしなく険しい。

 仁義なきこの戦いに、勝利者は現れるのか!?

 1日おきの更新予定。

 次話、「リーク」に続く!



本当のあとがき


なお、「高校入学2日目から、転生魔王がうざい」

と交互に更新予定です。


https://kakuyomu.jp/works/16817330664808171900

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