第28話 魔王ではありませんがやることは決まっている
「酒は百薬の長」というのは、誰が言った言葉だったか。
だけど、何事も程々が良いものだ。
現に、その言葉の後には「されど万病の元」という言葉が続くのだから。
俺はそんな事を思いつつ、後ろに居るヒーリィさんを見た。
彼女は俺を膝の上に乗せて、ニコニコと満面の笑みを浮かべながら頭を撫でている。
その顔は茹で蛸の様に真っ赤だ、頭もふらふらと揺れていて、視線も定まっていない様子だ。
ぐるぐるとした目で「私の子はなんて可愛いんだろう」とか「この子はお婿に行かせません」とかぶつぶつと呟いている。
完全に酔っ払っていらっしゃる。
俺はそんな呟くヒーリィさんを、屍の様な目で見てため息をつく。
彼女による過干渉も、最近は少しは落ち着いたと思っていたのに……。
酔いによる気分の向上によって、タガが外れてしまったのだろうか。
まあ、それはもう良い。
俺は悟りを開いたかの様な顔で、部屋の様子を見る。
反対側の席にはアインス君達、エルフが座っている。
そこでは、太い樽のみたいな身体の人達が、ガハハ! と豪快な笑い声を上げながら、アインス君達の杯に液体をなみなみと注ぐ。
彼らはそれを若干顔を引きつらせつつも受け入れている。
皆、真っ赤な顔をしていた。
その姿は、前世で上司から、断れないお酌を受けている新入社員だった頃の俺の様だ。
その懐かしくも苦い思い出を感じる光景からすっと目を逸らす。
アインス君から目を外した視線の先には、椅子をいくつか並べてベットにした場所が出来ていた。
そこでは目を回しながらツヴァイちゃんとドライちゃんが寝いている。
彼女らは、完全に酔い潰されてしまった様だ。
その周りではオキシーが彼女らに光を当てている。
どうやら体に異常が無いか、見てくれているようだ。
周りの誰を見ても木の杯を持ち、仰ぐ様にその中身を飲み干している。
俺の継承の儀を受けた彼らは、小土族(ノーム)から土人族(ドワーフ)に無事全員進化した。
そして、大きな樽を持ち込み、此処ぞとばかりに飲み会を始めたのであった。
俺達も当然その流れに巻き込まれて、あれよあれよという間にどんどんと杯を渡されていき、今の状況が完成したのである。
俺の身体は生身と違うから、酒で酔うことなんて無いけど、この喧騒とアルコールの匂いだけで酔った様な感覚になる。
所謂、雰囲気に酔うというやつだ。
そんな部屋の様子をヒーリィさんの膝の上から眺めている俺であったが、いつの間にかズィンクさんが俺達の横に座っていた。
そして、自ら持つ杯を上げて俺へ話しかけて来た。
「ハイドラ様は、酒は嫌いだべか?」
「いや、嫌いじゃ無いですよ? ただこの状況だと飲もうにも飲めなくて……ヒーリィさんが満足したら俺も頂きます」
「そうかそうか! まあ、まだまだ酒も料理もあるべ! 時間はあるんだからゆっくり飲むべ!」
「はい、ありがとうございます」
ズィンクさんはそう言って、自らの杯を豪快に飲み干した。
そして、他の人たちと同様にガハハと笑い声を上げた。
隣にはフェンク君も座っている。
彼は静かに笑みを浮かべて、自らの杯に口をつけた。
そして満足するかの様に頷く。
「去年仕込んだ芋酒、良い味になりましたね」
「フェンクが考えた、新しい蒸留器が良い仕事しただな!」
「今年はもっと生産が増やせそうですよ」
「んだな! わでらも土人族(ドワーフ)になったから手伝うべ! 熟成用の樽も沢山作んねぇとな!」
「ええ、お願いします」
「鍛冶場も増やしてみるべさ!」
「おぉ、そうだべ! この前掘った場所に、赤い層があったべ! きっと良い鉄が取れるべさ!」
「そうですね、これを機に鉄の道具の生産を増やしてみましょう」
そう言ってフェンク君は、頷きながら自らの杯を空ける。
彼は豪快な土人族(ドワーフ)の皆に比べて、落ち着いた性格をしている様だ。
体格もがっしりとしているが、その物静かな性格は、土人族(ドワーフ)というよりどちらかというとエルフの様である。
彼はもうこの村の次期長としての手腕を発揮しつつあり、今も他の土人族(ドワーフ)と村で作るものを話し合っている。
しかし、蒸留器とか作っているのか……。
今飲んでいるお酒は、蒸留酒か?
芋酒って言っていたから、芋焼酎の様なものかな?
鍛冶場で鉄の道具も作っているようだ。
という事は、色んな道具を作ってもらう事もできるな。
ノコギリやハンマーを作って貰えれば、エルフの村でも出来ることの幅が増える。
時間さえあれば、開拓場所を広げることだって出来るだろう。
俺の野望である、水の都を作ることの第一歩としては十分だ。
まずは下地作りから始めないとな。
石材や建築材も、どこかから調達しないといけない。
やることが一杯だけど、順番にやっていけば良い。
どうせ時間はたっぷり有るんだから。
今後の展望をニヤけつつ考えていると、ズィンクさんが部屋を埋め尽くす土人族(ドワーフ)を見渡して嬉しそうに話しかけてきた。
「しかし、本当に村の全員に継承の儀を行えるとは驚いたべ」
「まあ、俺の魔力はかなり有るみたいですし、回復も早いですからね」
「これなら、ディアラト様の予言も本当だったと思えるだな」
「あ!」
ズィンクさんの言葉を聞いて俺は声を上げる。
そうだった、その予言についても、もう少し詳しく聞きに来たんだ。
それに、この村に来るまでに襲撃された、喋る巨大なフランマウフルの事も聞かなければならない。
完全に場の空気に流されていた。
だが、今ならズィンクさんからじっくりと話を聞けるだろう。
相変わらず俺を撫で続けているヒーリィさんは、好きな様にさせておこう。
他の皆もそれぞれに騒いでいるので、ズィンクさんと二人で話すにはちょうど良い。
俺は、そう思い自分の杯に芋酒を追加で注いでいる、隣のズィンクさんに話しかけた。
「ズィンクさん、さっき聞いたディアラト様からの予言って他にも有るの?」
「ディアラト様の予言だべか? そうだべな……」
ズィンクさんは、俺からの質問に手に持っていた杯を置いた。
そして腕を組んで目を瞑って考え込んでいる。
暫くそうしていたが、やがて首を振って答えた。
「わでが聞いた内容は、さっきのが全てだべ……いつかアニマキナという魔王様が、わでら魔族を導いて下さるという事だけだべ」
「……そうですか」
「ハイドラ様、申し訳ねぇべ……」
「あぁ、いやいやこっちこそ、なんだかすみません……」
「後三月ほどすれば祭りの季節だべ。 今年は、ハイドラ様のお陰でわでら全員がディアラト様にご挨拶に伺えるだ。
その時ならディアラト様に、予言について詳しく聞くことが出来るべ」
「そういえば、サルファーさんもそう言っていたな」
どうやら、ズィンクさんが知っている予言はここまでの様だな。
まあ、後は俺が祭りの時にディアラト様に直接聞けば良いだろう。
後はこの村に来るまでに出会った、巨大なフランマウルフの事だな。
「ズィンクさん、言葉を喋る巨大なフランマウルフの事を知っていますか?」
「言葉を喋る? フランマウルフが喋るべか?」
「えぇ、実はこの村に来る時に、フランマウルフに襲われまして、その時に居た巨大なフランマウルフが、言葉を話したんです」
「ふーむ……あ、そう言えばディアラト様が、フランマウルフに友が居ると仰っていた時があっただ」
「え! 本当ですか?」
「わでら魔族には、あまり関わらないだろうと仰っておったから、わでらも気にはして無かっただ」
速報、巨大フランマウルフはディアラト様の友だった。
そう言えば、あのフランマウルフはディアラト様の対して、慣れ親しんだ様にジジイと呼んでいたか。
それにしてもディアラト様。
これだけ魔族の皆から敬われてるから、よっぽどの人格者なのだろう。
少し会うのが楽しみになってきた。
「それで、そのフランマウルフについて詳しくは?」
「いや、それだけだべな、わでも喋るフランマウルフには、会った事はないべ」
「そうなんですね……」
残念、あのフランマウルフについてこれ以上の情報は無い様だ。
まあ、少しでも情報を得られただけでも良しとしよう。
ディアラト様に会えるのも三ヶ月先になる。
その間に、俺は自分の野望の下準備でも始めるとするか。
それには土人族(ドワーフ)の人達の協力が必要だ。
気を取り直して、ズィンクさんに俺の野望を相談しよう。
「まあ、詳しい事はディアラト様に直接聞きます。
それより実は土人族(ドワーフ)の皆さんに、頼みたいことがありまして」
「なんだべな? ハイドラ様はわでらの恩人だべ、わでらに出来る事なら何でも言って欲しいんだべ」
「実はですね……色々と作って欲しいものがありまして……」
「ああ、待って欲しいだ、そういう話ならフェンクにも聞かせて欲しいだ、あの子の器用さなら作れないものも無いべ……おーい、フェンクちょっとこっちに来るべ!」
そう言ってズィンクさんはフェンク君を呼ぶ。
さて、何から始めるか。
まずは道具からだな。
ノコギリと金槌に、ネジやドライバーも有れば良いだろう。
鉄が取れるなら、カンナや棒ヤスリも作れる。
蒸留器が作れるくらいの技術があるなら、全部問題なく作れるだろう。
それに金属に関しては、俺が手伝えばもっと早くなるだろう。
なにせ俺は、人類最強の兵器であるアニマキナだ。
金属の収集なら、もう試したし、問題なくできるだろう。
魔王じゃないけど、俺はやりたい事をやろう。
皆も今の所、俺に協力的だし、この幸運に感謝して俺の……いや俺達の都を作ろう。
あの湖の周りに、前世で作れなかった水の都。
あの模型の様な美しい水の都をこの世界で。
そう改めて決意して、俺はズィンクさんとフェンク君に今後の展望を話していく。
最初はズィンクさんとフェンク君だけだったが、いつの間にか一人、二人と土人族(ドワーフ)の人達が加わる。
そして、広い机がいつの間にか用意されて、木を薄い板状にした物に、皆それぞれ図面を書き始めた。
俺を膝の上に乗せていたヒーリィさんが、いつの間にか酔いが覚めたのか、話に加わっている。
彼女の知識と土人族(ドワーフ)の人達が持つ技術の話し合いが続く。
俺の願望から生まれた水の都計画。
いつまでも……いつまでもその話は続いていく。
やがてそれはこの地に住まう、魔族全てを巻き込む壮大な計画になっていくのだが、今の俺はそんな事は知る由も無い。
俺は、計画について無邪気に語り続けるのであった。
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