第26話 小土族(ノーム)の村

 巨大なフランマウルフとの戦闘が、唐突と始まり、そして唐突と終わった。

 そんな出来事があった昨日の夜は、結局そのままの場所で野営をすることとなった。

 もう日が暮れていたので、下手に移動するのも危険だという判断だ。

 正直俺は、あの巨大なフランマウルフを警戒してゆっくり寝るなんてできなかった。

 だけど結局あの後は、巨大なフランマウルフはおろか通常のフランマウルフも襲撃してくることは無かった。

 襲撃のない時間のおかげで、カバル君とグリフの傷は、俺とヒーリィさん、そしてオキシーによる治療により、歩ける程まで回復した。

 グリフは今も荷物を背負って、平気そうに歩いている。

 カバル君もナイル君達と一緒に、周りを警戒しつつ歩いている。

 傷は少し残っていて完治とは言えないが、痛みも殆ど無いみたいだ。


 その様子に安堵する。


 あのフランマウルフが引いてくれて良かった。

 あのまま戦っていたら、確実に戦いの余波で皆を危険に晒していた。

 それほどあの巨大なフランマウルフは、異常な存在だと感じたのだ。

 だけど、俺の心配とは裏腹に、皆暗い表情はしていない。

 残ったフランマウルフの死体は、せっかくの肉と言うことでナイル君が解体していた。

 ツヴァイちゃんとドライちゃんも、昨日の襲撃が無かったかのように元気よく腕を振って先導してくれている。

 あんな事があった夜なのに、皆逞しい限りだ。


「皆さん、あそこが小土族(ノーム)の村ですよ!」

「……ですよ」


 二人がそう言って指をさす。

 指指す方角には、小高い崖が聳え立っていた。

 崖の表面には所々横穴が掘られており、壁面には階段や梯子が掛けられているのが見える。

 どうやら小土族(ノーム)は、崖の横穴に住居を構えているみたいだ。

 村というよりはまるで砦の様である。

 俺の横を歩くアインス君は、小土族(ノーム)の村が見えると、ほっとした様で疲労の残る声で俺に声を掛けてきた。


「フランマウルフに襲われた時には、どうなる事かと思いましたが、何とか着きましたね」

「そうだな……カバル君とグリフの怪我も思ったりより大丈夫そうなのは良かったけど、あんなのもう戦いたく無いな」

「えぇ……しかし言葉を話すフランマウルフなんて、私も聞いた事はありません。 あのフランマウルフは一体何だったのでしょう」

「分からん……あいつはディアラト様に聞けと言っていたけど、小土族(ノーム)の長老さんは何か知ってるかな?」

「そうですね……私の父やサルファー殿よりも古く生きていらっしゃる小土族(ノーム)の長老ならば、あのフランマウルフについても何か知っている可能性もありますね」

「そうだよな、長老さんに一度聞いてみるのが早いか」

「ええ、その通りです」

「まあ、聞きたいことは、それだけじゃないけど……」


 そう言って、俺は空を見上げて思案する。

 あのフランマウルフは、俺のことを新しい魔王と言っていた。

 魔王って、俺の先輩のアニマキナ達が千年以上も前に倒した奴だろう?

 アニマキナと敵対していたんじゃないんかい。

 なんでそのアニマキナである俺が魔王なんだよ。


「ヒーリィさんはどう思う? 俺って魔王だと思う?」

「そんな事ある訳無いじゃない、私が知っている魔王様はノクス様だけだし、貴方の身体を造ったのは、私とクローリンよ? 魔王様な訳無いわよ」

「そうだよね……じゃあオキシーはどう思う? 俺が魔王に見える?」

《否定します。 貴方はアニマキナであって魔王ではありません》

「ですよねー」


 二人の否定の言葉に、俺も頷く。

 過去の人物であり、俺の身体の制作者であるヒーリィさん。

 彼女は魔王ノクスとも会ったことがあると言っていたから、俺が魔王というのは当然否定する。

 オキシーも同じ意見だ。


《しかし、あのフランマウルフが言っていた、予言というのが気になりますね》

「確かにな……しかし、予言ねぇ……」


 ディアラト様が言っていたという予言。

 竜が予言なんてするのか?

 内容はフランマウルフも詳しくはないと言っていたが……。


 まあ、それはいずれディアラト様に聞けばいいだろう。

 だが、ディアラト様に会えるのはまだ先の事だ、今は小土族(ノーム)の長老さんから話を聞くことが先だろう。

 確か長老さんの名前は、ズィンクさんだったか?

 そうとなれば早速、小土族(ノーム)の長老と会うとしよう。


「まあ、それはおいおい考えていくとして、漸く小土族(ノーム)の人たちとご対面だな」

「そうですね、まずは私が先触れとして行きましょう。

 ツヴァイとドライはここと交流があるはずだから、私と一緒に来てくれ」

「アインス殿! 分かりました!」

「……分かりました」


 どうやらアインス君達が、俺たちが来たことを知らせに行ってくれるみたいだ。

 まあ、俺は初めての場所だしな。

 最初の挨拶は、この村に来たことのあるツヴァイちゃんとドライちゃんに任せよう。


「ハイドラ様、では行ってきます。

 先触れが済みましたら、直ぐに戻りますので少しお待ちを」

「あいよーりょうかいー」


 ここまで来れば、特に危険も無いだろう。

 ゆるく返事をして、アインス君たちを送り出す。

 アインス君は俺に頭を下げた後、ツヴァイちゃんとドライちゃんを連れて小土族(ノーム)の村へと歩いて行った。


《私は少し周りをスキャンしてきます》

「ああ、分かった、何かあったらすぐに戻ってこいよ」

《了解致しました》


 そう言ってオキシーは、ふわふわと浮きながら俺達から離れて行った。

 オキシーはいつもの様に、辺りのマッピング作業に向かうようだ。

 まあ、そんなに時間も掛からんだろうから、放っておこう。

 しかし、予言に魔王か……。

 一人、フランマウフルが言った事に思考を巡らせる。

 予言とは一体何なのか?

 俺が新しい魔王というのは、どういう事なのか?

 分からない事が増えると、何だか不安になる。

 俺のその答えの見えない思考は、先触れに行ったアインス君や、マッピングが終わったオキシーが戻ってくるまで続くのであった。



「おんやぁーまぁ! ほんどにエルフ様が一杯でねぇか!」

「ほんになぁ! こんだにエルフ様を見るのは、はじめでだな!」

「んだんだ! エルフ様達、よー来だな、茶でも飲むべ?」

「ばっかおめぇ! わでらが飲む苦茶だど、エルフ様達には苦すぎるだでな!」

「そっがそっが! なら童らが好きな菓子なら食うだべな! それに甘い味のする野菜を煮詰めだやづもあるだぁで!」


 俺たちは戻って来たアインス君に連れられて、小土族(ノーム)の村に入った。

 そして小土族(ノーム)の人達から歓迎を受けていたのだが、小土族(ノーム)人たちの怒涛の言葉に圧倒される。

 小土族(ノーム)の人達は、これまでの村の人達同様に、俺の腰ぐらいの身長だ。

 そしてなにより目を引くのは、身体の半分程まで生えた髭だ。

 まるで小さなサンタクロースの様な姿で、ちょこちょこと忙しなく動くのは、何とも微笑ましい。


「いやぁ、皆さんお気遣いなく……」

「わっがいもんが遠慮すんでねえ!」

「んだぞ! せっがく湖の方から来だんだ! ゆっくりしでいけ!」

「えーと……じゃあ遠慮なく……」

「んだんだ! 遠慮なぐ食え!」


 そうして勧められるままにクッキーの様な焼き菓子や、甘いジャムの様な付け合わせを食べている。

 どれもこれも、意外と美味しい。

 だが、何だろうこの感じ……。

 昔似た様な状況を見た気がする……。


 そうだ! 田舎のばーちゃん家に行った時だ!

 前世での事だが、父の実家はかなりの田舎で、そこの家族で泊まりに行った時の状況と一緒だ。

 ばーちゃんの世代は子沢山で、八人の兄弟姉妹が居たらしい。

 当然、俺の父の兄弟や従兄弟も沢山いた。

 田舎の年寄り達は、兄弟の子供や孫が帰って来た時には、どこから聞きつけたのか分からないが、一斉に集まってくる。

 そして始まるお菓子や惣菜の振る舞い合戦。

 その時の状況とそっくりだ。

 このままではまずい。

 この人達が田舎の年寄りと同じ種類の人種なら、このままずっと意味の無い話が続くだろう。

 早いところ、長老のズィンクさんと渡を付けなければ、なし崩し的に時間が過ぎていく。

 小土族(ノーム)の人達がわちゃわちゃとしている中、俺はおずおずと手を上げて話しかける。


「あのぉ、すいません、俺達ズィンクさんに会いに来たんですけども、ズィンクさんは、いらっしゃいます?」

「ああ! そうだったな! 待っでろ! 今ズィンク様を連れてくるだな!」

「お願いします……」


 そう言って、数人の小土族(ノーム)が俺達の居る横穴から出ていった。

 残る小土族(ノーム)の人達は、そのままアインス君やツヴァイちゃん達に話しかけたり、他の小土族(ノーム)同士でお茶を飲みつつ話をしていた。

 どうやら此処は、村の集会所みたいな所のようだな。

 そんなごちゃごちゃとした空間で俺も焼き菓子を食べたり、ジャムを舐めたりして時間を潰していると、樽の様な立派な身体をした人が入ってくる。

 この人が長老のズィンクさんかな?

 その人物は俺達を見て驚いたように目を見開き話しかけてきた。

 

「驚いただな、本当にエルフが一杯でねぇか。 それにそっちは水人族(イプピアーラ)と樹人族(トレント)でねぇか。 サルファーは代替わりしただか?」

「いえ、二人ともこちらに居りますハイドラ様より、継承の儀を受けて進化したものです、サルファー殿はご健在ですよ」

「なんだって?」


 ズィンクさんと思われる人は、アインス君の言葉に驚くと、俺の方を見つめる。

 そして呆れた様に首を振って話しかけてきた。


「そんだに何人も継承の儀をして、魔力は大丈夫だか?」

「大丈夫ですよ、魔力の量には自信がありますからね」

「そりゃすげぇべな……」

「それより貴方がズィンクさんでしょうか?」

「ああ、わでがズィンクだで」


 やはりズィンクさんだったようだ。

 まあ、他の小土族(ノーム)の人より大きい身体だったから一目瞭然である。

 大きく頷いたズィンクさんは、首を傾げて言葉を続ける。


「んで、わでに何が用があるっで?」

「えぇ、サルファーさんから、ズィンクさんがこの森で一番古くからいらっしゃるというので、この森のことや、魔族のこと……それにディアラト様のことを聞きたいと思いまして」

「んー? そういえば、おめの顔、見たことねぇだべな、この森のエルフじゃあ無いだか?」

「えぇ、僕とそっちのヒーリィさんはここの森出身では無いんですよ」

「というと……もしかしてクルール山脈を越えてきただか? ディアラト様に怒られなんだか? あの方は普段は優しいんだが、クルール山脈を越えようとするど、ものすごく怒るんだでな」


 そうだった、この森出身では無いとなると、クルール山脈の向こうから来たという事になるんだったな。

 どう説明しようか……。

 いっそのこと、俺がエルフじゃ無いと言ってしまおうか?

 どうせ、予言の事とかも聞こうと思っていた事だし、構わないか。


「あの、実は俺、エルフじゃないんです」

「ほ? だでもその姿はどう見てもエルフじゃねか?」

「この姿は、何というかエルフに似せて作ってあるんです。 俺の身体はアニマキナっていう機械なんです」

「なんだて……?」


 俺がアニマキナだと言うと、ズィンクさんは目を見開き驚愕の表情をした。

 何だか最近こんな反応ばかり見てる気がする。

 ズィンクさんの視線は、俺の足元から頭の先まで何度も往復していている。

 そして、俺の目を見て叫んだ。


「アニマキナだって!? ちょ、ちょっと待つだで! その名はディアラト様がよく言っていた名だど! それがおめだって言うんか!?」

「えぇと、ディアラト様が仰っていたと言うのは、本当にアニマキナの事なのですか?」

「……そうだで……ということは、おめがディアラト様が仰っていた魔王様なのだか?」


 でた!

 フランマウルフが言っていた通りだ、何で俺が魔王やねん。

 ズィンクさんのその言葉に、顔を顰めて俺は言葉を返す。


「うーん……その魔王様ってノクスと言う名前じゃ無いんですか?」

「ノクスという名の魔王様は、遥か昔にお亡くなりになられただ……ディアラト様が仰った魔王様は、新しい魔王様のことだで」

「新しい魔王……そう言えば、あいつもそんな事を言っていたか?」


 あの巨大なフランウルフも、俺の事を新しい魔王と言っていた。

 じゃあ魔王ノクスとは別の話ってことか……。

 今さならながらそんな事に気づいたが、ズィンクさんはそんな俺の姿を動揺を隠せない様子で見ている。

 そして、深いため息をついて言葉を続けた。


「ディアラト様は仰られただ……いつか我らを導く、新しき魔王様がお目覚めになられる……魔王様の力で我ら魔族の本来在るべき力と姿を取り戻すだろうと……」

「それって……もしかして、ディアラト様が言ったという予言って奴ですか?」

「……予言のごとも知ってるだな……そうだで、それが継承の儀を受けて謁見が叶うた魔族に与えられる、ディアラト様が予言と仰る一部だで……そしてその魔王様の名前がアニマキナなのだで……」

「……なるほど、それがディアラト様が言う予言の内容」

「そだ……そしておめが予言の事も理解して、おめ自身がアニマキナという事は……本当におめが魔王様なのだな……」


 ズィンクさんは其処まで言って俺を改めてまじまじと見た。

 そして、感動したように嘆息して、頭を下げる。

 そんな俺たちの様子を、息を呑んで見ていた他の小土族(ノーム)も、慌ててズィンクさんと同じように頭を下げた。


「魔王様、おで達をお導きくだせ……」

「ふぇぇ……?」


 突然の下げられた小土族(ノーム)さん達の頭を見て、俺は情けない声を出す。

 ディアラト様の予言にある名前はアニマキナ。

 確かに俺はアニマキナだが、俺が魔族を導くという予言。

 ディアラト様は、何でそんなことを言ったんだ……。

 俺は、突然に降ってわいた責任に困惑しながら、頭を下げた小土族(ノーム)の人達を見つめるのであった。

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