第27話 こうなることは予想済み

 突然、見知らぬ誰かから予言と言われて声を掛けられたらどう思うだろう?

 普通の人は、詐欺か宗教の勧誘を疑う。

 俺が居た世界でも、ノストラなんとかさんが、人類の滅亡を予言したという。

 でも、結局人類は滅亡するどころか、二十世紀を超えても繁栄していた。


 テレビや雑誌の片隅に書いてある様な星座占いも、言ってみれば予言の一種だ。

 でも、生まれた日で未来の出来事が決まる訳は無い。

 実際は、最高の日の筈が事故に遭い、最低の日になるといった事が起きるかもしれない。

 あるいは、最低な日の筈が宝くじに当たり、人生最高の日になるかもしれない。

 つまり、予言なんていうのは、当たったらラッキー程度の占いと同じものなのである。

 人は単純だから、そんな子供騙しな事柄で一喜一憂もする。

 何とも無責任な話ではあるが、それが現実である。


 だけど、それが異世界での話だったら?


 予言をしたのが人間では無く、竜だとしたら?


 しかもその予言の一部に、心当たりがあるとしたら?


 ズィンクさんが言う、ディアラトという竜が予言した内容は一部だけだ。

 詐欺なのか本当なのか、どちらにしても今の現状では判断がつかない。

 でも偶然ならば、俺の身体の名称まで一致するだろうか?

 答えは分からない。


 俺は頭を下げたズィンクさんと小土族(ノーム)の人達を見て、ため息をついた。

 俺と一緒に来たアインス君達は、その様子を固唾を飲んで見守っている。

 そして、どうしようかと視線をオキシー向けると、オキシーは黒い球体をふよふよと揺らせて、こちらへ飛んで来た。


「……なあ、オキシーさんや、この状況ってどうすれば良いかね?」

《私からも何とも……この様な状況は、私のシミュレーションにも無いパターンです。 とりあえず小土族(ノーム)の方達と話を続けてみてはいかがでしょう?》

「それもそうだなぁ……」

《現状では、情報不足により判断が出来ないだけです。 今後のためにも、この方達から出来る限り情報を得るのが良いでしょう。 何か気になる情報がありましたら、私からも質問いたします》

「そりゃありがたい……じゃあオキシーは俺の横に居てくれ、頼りにしてるよ」


 オキシーは了解したという感じで、浮いている身体を上下する。

 流石は困った時のオキシーさんだ、的確に次の行動を指示してくれる。

 早速俺は、頭を下げ続けるズィンクさんに声を掛ける事にしようか。


「ズィンクさん、俺が魔王というのは一先ず置いておいて、頭をお上げください」

「……んだども」

「俺も、突然の事で理解が追いついていなんです」

「……そうだなぁ、アニマキナ様を困らせるわけにはいかねぇだな」

「あ」


 ズィンクさんが、俺の事をアニマキナと呼んで気付く。

 俺、まだ名前すら名乗ってないじゃん。

 これは失敗したな。

 改めてズィンクさんに名乗らせてもらおう。


「すいません、アニマキナっていうのは実は俺の種族みたいなものの名称で、俺自身の名前はハイドラって言います」

「おぉ、そうなんだな、おでらはてっきり、アニマキナが名前かと思っでただ」

「まぁ今後は、ハイドラって呼んでもらえれば嬉しいです」

「そうだでな、じゃあハイドラ様とお呼びしますだ」

「えぇ、お願いします」


 ズィンクさんは、俺の言葉に、嬉しそうに頷いて顎のヒゲを撫でる。

 そして、真剣な顔をして俺へと言葉を続けた。


「それでだ、ハイドラ様は、わでらをお導きに来たということで良いんだかな?」

「えーと、それはディアラト様の予言の事ですよね? だとすれば、俺にはさっぱり何の分からないんですよ……そもそも小土族(ノーム)の方々は、導きが必要なほど何か困っているのですか?」


 そう、この村に来てから、小土族(ノーム)の人たちは、特に困っている様子もなかった。

 見た所、皆、普通に生活しているみたいだし、悲壮感もない。

 食料だって、お菓子を作って俺達に振る舞う余裕があるみたいだし、こんな状況で何を導けというのだろう?


「そうだでなぁ、わでも昔は小土族(ノーム)だっただが、先代より継承の儀によって進化した土人族(ドワーフ)なんだべ」

「ええ、それは何と無くわかりますが、それがさっきの話と、何か関係があるのですか?」

「その継承の儀が、問題なんだでな……」

「継承の儀が……ですか?」


 継承の儀が問題?

 一体どういう事だろう?


「……わでは、今年で二百五十歳になりますだ」

「二百五十歳!? 土人族(ドワーフ)って長生きなんですね……」

「いんや、普通の土人族(ドワーフ)は、そんなに生きらんねぇべ、わでが長生きなのは理由があるんだべ」

「理由?」

「わでは二人の土人族(ドワーフ)から継承の儀を受けたんだべ、だから二人分の魔力を得た、わでは、長生きなんだべ」

「へぇ、そういうこともあるのか……」

「だども、流石にそろそろ、わでも限界なんだべ……」

「それってもしかして……」

「んだ、最近は身体が前ほど動かないだべ……」


 そう言ってズィンクさんは、深い皺が刻まれた自分の手の平を眺める。

 まさか、本当にズィンクさんは、寿命が近いということなのか……。

 この世界の種族の寿命は分からない。

 でもズィンクさんは自分の身体だから、何となく悟っているのかもしれない。


「……だども、おでは、長く生きすぎただ……次の世代に進化させるほどの魔力が残ってねぇだよ……」

「……それは……」

「……本当なら、もっと早く次代に継承の儀を行うべきだったんだべが……おでは自分の事を過信しすぎてたんだべ……まだ、大丈夫、まだ働けると、ずっと後回しにしてきたツケが来たんだべ」


 ズィンクさんは、瞳に涙を浮かべて俺を見た。

 そして深々と頭を下げる。


「……おでの代わりに一族のもんに継承の儀を与えてくれはくれねぇだべか?」

「なるほど……」

「……本当なら一族以外のもんに頼むのは良く無いんだべ……だども、ハイドラ様、お願いしますだ……」


 なんだ、そんなことか。

 それなら、別に構わないな。

 俺はオキシーを確認する様に見た、オキシーも頷く様に浮いた身体を上下する。

 オキシーも、俺の意図を理解してくれたようだ。

 まあ、なんとなくこうなることは予想していた。

 それにフェルトの村やネルケの村でも同じことをやったんだ、この村でも同じことをやるだけだ。


「良いですよ、そのくらいならお安い御用です」

「おぉ……ありがとうございますだ……」

「それで、この村に何人、小土族(ノーム)がいらっしゃるので?」

「何人? わでを合わせて、二十人ほどの小土族(ノーム)がこの村におるべ……」


 二十人か、フェルトの村の人数と同じくらいだな。

 というか、殆どここに集まっている人で全員じゃないか?

 ズィンクさんの周りだけでなく、外からこちらの様子を見ている人も居る。


「じゃあ、全員に継承の儀を行います」

「なんだって!……そんなことが出来るだべか!?」

「えぇ、フェルトの村の皆も、ネルケの村の皆も、全員俺が継承の儀を行って進化して居ますからね。 今更村一つ分の人数なんてどうってことありませんよ」

「そんな事があるべか……」

 

 信じられないと言わんばかりに、首を振るズィンクさん。

 そんなズィンクさんを尻目に、いつもの様に俺は手から純魔力の塊を出した。

 ズィンクさんは、俺の出した純魔力を見て目を見開く。


「なんて魔力だべ……わでが継承の儀を受けた時よりずっと大きい魔力の塊だべ……」

「そういえば、ズィンクさん、お子さんとかは?」

「わでの妻も子どもも、ずっと昔に寿命で死んだんだべ……」


 そう言って、少し寂しそうに顔を伏せるズィンクさん。

 なるほど、家族内の寿命差でこういった事が起きるのか……。

 最初の継承の儀は、長老の子供からと思ったのだが……。

 しかし、そうなるとこの村の誰に最初の継承の儀はするべきか……。


「……そうなんですね……長老の子供が、最初に継承の儀を受ける方が良いかと思ったんですけど……」

「おお、そういう事だべな。 それならここにおる、わでの曾孫が適任だべ」


 そう言ってズィンクさんは、自分の隣に居た男の子の肩を叩く。

 その子は、他の小土族(ノーム)より若いのか、幼い顔立ちをしていた。

 それに他の小土族(ノーム)は大きな髭を生やしているが、その子は髭が生えていなかった。

 肩を叩かれて、びっくりした様子でズィンクさん見ている。


「この子は、フュンフという、わでの曾孫だべ。 この子なら次代の長に相応しいべ」

「……ひいお祖父様? 僕は、まだ髭も生えていない未熟者なのですが……それに僕の父も居るではないですか、父を飛び越えて僕が長というのはおかしいのでは?」

「フュンフ、おめは頭が良い。 その年で、この村の技術全て覚えたのは、おめだけだ、だからおめが次の長だべ」

「そうだべな、わでよりおめの方が頭も良くて手先も器用だべ、おめが長なら、わでらも安心だべ」


 そう言って、フュンフ君のお父さんらしき小土族(ノーム)がフェンフ君の頭を撫でた。

 他の小土族(ノーム)の人達も皆頷きながら、期待した様子でフェンク君を見ていた。

 皆のその姿を見たフェンク君が、覚悟を決めた顔をして俺の前に来た。


「……分かりました。 僕が最初に継承の儀を受けます」

「うん、では、君に最初の継承の儀を行います」

「……お願いします」


 フェンク君は俺に頭を下げて目を瞑る。

 その顔は緊張感に彩られている。

 まあ俺は何度も継承の儀をしたんだから、いい加減もう慣れたものだ。

 そして、手から出した純魔力の塊をフェンク君へと向ける。

 俺から離れた純魔力の塊は、フェンク君の身体へ馴染んでいく。

 光の繭の様に光り輝く純魔力。

 この光景も、もう見慣れたものだ。

 フェンク君の身体は、どんどんと大きくなり、そして光が治る。

 そして、ズィンクさんの様な逞しい体では無かったが、ガッチリとした筋肉に覆われた体格の青年がそこに立って居た。

 茶色の短髪に精悍そうな顔つきは、先ほどの幼い顔とは全然違う。

 継承の儀による相変わらずの謎成長である。

 しかしてっきりズィンクさんみたいになると思ったのだが、これは意外だった。


「これが継承の儀……」

「体に不調があったら言ってね、まあ今迄もそんな人は、居なかったから大丈夫だと思うけど……」

「ハイドラ様……ありがとうございます」


 フェンク君はそう言って頭を下げた。

 その瞬間、様子を見守っていた他の小土族(ノーム)の人達から盛大な声が上がった。


「わでらの村から、漸く新しい土人族(ドワーフ)がでたべ!」

「これでズィンク様も安心だべ!」

「ズィンク様も最近は、とんと元気がなかったからべな!」

「わでらの新しい長が生まれたんだべ! 今日は新酒を開けるべ!」

「いいでねぇか! 今年の芋は良い出来だっただべ! きっとうまい酒になってるべ!」

「んだんだ! 皆で飲むべ!」


 そう言って、ズィンクさんとフェンク君の周りで騒ぎ始める小土族(ノーム)の人達。

 我先にと外へと向かっている人も居る。

 まだ皆にも継承の儀が待っているんだけど……。

 だけど、なんだが皆すごく楽しそうだ。

 まあ、時間はあるんだから、継承の儀は後からでも良いか……。

 そう思って、楽しそうにズィンクさんとフェンク君の周りで騒いでいるのを見つめる。

 その楽しそうな様子を見て、俺の顔も自然と笑顔になっていくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る